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 私は蓮見のことを、なにも知らない。

 いや、蓮見奏祐という人柄については知っている。

 もう1年半以上の付き合いなのだ。

 だけど、人柄以外のことについてはなにも知らない。

 例えば、休みの日はなにをしているのか、とか。

 そんなことですら、私は知らない。

 それだけ今まで蓮見はアウトオブ眼中だったのだろう。

 しかし、蓮見を意識しだした今は、知りたい、と思う。



 そんなことを考えている間に、期末テストがやってきた。

 前回は散々な結果だったので、今回はしっかり勉強して、今度こそ打倒蓮見だ。

 そうは思うものの、やっぱり今ひとつ勉強に身が入らないまま、テストの日を迎えた。

 本当に、どうしちゃったんだろう、私。


 そして、結果発表の日。

 私の結果は前回よりも上がって3位。まあまあだ。

 蓮見とヘタレが同率1位だ。

 なんか、悔しい。

 なにが悔しいかって、美咲様をクリスマスパーティーに誘えて有頂天になっているヘタレに負けたことが悔しい。

 頭の中お花畑になっているくせに!

 そんな奴に負けたのかと思うと、落ち込む。

 落ち込んでいる私にお花畑野郎がやってきて、私の肩に手を置き、爽やかに笑う。


「今回も残念だったね?あと少しだったのにねぇ?」

「……くたばれ脳内花畑ヘタレ野郎め……浮かれすぎて美咲に呆れられてしまえ……」


 私が小声で罵ると、私の肩に置かれた手にぐっと力を込められた。

 い、痛い!本当に痛いからやめて!


「神楽木さん、なにか言ったかな?なんか、僕の悪口が聞こえた気がしたんだけど……」

「気のせいですわ、東條様。きっとクリスマスパーティーへの期待と不安が大きすぎて、幻聴が聞こえてしまったのでしょう。ああ、なんて可哀想な東條様」

「そうかな?本当にそうかな?」



 ヘタレがさらに手に力を込める。

 痛い!抉れる!!

 わかった!私が悪かった!だから離してぇ!!!

 私が申し訳ありませんでしたぁ!と謝ると、ヘタレはやっと肩から手を離してくれた。

 痛かった……絶対赤くなってるよこれ。


「これくらいで許してあげる。君には借りがあるからね」

「……そうですか」


 嬉しくないです。むしろ借りがあると思っているなら攻撃しないでほしい。

 そう言ってもきっと「それはそれ。これはこれ」と言われるのが目に見えているので私は肩をさするだけにしておいた。

 大人だね、私。



 期末テストが終われば、クリスマスパーティーがすぐにやってくる。

 私と弟は母に連れられて、クリスマスパーティー用のドレスとスーツを買いに行くことになった。

 いやドレスならいっぱいあるし、買わなくてもいいんですけれど。

 そうは思っても張り切っている母を止められる者はこの家にはいない。

 おとなしく従うしかないのだ。


「ふふふ。あなたたちは私に似ているから、何を着ても似合ってしまうわね。どうしましょうか。セクシーにラテンダンス系のドレスにしようかしら。パーティーで激しくダンスを踊るのも素敵だわ。きっと絵になるわ」

「やめてください、お母様」

「やめてよ、母さん」


 私と弟は同時に抗議する。

 すると母は残念そうな顔をして、すぐに瞳を輝かせて次のドレスを持ってくる。

 なんかもう疲れた……なんでもいいので早く決めてください、お母様……。



 なぜか社交ダンス用のドレスを買おうとする母を止め、普通のパーティー用ドレスを買ってもらうことに成功した私は、パーティー当日は朝から大忙しだった。

 朝一番に叩き起こされ、シャワーを浴びて、そのあとに美容のためのマッサージをされたりエステに行かされたり、やっとそれが終わったと思ったら今度は美容院に連れてかれて髪をセットしたりメイクをされたりと、なんだかもうパーティーに行く前から疲れた。

 あれ?そういえば私ごはん食べてない……。

 なんかもういいや。とにかく疲れた。


 しかし、疲れた顔なんてしている暇は与えられず、弟にエスコートされてパーティー会場に連行された。

 パーティー会場は桜丘学園の敷地内にあるホールを貸し切って使う。

 普段はなんかの会談や商談などに使用されており、生徒は入れないようになっている。

 私も入るのは初めてだ。


 ホール内は、とても明るかった。

 天井を飾る大きなシャンデリアに目を奪われる。

 上ばかり見ていたせいでなにかに躓き、転びそうになるのを弟に支えられる。

 ありがとう、と私は弟を見つめて、ふと、違和感に気づく。


「あれ?悠斗、背が伸びた……?」

「今頃気づいたの?オレ、ヒール履いた姉さんを見下ろせるくらいには身長伸びたんだ」


 私がきちんと立って弟と向かい合うと、確かに弟の方が視線が高い。

 誇らしげに背が伸びたと言う弟に私は思わず笑みをこぼす。

 可愛い。私の弟が、可愛すぎる。


「なに笑ってるの、姉さん」

「悠斗が可愛いなあと思って」

「……可愛いって言われても嬉しくないんだけど。オレ、男だし」

「ふふ。そうね。ごめんね?」

「……じゃあ、一曲完璧に踊れたら許してあげる」

「え?う、うーん……ダンス苦手だけど、頑張るわ」

「完璧に踊れるまで許さないからね?」

「……ガンバリマス」


 ダンスというか、運動全般が苦手なんだけどなあ。

 でも弟に許してもらうためには頑張るしかない。

 私は気合を入れた。

 そのとき、ちょうど音楽が流れ出す。

 私は弟に誘われるがままに、ホールの中心に進む。

 そしてダンスが始まった。


 ダンスは苦手だけど、ステップは体が覚えている。

 なので、勝手に体が動いてくれた。

 うん、一週間みっちり練習させられた甲斐があった。

 弟のリードがうまい、というのもあるのだろうけれど。


 私はなんとか一度もステップを間違うことなく踊り切った。

 ほっと息を吐く。

 そして弟にドヤ顔をすると、弟は面白くなさそうな顔をした。

 私だってやればできるのだ!


 私と弟はホールの中心から外れ、食べ物が置いてある場所へと向かう。

 なんだがすごく見られているような気がするけど気のせいだよね。

 うん、気のせいってことにしておこう。

 軽めの物を手にとり、今日初めてまともなものを食べる。

 ああ、おいしい。やっぱりごはんって大切だ。

 私が幸せいっぱいで食べていると、美咲様とヘタレが私たちのもとへやってきた。


 美咲様のドレス姿に、私は目を見張る。

 まるで妖精のように美しい美咲様に、食べるのも忘れて魅入ってしまう。

 妖精さんがここにいる……!


「ごきげんよう、凛花、悠斗くん」


 そう言って優雅に微笑む美咲に私の心臓は陥落寸前。

 ああ、美咲様が美しすぎてつらい。

 しかし、私は内心の動揺など顔には出さずに、にっこりと笑って挨拶をする。

 弟も私に習い挨拶をする。

 だてに良いとこのお嬢さんを十数年もやってないのだ。これくらいは意識しなくてもできるように訓練されている。


「二人のダンス、見てたわ。とても素敵だったわ」

「ありがとう。でも、見られてただなんて、少し恥ずかしいわ」


 私は照れたように言う。

 そんな私を美咲様はにこにこと見つめる。

 そんなに見つめないで!本当に照れるから!!



 その時、会場で黄色い悲鳴が上がった。

 私が何事かと振り返ると、大勢の人がある一点を見つめていた。

 美咲様とヘタレは、なんともいえない、複雑そうな顔で見ていた。

 なんだろう?

 私もみんなが見ている方を見ると、そこには見慣れた人物が女の子をエスコートしていた。



「蓮見様とあれは……」

「確か、姫樺さん、だっけ?橘家の……」


 弟が眉を寄せて記憶を手繰るように顔をしかめた。


『奏祐様の、婚約者です』


 そう私に言ってきた彼女。

 でも、彼女はまだこのパーティーには参加できないはず。

 それなのに、どうして?


 私が戸惑って二人を見つめていると、橘さんと目が合う。

 そして彼女は勝ち誇った顔をして、私に微笑んだ。



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