86
(8/22)85と86の話を入れ替えました
※後日談との矛盾があるため、本編の方を改稿しました。
ホワイトデー。
それは、バレンタインデーのお返しを貰える日である。
「凛花!可愛い凛花!お父様からのホワイトデーだよ!」
「お父様抱き付かないでください苦しい鬱陶しい」
「ああ……凛花が冷たい……昔は『大きくなったら、お父様のお嫁さんになるの』なんて言ってくれていたのに……」
「昔の話ですわ、お父様。現実を見てくださいませ」
「厳しい……厳しいよ、凛花……」
「お返しはありがたく受け取らせて頂きますね。なにかしら……あっ。これは……!?」
しくしく、と泣き真似をする父を無視し、父からのお返しをさっそく見てみる。
父からのお返しは、私にとってはお馴染みのつばき屋のマークが入った箱。
箱を開けてみると、中には4号サイズのショートケーキが入っていた。
「ふふふ……凛花に喜んでもらうために頑張ったんだよ?」
「これは……つばき屋のケーキ……?そんな……つばき屋ではケーキを取り扱っていないはずなのに……お父様、一体これをどうやって……?」
「つばき屋のオーナーと知り合いでね。オーナーに頼んだら作ってくれたんだよ。これは世界にたった一つだけの、凛花のためだけのケーキなんだ」
「まあ……!嬉しい……ありがとう、お父様!」
私は父に、にっこりと満面の笑みを浮かべると、父はデレデレとした顔をする。
そんな私と父を呆れ顔で、母と弟は見守っていた。
いつものことだから気にしない。
私は弟に近づくと、小さい箱を弟に渡す。
「なに、これ?」
「バレンタインのお菓子作り、ほとんどしてくれたでしょう?そのお礼よ」
「別にいいのに……開けていい?」
「ええ、いいわよ」
父の「えっ。あれ凛花の手作りじゃ……」という台詞は無視した。
弟は私の渡した箱を開ける。
中に入っているのは、腕時計だ。
黒い、ちょっと細めのデザインの腕時計。
普段使いできるような物を選んだ。
「ちょうど腕時計ほしいと思っていたんだ……!ありがとう、姉さん」
「ふふ。それはいいタイミングだったわ」
嬉しそうにさっそく腕時計をはめる弟の姿がとても可愛い。
喜んでもらえて良かった。
弟と一緒に登校すると、靴箱でヘタレが待ち構えていた。
私は思わず身構える。
「やあ、おはよう、神楽木さん、悠斗君」
「おはようございます、東條さん」
「……ごきげんよう」
「神楽木さん、なにそんなに身構えているの?まだなにもしないよ?」
まだ?
まだってことは、あとでなにかする気ってことか!?
なにをする気だ!?
「あははは。神楽木さんからかうと面白いなぁ」
「……姉をからかうのが楽しいのはわかりますが、あまり姉をからかわないでください」
「あぁ、ごめんね?つい面白くて」
……悠斗くん?
今、さりげなく、からかうのが楽しいって言った?
そう思ってたの?まじか。ショックだ……。
「はい、これ。バレンタインデーのお返し」
「あ……ありがとうございます」
「僕、甘いものあまり食べられないんだけど、ここのキャラメルだけは何個でも食べれるんだ。味は保障するよ」
「まあ、そうですか。食べるのが楽しみですわ」
ヘタレはにこにことして言った。
ただ笑っているだけなのに、ヘタレの笑顔に裏があるんじゃないかと疑ってしまう程度には、私はヘタレと親しくなったようだ。
嬉しいのか嬉しくないのかよくわからない。
でも、キャラメルはありがたく受け取っておこう。
甘い物に罪はない。
教室に入ると、笑顔でカイトが私に近づいてきた。
「ボンジョルノ!りんちゃん」
「ごきげんよう、カイ」
「はい、これ。バレンタインデーのお返し」
そう言ってカイトはちょっと高級そうな小さい紙袋を渡してきた。
これって、イタリアの有名なお菓子のお店じゃない?
「ここのチョコ、美味しいんだよ。ユウと二人で食べてね」
「ありがとう、カイ。悠斗と二人で頂くわ」
どういたしまして、とカイトはにこにこと笑う。
イタリアのチョコかぁ……楽しみだな。
ワインとかに合うのかな?まあ、まだ飲めないからわからないけど。
「はい、凛花。バレンタインデーのお返しよ」
「わぁ。ありがとう、美咲」
美咲様は休み時間にお返しをわざわざ持ってきてくれた。
どうやら焼き菓子のようだ。
美咲様は少し照れくさそうにして「私の大好きなお店の焼き菓子なの。気に入って貰えるといいのだけれど……」と言った。
美咲様に貰ったものならなんでも美味しいに決まっている。
わざわざ大好きな美咲様の大好きなお店のお菓子を買ってきてもらえるなんて、嬉しすぎる。やばい、泣きそう……。
私は涙を堪えて、わざわざありがとう、というのが精一杯だった。
あとでこっそり食べてみたのだが、美咲様がくれたのはマドレーヌだった。
ちょっとレモンの味がして、とても美味しい。
美味しすぎて、涙が出た。
生徒会室に入ると、飛鳥が先にいて、お茶の準備をしていた。
あれ?生徒会の仕事より先にお茶?
「ああ、来たか。神楽木」
「どうしましたの?最初からお茶の準備をして……」
「今日はホワイトデーだからな。お返しのついでに最初にお茶をしようと思ってな」
「まぁ。期待してもいいんですか?」
「ああ。期待しててくれ。もうすぐ準備ができるから」
そう言って飛鳥は準備に取り掛かる。
私も手伝おうとしたけど、断られたので大人しく席に座っていることにした。
生徒会メンバーが揃うと、飛鳥が全員にお菓子を配りだした。
どら焼きである。
「どら焼きに生クリームと苺を挟んでみたんだ。食べてみてくれ」
みんな一斉にどら焼きにかぶりつく。
しっとりとした生地に、生クリームの甘さと苺の酸味がとても相性よい。
美味しい。生クリームも苺もそうだけど、なによりこの生地が美味しいと思う。
みんな美味しそうに食べている。
「とても美味しいですわ、飛鳥くん」
「会長、もっと食べたいです」
「俺も」
「私も」
みんながお替りとねだると、飛鳥は困ったように笑った。
「すまない。一個ずつしか作ってないんだ。また今度作ってくる」
楽しみにしてますからね、と言うと、飛鳥は笑顔で頷く。
生徒会長はみんなから大人気だ。
私が帰り支度を済ませて帰ろうとすると、蓮見に呼び止められた。
「これ、遅くなったけど、バレンタインデーのお返し。悠斗と二人で食べて」
「まぁ……ありがとうございます。なにかしら?
「チーズケーキ。いつもより上手く出来ていると思うから、期待しておいて」
「ええ。食べるのが楽しみですわ」
私がそう言って、蓮見からケーキ用の小箱を受け取ると、蓮見がはにかんだ。
うっかりきゅん、としてしまう。
いけないいけない。乙女フィルターどっかいけ。
私は帰って夕食後に、さっそく弟と一緒に蓮見のチーズケーキを食べた。
少し濃厚で、だけどそんなにくどくない甘さ。
ああ、これなら一人で全部食べちゃえそう。
上手く出来ている、と言っていただけあって、今まで食べた蓮見の手作りお菓子の仲でも位1,2を争うくらい美味しかった。
「美味しいね、悠斗」
「そうだね。うーん……これは蓮見さんには勝てないなぁ」
弟は複雑そうな顔をしてチーズケーキを食べる。
なにか蓮見と勝負をしているのだろうか?
私は首を傾げた。




