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 私の視線に気づいた蓮見たちが私たちの方に向かって歩いてくる。

 たくさんの人が蓮見たちを注視する中を二人は堂々と歩いている。

 すごい、と思った。

 私なら、こんなに注目を浴びていたら気になってそわそわしてしまうだろう。

 だけど、蓮見も、蓮見の隣に寄り添い歩く彼女も堂々としている。

 そんな二人を見て、私はお似合いだ、と感じた。

 ちくりと胸に痛みが走る。



「昴様、美咲様、神楽木さん、ごきげんよう。えっと、そちらの方は、確か、神楽木さんの弟の悠斗様、でしたかしら?」

「ええ。覚えていてもらえて光栄です」


 弟がにっこりと笑うと、彼女は少し頬を染めた。

 二人は顔見知りのようだ。

 どこかのパーティーで一緒になったのだろうか。


「ごきげんよう、姫樺さん。どうして貴女がここにいらっしゃるのかしら?」

「まぁ、いやだわ、美咲様。私がズルをしてここに来たと思われているのかしら?私はお母様の名代でここに参加しているのですわ」

「そうでしたの。不快に思われてしまったかしら?ごめんなさいね」

「いいえ、美咲様がそう思われるのも無理はありませんわ。ですから、どうぞお気になさらずに」


 フフフと笑い合う二人の間に冷たい空気が流れている気がするのですが、これは私の思い過ごしなんでしょうか。

 なんだろう、これ。

 まるで漫画の美咲様を見ているようだ。

 そんな美咲様も素敵だけれど!


 ヘタレと蓮見の方をチラリと見ると、二人ともなんともいえない表情を浮かべていた。

 そんな二人を見て私は察する。

 ああ、これ、いつものことなのだな、と。



「奏祐様、一緒に踊ってくださいな」


 美咲様との攻防を終えた彼女は、蓮見の腕に抱きつき、甘えた声でねだる。

 見せつけるかのように蓮見にベッタリとくっつき、蓮見派のご令嬢から反感を買っているのにも関わらず、むしろそれに優越感を感じているかのように、さらに蓮見にくっついた。

 蓮見は戸惑ったように彼女を見つめるだけで、彼女から離れようとはしない。


「ねぇ、いいでしょう?」

「……仕方ないな。一曲だけなら」

「ありがとうございます!」


 彼女が顔を綻ばせる。

 蓮見は彼女を引き連れてホールの中心に向かう。

 私は咄嗟に手を伸ばしかけて、思いとどまる。


 なにしてるの、私。

 なんで、蓮見を引き止めようとしたの?

 関係ないのに。私にはそんなことする資格なんてないのに。

 バカみたい。


 そう思うのに、私は蓮見たちを見ていられなくて、逃げるように「ちょっと外の空気を吸ってくる」と言ってホールを出た。

 外に出て、少し歩いたところで私は立ち止まった。



 本当に、私、馬鹿みたい。

 なにを逃げる必要があるの?

 関係ないじゃないか。蓮見が誰と踊っていたって。

 私には関係ない。


 なのに、どうしてこんなに胸が痛むの?

 いやだ。これじゃあ、私、まるで蓮見に―――


「神楽木?」


 私がはっと振り替えると、そこにはスーツをしっかりと着込んだ飛鳥がいた。

 なんだか、飛鳥のスーツ姿は新鮮だ。

 私は思わず笑みを溢す。


「飛鳥くん……あなた、スーツが全然似合わないわね」

「……言わないでくれ。気にしてるんだぞ……」


 飛鳥は少し気落ちしたように言う。

 そんな飛鳥を私はクスクスと笑い、「冗談です」と告げた。

 飛鳥は顔をしかめたが、すぐに真顔になって聞いてくる。


「それで、一人でこんなところにいて、どうしたんだ?」

「別にどうもしませんわ。少し夜風に当たっていただけです。もう戻りますわ」


 そう言って私がくるりと来た道をUターンし、飛鳥の隣を通り過ぎようとしたとき、飛鳥がぼそりと呟いた。


「……まだ蓮見が踊っているが、それでも戻るのか、君は?」

「…………見ていらしたの?」


 私は足を止め、飛鳥を見上げる。

 すると飛鳥はニヤリと笑みを浮かべた。


「君たちは目立つからな」

「意地悪な方」

「君たちには散々迷惑をかけられているからな。たまにはこれくらいしてもバチは当たらないだろう」

「本当に、意地悪ね」


 そんなこと言われたら、なにも言えないじゃないか。

 迷惑をかけている自覚があるだけに。



「なあ、神楽木。君はなにを恐がっているんだ?」

「恐がっている?私が?」

「ああ。俺にはそう見える。君の中で結論はもうすでに出ているのに、君はなにかを恐がってそれを認めることができない。違うか?」


 私は答えることが出来ずに黙り込む。

 それを肯定と受け取った飛鳥が更に私を追い詰めるように聞いてくる。


「君は、なにを恐れているんだ?」


 私は目を閉じて深呼吸をした。

 そして自分の胸に手を当てた。



 わかっている。飛鳥の問いに答えられないのは、飛鳥の言っていることが正しいからだ。

 もう、答えは出ていた。

 でもその答えを認めることができない。


「私、恋をして、変わることが怖いのです……」


 私は、怖かった。

 恋をして、変わることが。

 恋をして、凛花(ヒロイン)と同じ道を辿ることが。


 なんだかんだと言っても、私は結局、凛花(ヒロイン)と同じ道を歩んできたような気がする。

 ただ、相手が違うだけ。

 あんな風になりたくないと思いつつも同じ事をしている。

 恋をして、大嫌いな凛花(ヒロイン)と同じになるのが、怖い。

 だって、凛花(ヒロイン)と同じになってしまえば、私が今までしたことは無駄になってしまうから。



「神楽木。恋とは、時に人を変えるものだ。だが、それが悪い方ばかりに変えるとは限らない」

「……そうでしょうか」

「ああ、そうだとも。なあ、神楽木。蓮見は、変わったと思わないか?」

「蓮見様が?」

「そうだ。俺は変わったと思う。1年の始めの頃の蓮見に比べて、今の蓮見は雰囲気が柔らかくなったと思う。たぶん、蓮見をそうさせたのは君だ」

「私が?まさかそんなこと……」

「君はそう思うかもしれないが、1年の始めの頃の蓮見に声を掛けるのは、正直躊躇った。でも今は躊躇うことはない。俺が蓮見と親しくなったというのもあるんだろうが」


 そう言って飛鳥は苦笑した。

 私が蓮見を変えたと飛鳥は言う。

 でも、私が蓮見を変えたわけじゃない。

 今の蓮見があるのは、変わろうと頑張ったからだ。

 そう言うと、飛鳥は静かに首を横に振った。


「確かにそれもあるだろう。でも、きっかけは君だ。なあ、神楽木。俺は君が恋しても、君が変わることはないと思うぞ」

「え?」

「もし、君が恋を自覚して、悪い方に変わってしまったなら、俺たちが全力で君をもとに戻す。君のために力を貸してくれる人なら心当たりはあるからな。君の弟とか、水無瀬とか、東條、あと相模さんとか、な?」

「飛鳥くん……」

「だから、認めてあげるといい。君のその想いを」


 飛鳥はそう言って視線をどこかに向け、爽やかに笑って私を励ますように肩を叩いた。


「あとは、きちんと向き合え。蓮見に、な」


 そう言って歩き出す飛鳥と交代するように蓮見がやって来た。

 飛鳥がすれ違う時に蓮見になにかを言ったようだが、私には聞こえなかった。

 私は近づいてくる蓮見を見つめる。

 蓮見は、少し距離をあけて立ち止まる。


 私たちはただ、見つめ合う。

 胸に手を当てた。

 ドクドクと早まる鼓動を押さえるように。


「神楽木」


 蓮見が私の名を呼ぶ。

 私は、蓮見の瞳に私が写っていて、今は私だけが蓮見を独占できていることに喜んでいる自分がいることに気づく。


 やだ。こわい。こわい。


『悪い方に変わってしまったなら、俺たちが全力で君をもとに戻す。だから、認めてあげるといい』


 先程の飛鳥の言葉が頭によぎる。

 飛鳥を、みんなを信じていい?頼ってもいい?

 だって、もう自分の気持ちを否定するのも限界だ。

 信じよう、飛鳥の言葉を。



「蓮見様……」



 もう、認めよう。


 私は、蓮見に恋をしていると―――





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