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私はヘタレ王子のためにアレコレ頑張った。
然り気無く、二人きりにしてあげたり。
然り気無く、パーティーの話を振ってあげたり。
しかしそんな私のサポートも虚しい結果に終わっている。
「どうしよう……締め切りまであと少ししかない……」
「はぁ……まさか、ここまでヘタレだったなんて……予想外ですわ……」
「……申し訳ない」
ヘタレがしょんぼりと謝る。
ここまでしてダメだとは。
仕方がない。斯くなるうえは。
「東條様。実は、美咲と今週末にお買い物の約束をしてますの」
「へえ。そうなんだ」
「ええ。ですから、東條様も一緒にどうですか?」
「え?僕が?」
「ええ、そうです。そこで、私が美咲に『クリスマスパーティーのパートナーは決まったのかしら?』と聞くので、その時に誘ってみてはどうでしょうか」
「なるほど……それなら誘い易いかもしれないけど……でも、それだと格好が……」
「東條様。私は今まで散々あなたに機会をあげましたわ。そのチャンスを不意にしたのはあなたですのよ?もう格好がどうとか言っている場合ではありませんわ」
「……そうだね。その通りだ」
ヘタレは私の言葉に真剣に頷く。
そして決意を固めた瞳で私に言った。
「神楽木さん、その作戦を頼んでもいいかな?」
「……これが最後のチャンスだと思ってくださいね?」
「ああ。わかってる」
「わかりましたわ。お任せくださいませ」
「……ありがとう。君には借りがたくさんできたね」
「本当ですわ。今度、なにか甘い物でもご馳走してくださいな。みんなでティーパーティーでもしましょう」
「ああ、そうだね」
ヘタレは柔らかく微笑む。
私も微笑み返す。
なんだか、最近、ヘタレとの距離感がわかってきた気がする。
ちょっと嫌味を言い合う関係。きっとこれが私たちにはちょうどいい関係なのだ。
その証拠に最初の頃に感じていた気まずさはもう感じない。
私とヘタレはやっと“友達”になれたのだと思う。
さて、と。
ヘタレな友達のためにひと肌脱ぐとしますか。
そして迎えた週末。
美咲様にはヘタレも来ることを教えていない。
飽くまで、偶然を装う計画だ。
見るがいい、文化祭で培った私の演技力を!
「あっれー?りんちゃんじゃーん?」
「あっ、すばるん!どーしたのぉ?こんなところで会うなんて偶然だねっ☆」
台本通りの台詞を言った私とヘタレ。
演技は完璧だ。
これで“偶然会った友達”を演出できたに違いない。
……そのはず、なんだけど。
アレェ?なんか美咲様も、何故か王子と一緒にいた蓮見も固まってる。
おかしいな、こんなはずでは……。
私が少し冷や汗をかき始めたときに、美咲様が笑顔を作って私の名を呼ぶ。
「……凛花?」
あ、あれ?なんか、空気が、寒い……?
そ、そうだよね。もう11月だものね!寒いのも当たり前だよね!
私は白眼で私たちを見ている美咲様と蓮見からそっと視線を逸らし、小声で話し合う。
「……話と違うようだけど?」
「……おかしいですわね。これで自然な出会いを演出できたはずですのに……」
「本気でそう思ってるの?君、馬鹿なの?」
「……申し訳ありません。少し調子に乗っておりました」
こそこそと話し合う私たちの背後でさらに冷気が強まる。
……どうやらお怒りのご様子である。
やばい。どうしよう。なんとかして、ヘタレ王子。
「どういうことか、説明してもらえないかしら?」
「二人でなに企んでいるわけ?」
声が、冷たい。吹雪のようだ。
私はなんとか言い訳を考える。
「実は、東條様に美咲と買い物に行く、というのをうっかり話してしまいましたの。そうしたら東條様が行きたいと仰られて。では、美咲を驚かそうか、という話になりましたの。黙っていて、ごめんなさい」
所々に嘘を交えて私は謝った。
しょんぼりとした顔を作り、肩を落とすのも忘れない。
うん、我ながら上手くできたと思う。
文化祭の経験はやっぱり活きているのだ。そう思っておこう。
美咲様はそれで納得してくれたようで、「まあそうだったの」と顔を緩ませた。
美咲様の怒りが解けたようでなによりだ。
蓮見はまだ疑わしそうな顔をしているけれど、無視だ、無視。
蓮見はヘタレに任せた。
なんとかその場を凌いだ私たちは、予定通りに買い物をすることにした。
冬物の服や小物を眺めて楽しむ。
美咲様とこれ似合いそう!と言い合うのは、夢のように楽しかった。
私、ずっとデレデレしていたと思う。
いやだって、美咲様が可愛いのがいけない。
そんな私たちをヘタレと蓮見は呆れつつも、楽しそうに見守っていた。
時々、私たちの買い物に口を挟んだりして。
大方の買い物が終わり、満足した私たちは、カフェで休憩をとることにした。
私とヘタレは目配せをし、気を引き締める。
さあ、これからが本番だ。
ヘタレの検討を祈ろうじゃないか。
「たくさん買い物しちゃったわね」
「そうね。でも、すごく楽しかったわ」
「ふふ。私もよ。でも、どのお店ももうクリスマスのものを置いていて、びっくりしたわ。もうそんな時期なのね」
「そうね。時間の流れがとても早く感じるわ」
きたー!!
よし、もうこの流れで言うしかない。
さあ、行くぞ、ヘタレ!
「そういえば、そろそろクリスマスパーティーの締め切りね。みんなもう、パートナーは決まったのかしら?」
ちょっと予定とは違う台詞になっちゃったけど、大丈夫だよね?
頑張れ、ヘタレ。ちゃっちゃと誘ってしまえ!
「私は、まだ決まってないの。凛花は悠斗くんと参加するのよね?」
「ええ、そうなの」
まだか。まだ言わないのか。
チャンスの女神様は前髪しかないんだぞ?
やがてヘタレは決意を固めた目で美咲様を見つめた。
「ねえ、美咲」
「なあに、昴?」
「その……今年も僕と参加してくれないかな……?」
い、言ったああ!!
やっと言ってくれたよぉ。
なんだろう、この感動。
まるで雛鳥が巣立ちを迎えた瞬間に立ち会えたような感動だ。
ヘタレの台詞に対し、美咲様は一瞬目を丸くし、そしてすぐに頬を染めながら柔らかく微笑んで頷いた。
「ええ、もちろんよ」
そう美咲様が答えた瞬間、ヘタレはすごく嬉しそうに笑った。
どうでもいいんですがね。
そんなに表情を表に出しちゃっていいんですかね?
気持ちバレバレだと思うけどなぁ。まあ、いいか。
とりあえず、私の役目は無事終わったようだ。
いやあ、長かった。無事に二人で参加することになって良かった。
カフェでの帰り際、私の先を楽しそうに二人で歩く美咲様とヘタレの姿を私はニヤニヤと観察しつつ歩く。
そんな私の横に蓮見がそっと並んだ。
「このために、昴を誘ったの?」
「まあ、なんのことでしょう?」
「……わかってるから。惚けても無駄だよ」
「……やっぱり、わかりました?」
「わかるよ。昴と君の様子を見てればね」
ああ、やっぱりわかっちゃうか。
さすが蓮見だ。
「すべては、美咲のためですわ」
「……わかってるよ。本当に君は美咲が好きだね……」
少し呆れた口調で蓮見が言うが、私は気にせず頷いた。
そんな私に蓮見は苦笑を漏らす。
それから蓮見と他愛のない話をして、ふと、私は気になったので聞いてみた。
「蓮見様は、誰とパーティーに参加されるのですか?」
「ああ……俺は……ごめん、言えない」
「え……?」
「ちょっと家絡みのことだから……でも、君も知っている人と参加する」
「あ……そう、なんですか……」
そう言われると、私はなにも聞けなくなる。
家絡みってなんだろう。
そう言えば、私、蓮見の家の話を蓮見から聞いたことがない。
そして、気づいた。
―――私、蓮見のこと、なにも知らない。




