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85/152

85

(8/22)85と86の内容を入れ替えました。

 バレンタインデーが終われば、すぐに学年末テストがやってくる。

 私は気合を入れてテストに臨んだ。

 少し前まで、勉強に身が入らなかったけど、蓮見が好きだとはっきり自覚してからは、それが嘘のように勉強に集中できるようになった。

 あれは俗に言う、恋煩いというやつだったらしい。

 私って恋煩いとかするタイプだったんだなぁ、と他人事のように思う。


 テストの結果は上々だ。

 うん、これなら1位も夢じゃないかもしれない。

 なんてね。どうせまた蓮見が1位なんだろう。


 私が半ば諦めながら結果を見に行くと、ざわざわと騒がしい。

 なんだろう?なにがあったのだろう?

 騒ぎの原因は結果を見てわかった。


 1位 矢吹カイト

 2位 神楽木凛花

 3位 東條昴


 あれ?蓮見の名前が、ない……?

 私は蓮見の名前を探す。そして蓮見の名前を見つけたのは7位のところだった。

 え?あの蓮見が、7位?

 嘘でしょう。蓮見になにがあったの?


 蓮見より順位が上になって嬉しいはずなのに、嬉しくない。

 だって、こんなの蓮見の実力じゃない。

 どうしちゃったんだろう?


 私が動揺していると、蓮見がヘタレと飛鳥と共にやって来た。

 そしてテストの結果を見てもその表情は変わらず。

 代わりにヘタレと飛鳥の表情が変わっていた。


「どうしたんだ、蓮見?」

「なにがあったの、奏祐?」

「……別に」


 蓮見はそう言って口を噤む。

 ヘタレも飛鳥もそれ以上は聞き出せないようで、戸惑った顔をしている。

 本当に、蓮見はどうしちゃったの?


 どんよりとした空気が流れる中、場違いに明るい声が響く。


「あっ。テストの結果でてるじゃん!おれ、1位だー!やったあ!!ねえ、リンちゃん見た?おれ1位だよ?すごいでしょ!」

「……ええ、そうね。すごいわ。おめでとう、カイ」


 私は苦笑しながら言う。

 カイトはそれでも嬉しそうに、えへへ、と笑う。

 カイトのお蔭で空気が変わった。

 カイトは空気が読めないようで、実は読んでいる、不思議な存在だ。


 私はカイトの相手をしつつ、蓮見がいた方をチラリと見る。

 蓮見は無表情で結果を眺めていた。

 蓮見は今、どんな気持ちなんだろう。




 テストから数日が過ぎた。

 私は職員室に用があって、その帰りに生徒会室に寄ろうと廊下を歩いていた。

 すると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 私はきょろきょろと辺りを見回し、声の主を探す。

 あ、いた。


「……あの話、本当なのか?」

「あの話?」


 ああ、やっぱり。朝斐さんと蓮見だ。

 私は声をかけようとしたけど、なんだか深刻な話をしているようなので躊躇う。

 どうしよう。このままスルーするべき?


「橘家のお嬢さんと婚約するって話だよ。本当なのか?」

「ああ……その話ですか。それなら、本当ですよ」


 え?

 立ち聞きする気はなかったけれど、聞こえた話の内容に、私は動揺して動けなくなる。

 蓮見が、婚約?


「おまえ……いいのか?」

「いいも悪いも、家のことですから。仕方ないでしょう」

「けどな……」

「俺たちは家に縛られている。それは相模さんも同じはずです」

「……そうだな」

「それに、まだ期限はありますから。それまでに、なんとかしてみせますよ」


 蓮見が、橘さんと、婚約する。

 その事実に私は後半の朝斐さんと蓮見の話の内容を聞いていなかった。

 気づいたら、逃げるようにその場を離れていた。


 覚悟をしていたはずだった。

 私はセカコイのストーリーが終わるまで蓮見の気持ちに応えない。

 そう決めたときに、蓮見が私じゃない誰かと一緒になる可能性だって、覚悟をしていた。

 そのはずなのに、どうしてこんなに動揺しているのだろう?

 どうして、こんなに胸が痛いのだろう?


 わかっている。

 本当は、覚悟なんてしてなかった。

 私は楽天的な性格だ。だから、きっと一年先も蓮見は私のことを好きでいてくれると思い込んでいた。

 口では違うことを言っておきながらも、心の中ではそう思っていたのだ。

 そして、心のどこかで、私は蓮見を好きな自分をまだ認められなかった。

 だから、蓮見が違う誰かを好きになっても平気だと思っていた。


 馬鹿だな、私。

 こんなに、好きになっていたのに。

 蓮見を独占したい、と願うくらい、蓮見に惹かれているのに。


 家のことだから、仕方ない?

 だから、私を諦めるの?

 私を諦めて、橘さんと婚約するの?


 そうだよね、それが一番蓮見のためになる。

 わかっている。家のことだから仕方がないと。

 頭の中ではちゃんと理解している。

 でも、心が叫ぶ。嫌だ、と。


 橘さんと婚約しないで。私だけを見ていて。


 なんて。なんて我儘なの、私。

 自分で選んだくせに。

 自分で決めたことなのに、いざ、蓮見が違う誰かのことを選ぶと、心が割れそうに痛む。

 そして私を選んでほしい、と願ってしまう。



 そして、冷静な私が思う。

 蓮見がテスト順位を落としたのは、これが原因なんじゃないかと―――




 朝斐さんと蓮見の会話を聞いてしまったあの日以降、なんだか蓮見と話すのが気まずくて、私は蓮見と話すのをできるだけ避けている。

 私が勝手に気まずいと感じて避けているだけなので、蓮見にはいい迷惑だろう。

 でも、蓮見とどう接すればいいのかわからない。

 婚約のこと、詳しく聞きたい。でも聞きたくない。


 そんな日々を送っているうちに、朝斐さんたちの卒業式がやってきた。

 生徒代表の言葉を飛鳥が、卒業生代表の言葉を朝斐さんが言う。

 ああ、もう朝斐さんの制服姿も見納めなんだ。

 そう思うと、とてもさみしくて、私は涙が滲む。

 なんだかんだで、朝斐さんにはお世話になった。

 高校の最後くらい、きちんとお礼を言おう。


 私たち生徒会の2年メンバーと、朝斐さんと親交のあった悠斗が朝斐さんへの花を持って朝斐さんのもとへ向かう。

 そして私たちは笑顔で朝斐さんに「ご卒業おめでとうございます」と言った。

 私は笑顔を失敗して、泣き笑いみたいになったけれど。

 朝斐さんは満面の笑顔で「ありがとな」と言った。

 そして私たちの頭を大きな手でわしゃわしゃと撫でた。


「おまえらも来年は卒業だからなぁ。あっと言う間だぞ?だから、来年は目いっぱい楽しんで高校生活を送れよ。あ、悠斗もな?」


 私たちは一斉に揃って頷く。

 私だけは朝斐さんの言葉に涙腺が決壊した。

 朝斐さんは嬉しそうな顔をする。

 そして泣いている私を見て、優しく笑う。


「泣くなよ、凛花。凛花がそんなにオレのこと好きだなんて知らなかったなぁ?」

「だ、だってぇ……朝斐さん今までありがとぉ……ひっく」

「おいおい……しょうがねぇなぁ、凛花は。いつでも会えるんだから、泣くんじゃねえよ。なんか辛いことがあったらオレにすぐ言えよ?殴り込んでいってやるからな」

「うん……朝斐さん、卒業おめでと……」

「ありがとな」


 最後に朝斐さんは私の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 こうして、朝斐さんは卒業していってしまった。



 なかなか泣き止まない私を、蓮見が付きっきりで慰めてくれた。

 避けていた相手に慰められるこの状況が余計に涙を誘う。

 まあ、それは蓮見の知らないことだが。


「気は済んだ?」

「え、ええ……ごめんなさい、迷惑をかけてしまって……」

「君がそこまで泣くなんて、ちょっと意外だったな」

「私も、こんなに泣くとは思いませんでしたわ……」


 私はハンカチで涙を拭いながら蓮見を見上げた。

 蓮見は困ったような顔をしている。


「……ありがとうございます。もう平気ですわ。片づけをしに……」

「待って」

「なんですか?」


 私が立ち上がって片づけをしに行こうとすると、蓮見が呼び止める。


「君に、話したいことがあるんだ」

「話したいこと……?」


 私はびくりと肩を揺らす。

 もしかして、話したいことって、婚約のことだろうか?

 なら、聞きたくない。


「実は、俺、婚約をするかもしれないんだ」

「……そう、ですか……」


 やっぱり、その話か。


「恐らく、高校を卒業すると共に婚約をすることになると思う」

「…………」


 なんと言えばいいのかわからなくて、私は俯いて唇を噛みしめる。


「このままでいけば、俺は姫樺と婚約することになる。もし婚約することになったらそのまま俺は姫樺と結婚することになると思う。だけど、なにもかも家の言うとおりになるのは癪だから、両親とある約束を取り付けたんだ」

「約束……ですか?」

「ああ。卒業するまでに俺がこの人だと思える人を両親の前に連れてくること。これが両親と約束したことなんだ。俺は、この人だと思える人物が、君しか思いつかない」


 蓮見の言葉に私が思わず顔を上げると、蓮見の真剣な瞳と視線が絡み合う。

 胸がドキドキとして苦しい。でも、嫌な感じではない。


「君が、俺に好意を抱いてくれていると思うのは、俺の自惚れ?」

「蓮見様……私、私は……」


 言ってしまいたい。この気持ちを。

 でも。だけど。

 私は、ちゃんと見守りたいのだ。この世界(ストーリー)の行方を。

 それから、きちんと伝えたい。

 漫画とは関係のなくなった世界で。


「……蓮見様。覚えていますか?私たちが初めて出会った時のことを」

「あ、ああ……覚えているよ。入学式に君が居眠りを……」

「それは忘れてください」


 そのネタまだ生きていたのか。

 私はすっかり忘れていたというのに!


「そうではなくて。蓮見様が私に美咲への気持ちを話してくれた日のことを、覚えていますか?そこで私が話したことを。ここは漫画の世界で私がヒロインだと言ったことを」

「もちろん、覚えているよ。正直頭おかしいんじゃないかと思ったけど……」

「…………まあ、それが普通の反応ですよね……」


 ちょっぴり傷ついたのは秘密だ。


「でも、昴の変化を見て、君の言ったことは本当だと信じられた。まさか、あの昴があんなに簡単に恋に落ちるなんて、正直信じられなかったから」

「……ありがとうございます、信じてくれて。漫画では、ヒロインが高校を卒業するまでの3年間が描かれています。今は漫画の大筋からだいぶ外れてしまっていますが、まだどこで漫画の影響が出てくるかわかりません。だから、待ってほしいのです」

「待つ?」

「これは私の我が儘です。でも、私は漫画のストーリーがどう進むか、見守りたい。そして見守り終わったら、無事卒業式のイベントを見終わったら、返事をさせてください。それまでに蓮見様のお心が変わっても、構いません。私は、私の気持ちを蓮見様にちゃんと打ち明けたい」


 あれ?これって告白しているようなものじゃ……。

 そう思ったら、私は顔がかっと熱くなった。

 え。うそ。こんなこと言うつもりじゃなかったのに。


「……わかった。でも、きっと、俺の気持ちが変わることはない」

「蓮見様……」

「だから、来年の今日、君の答えを聞かせて」

「はい……!ありがとうございます」


 私と蓮見は笑い合う。

 これで、しばらく私と蓮見の関係は落ち着くだろう。


 友達以上、恋人未満な関係に。



 それでいい。だって、それが私の出した結論なのだから。

 きっと私が蓮見を避けることは、なくなるだろう。





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