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年が明け、3学期が始まる。
そろそろ受験に備えて準備をしていかないといけない時期だ。
勉強も去年以上にがんばらなくては。
そんなことを考えながら靴箱に行くと、バッタリと蓮見に会った。
久しぶりに会った蓮見に胸が高鳴る。
私は高鳴る鼓動を全力でスルーし、平静を装って蓮見に挨拶をする。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
「あぁ。明けましておめでとう。今年もよろしく」
そう言ってはにかむ蓮見がとても可愛らしく見えるのは、きっと乙女フィルターのせい。
きっとそうだ。
それにしても、朝一番で蓮見に会えるなんてラッキーだ。
ここで今年の運使い果たしちゃったりして。
いや、まさか。そんなことあるわけないか。
私が蓮見と話ながら教室に入ると、少し違和感を感じた。
なんだろう、なんで違和感を感じるんだろう。
私は首を傾げながら自分の席に座ると、空のはずの机になにかが入っていた。
白い、紙?
いや、違う。これは、写真だ。
手にとってみると、新聞の文字を切り抜いて作ったメッセージが書かれていた。
たった一言。『調子に乗るな』と。
わぁ……なんてベタ。
でも、調子に乗るなってなんのことだろう?
私が写真をひっくり返してみると、そこに写っていたのは、私とカイト。
私とカイトがキスをしているように見える写真だった。
なにこれ?
上手く撮れてるのは認めるけど、これいつの写真?
もしかして、3人で買い物に行った時だろうか。
菜緒が店に忘れ物をしたとき。その時くらいしか私はカイトと二人きりにならなかった。
だからこれはその時の写真に違いない。
私の目にゴミが入った時に、上手いアングルで撮ったのだろう。
これが、調子に乗るなってこと?
それにしても、プライベートの写真をたまたま撮るだなんて、どんな確率だろう。
偶然でこんな写真撮れるかなぁ。
もしかして。
つけられてた?
そう考えに至った瞬間、ぞわりと悪寒が走った。
やだ、こわい。
でも、なんで?なんで、こんなこと……。
とにかくこれは鞄に入れておいて、あとで考えよう。
これから生徒会の仕事がある。
こんなことに気取られている場合じゃない。
私は気持ちを切り替えるように、頭を軽く振った。
私はその日の放課後、美咲様と待ち合わせをした。
場所は学校近くの喫茶店。
隠れ家的なお店で、ここのシフォンケーキは絶品なのだ。
ふんわりとした触感と、しっとりした甘さの生地。
バターの風味が活かされたシフォンケーキの上にたっぷりと乗せられた生クリームは甘すぎず、シフォンケーキの味を損なわないようにきちんと考えられている。
私はここのシフォンケーキのファンである。
テイクアウトも受け付けてくれるのがありがたい。
そんなシフォンケーキを堪能しつつ、私は美咲様と向かい合う。
今日、美咲様を呼び出したのは、美咲様との約束を果たすためだ。
『好きな人が出来たら真っ先に報告する』
これが美咲様と私の約束だ。
今日はその報告するのだ。
気づいてから今日まで少し時間があいてしまったのは、私の心の整理に時間がかかったのと、なかなか美咲様と予定が合わなかったから。
だから仕方ない。
誰に言うわけでもないけど、心の中で言い訳をしておく。
「改めて。明けましておめでとう。今年もよろしくね?」
「明けましておめでとう。今年もよろしくお願い致します!」
「ふふ。久しぶりね、凛花。冬休みは有意義に過ごせたかしら?」
「まあ、それなりに……」
「まあ。そうなの」
美咲様は微笑みながら優雅にシフォンケーキを口に運ぶ。
私はそわそわしながら、シフォンケーキを食べる。
味がよくわからない。
勿体無い……でも仕方ないよね……うん。
「それで?なにか、私に話したいことがあるのでしょう?」
美咲様は切り込んできた。
私は手に持っていたフォークを置き、姿勢を正す。
そして大きく深呼吸したのち、美咲様の顔を正面から見つめる。
あぁ、やばい。どうしよう。
告白するわけじゃないのに滅茶苦茶緊張してきた。
手汗が……!
ええい!覚悟を決めろ!
ここで言わなきゃ女じゃない!
「……覚えている?私との約束」
「約束?」
「そう。私、美咲に言ったわ。好きな人が出来たら一番に美咲に伝えるって」
「ええ。ちゃんと覚えているわ」
「今日はね、美咲にその報告をしたいなって」
私はすぅっと息を吸い込み、言った。
「私、私ね……蓮見様が好きみたいなの……!」
言った……!言い切ったよ、私!
偉いぞ、私!
自分で自分を誉めちゃう!だって誰も誉めてくれないから!
「……まあ。そう。そうなの……ふふ、奏祐を……」
美咲様が楽しそうに笑い出す。
あれ?これどういう反応?
私、どう反応すればいいの?
「美咲?」
「ふふふ……ごめんなさい。嬉しくて」
「美咲……」
「―――ありがとう、教えてくれて。すごく嬉しいわ」
美咲様はにっこりと笑う。
「奏祐はね、私の自慢の幼馴染みなのよ。私の自慢の幼馴染みを好きになってくれて、嬉しいの」
「美咲……」
「奏祐なら凛花を大切にしてくれるわ。何だかんだ言って、優しいもの」
「……知ってるわ」
知ってる。蓮見が優しいこと。
強い蓮見も、弱い蓮見も知っている。
そんな蓮見を、私は好きになった。
「……とても、綺麗になったわね、凛花」
「え?そう、かな……?」
「えぇ。ねぇ、凛花。奏祐にはその気持ちを伝えるの?」
「…………いいえ」
「どうして?だって奏祐も……」
「だからこそ、言わないの。私たち、もうすぐ受験だわ。恋愛に現を抜かしている場合じゃないと思うの」
「でも」
「酷いことしてるってわかってるわ。でもまだ私、確信がもてないの。この気持ちがずっと続くものなのか、そうではないのか。蓮見様にしても、そう。私への気持ちが一時のものだったら?一時の感情で、人生を不意にするようなことはしたくないし、させたくないの」
美咲様は瞳を揺らす。
そしてポツリと言う。
「奏祐なら、きっと上手くやれるわ」
「そうかもしれない。でも、私には無理なの。私、そんなに器用じゃないもの。二つ同時になにかをすることなんてできないわ。だから、このままでいたいの」
「凛花……」
今言ったことは、全部本当に思っていることだ。
だけど、本当の理由はそれじゃない。
ここはまだ、セカコイの世界だ。
このセカコイの世界がどんな結末を迎えるのか、それを見てから私自身の恋を進めたい。
そう思ったのだ。
「卒業するまでずっと蓮見様のことを想っていられたら、蓮見様にきちんと伝えるわ。例え、蓮見様が心変わりをしていても、今更と思われても、ちゃんと自分の気持ちを伝えたい」
「……もう決めたことなのね?」
「ええ」
「そう。なら、私はなにも言わないわ。凛花の決めた道を応援する」
「……私の我が儘を聞いてくれて、ありがとう」
私は心から、美咲様にお礼を言う。
美咲様はとても綺麗に微笑んで、「どういたしまして」と言った。




