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蓮見に恋をしている―――
そう、自覚した。
でも、ここから私はどうすればいい?
私もあなたが好きだと、蓮見に告げる?
いやムリムリ!
自覚したばかりだし、どんな顔をすればいいかわからないし、なにより恥ずかしい。
あぁ、想像しただけで顔があつい。
「なに一人で百面相してるの?」
私が悩んでいると、いつの間にか蓮見がすぐ近くにいて、呆れた顔をして私を見下ろしていた。
蓮見が近くにいることに動揺した私は狼狽えた。
「神楽木?」
私が何も言えないでいると、蓮見が怪訝そうな顔をする。
少し前までなんとも思わなかったその表情に私はドキドキしてしまう。
こんなことで、こんなに胸がときめくなんて。
私、完全に乙女フィルターがかかっている。
あぁ、これが恋する乙女なのか。
「………いつまで無視するわけ?」
「ひゃっ!いひゃいっ!!」
蓮見から低い声が聞こえ、ああ、そんな声もステキなんて思っていたら、頬に痛みが走る。
なんということだろう。
私は、蓮見に、頬を、つねられている。
痛い痛い痛い!!
結構力入れてますよね!?
「……ごめんなさい、は?」
「ごめんなひゃい!」
良く出来ました、と蓮見はニヒルに笑い、私の頬から手を離す。
私はつねられた頬を押さえる。
い、痛かったぁ……。
痛みのお陰で乙女フィルターが薄れたので、まあよしとしよう。
だけど、抗議は忘れない。
「酷いですわ、頬をつねるなんて」
「俺を無視する方が悪い」
「別に無視をしていたわけでは……」
そう、ただちょっと蓮見に見惚れてただけで。
でも返事をしなかったのは事実だ。
しかなったんじゃなくて出来なかったんだけど、それでも返事をしていないことには変わりないので、客観的に見ると無視をしたことになる。
「……ごめんなさい」
「……どうしちゃったの?君が素直に謝るなんて」
蓮見は驚いた顔をする。
え?私が素直に謝ってなんでそんなに驚くの?
私、そんなにいつも素直じゃなかった?
「別にどうもしていません」
「本当に?どこか具合が悪いとかじゃなくて?」
「本当です」
そこまで疑っちゃう!?
そんなに今まで素直じゃなかったかな?!
ちょっとショック……。
「俺の目を見て言える?」
「ええ。私は調子が悪くありま……」
私は蓮見の目をしっかり見て言おうとしたが、ここでまた乙女フィルターが作動し、最後まで言い切れなかった。
蓮見の目を見るとか、無理!
今まで普通にできたけれど、今は恥ずかしくて出来ない。
「やっぱりどこか悪いんでしょ」
「ち、違います!本当に平気なんです!」
「顔も赤いし、熱があるんじゃないの?」
そう言って蓮見が私のおでこに触れて、自分のおでこの熱と比べる。
ひゃあ!!近い。近いんだって顔が!!
「……熱はなさそうだけど」
「だから平気だって言っているではありませんか……」
私はバクバクする心臓を静めながら、蓮見から視線をそらす。
そのまま私は話をそらすように、気になっていたことを蓮見に聞く。
「橘さんを放っておいても、よろしいの?」
「あぁ。姫樺は昴と美咲に任せてきたから大丈夫」
「そうですか……」
「姫樺よりも、君の方が気になったから」
「え……?」
「君が外に出てくところを見てたから、気になって。具合が悪くなったんじゃないかって」
あぁ、それで。
それで蓮見はさっきから具合が悪くないかと何度も聞いてきたのか。
蓮見の優しさに私は胸がきゅぅんっとする。
また、好きになってしまう。
「ちょっと夜風に当たりたかっただけですの。心配をお掛けして、申し訳ありません」
「ならいいんだけど……」
蓮見が安心したように微笑む。
私はその微笑みにまた胸がきゅんとした。
「…………」
なぜか蓮見が考え込むように私をじっと見つめてくる。
な、なに?私なにかしたでしょうか?
「なんか、今日はいつもより可愛い……」
ぼそりと小声で呟いた蓮見の言葉に、少し冷めてきた顔の熱がまた急上昇した。
聞こえてますから!小声だったけど、しっかり私に届いてますから!
私は恥ずかしさのあまり俯く。
「神楽木」
蓮見に呼ばれて、顔をあげた。
そこには蓮見の整った顔と、ちょうど蓮見の背後に金色に輝く月が浮かび、とてもきれいだった。
私が蓮見に見惚れていると、蓮見の顔が段々と近づいてきた。
「そんな可愛い顔をしないでほしいな。止められなくなる」
「は、蓮見様……」
「ねぇ、嫌がならないってことは、してもいいって受け取っていいよね?」
なにが、なんて聞かなくてもさすがにわかる。
私は近づく蓮見の顔に狼狽える。
恥ずかしい。でも嫌じゃない。
私は空気を読んで目を瞑り、その瞬間を待つ。
あと少し―――
「奏祐様ぁ!!」
甘い声が響き、私たちはハッと離れた。
蓮見が声のした方を振り向く。
「姫樺」
「奏祐様、探しましたわ!奏祐様がいなくて、心細かったですわ」
「ごめん」
「ずっと私の傍にいてくれなくては、嫌ですよ?」
拗ねたように可愛らしく頬を膨らませる彼女はとても可愛い。
しかし私はそれどころではなかった。
心臓がバクバクとして鳴りやまない。
私、さっき、蓮見とキスしそうになっていた。
これで私の気持ちが蓮見に筒抜けになってしまっただろうか?
いや、それでも構わないんだけれど、もう少しどうやって告白しよう、と悩んでいたかった気も、する。
私が心臓を落ち着かせていると、ふと、橘さんと目が合う。
橘さんは凄い目で私を睨んでいた。
あまりの強い憎悪の瞳に私はただ驚く。
その気持ちも今は理解できる。
彼女も蓮見に恋をしている。
だから、蓮見に近づく私が憎い。
きっと私が彼女の立場になったら、私もきっと彼女と同じようにした。
私は橘さんの目をしっかりと見つめ返す。
負けない、という気持ちを込めて。
先に視線をそらしたのは、彼女の方だった。
彼女は蓮見の腕にしっかりと手を絡め、甘えるように言う。
「奏祐様、私、喉が渇いたわ。中に飲み物を飲みに戻りましょう?」
「……そうだね」
彼女は勝ち誇ったような顔をして私を見て、すぐに嬉しそうに蓮見にすり寄る。
そして二人は歩き出す。
私を置いて戻るの?
私よりもその子が大事?
それはそうだ。だって彼女は蓮見の幼馴染みなのだから。
だから、こんな風に思うのは間違いなのだ。
だけど、なんだかすごく惨めな気分になって。
恋をすると、どうしてこんな些細なことで一喜一憂するようになるのだろう?
喜んだり、悲しんだり。
恋をすると、感情がコロコロと変わり、忙しい。
「神楽木」
不意に蓮見に名を呼ばれ、私はきょとんとする。
私がきょとんとしていると、蓮見は苦笑して私の手を取った。
「蓮見様?」
「戻ろう。もう十分夜風に当たっただろ?」
「……はい」
蓮見の優しさに私はさっきまでの荒んだ心が温かくなるのを感じた。
嬉しい。ちゃんと私を気遣ってくれた。
私が思わず顔を綻ばせていると、橘さんは面白くなさそうに私を見ていた。
その瞳に、嫉妬の昏い炎を宿らせて。




