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 私がヘタレ王子のために奮闘していると、あっという間に生徒会選挙の日になった。

 見事に飛鳥が当選し、生徒会長となることが決まった。

 副会長は蓮見で、私は議長を任されることになった。

 そして今日、任命式が行われる。

 今日をもって、今期の生徒会は解散となるのだ。

 つまり、朝斐さんが生徒会長でいられるのも今日が最後。


 朝斐さんは自分が今まで座っていた生徒会室の席を名残惜しそうに見つめたあと、飛鳥の肩に手を置き、「あとは頼んだぞ」と言う。

 飛鳥はしっかり頷く。

 そして朝斐さんは私と蓮見を交互に見て、「飛鳥をしっかり助けてやってくれ」と言った。

 私と蓮見もしっかり頷く。

 最後にぐるりと生徒会室を見回し、爽やかに笑って「頑張れよ」と言って生徒会室をあとにした。


 もう、この部屋で朝斐さんが真面目に仕事をしている姿は見られないのだと思うと、寂しく感じる。

 でもいつまでも朝斐さんに頼ってばかりではいけない。

 今日から飛鳥が私たちを引っ張っていくのだ。私はできる限り飛鳥をサポートしようと誓う。


 今日から新生徒会の発足だ。1年生の子たちも加わる。

 私たちがしっかりしなくては。

 事前に3年生から引き継ぎを受けているとはいえ、私たちがサポートしなくてはならない場面も出てくるだろう。

 去年、先輩方がしてくれたことを、私たちも後輩たちにしよう。

 私たち3人はそう誓い合った。


 1年生の生徒会メンバーの中には弟も含まれている。

 弟は優秀なのですっかり1年生の中心になり、頼られている。

 我が弟ながら鼻が高い。

 ルンルン気分で仕事をしていると、弟が私のところへやって来た。

 なんだね、悠斗くん。わからないことは優しいお姉様が教えてあげよう!


「姉さん、ここ、間違ってるよ」


 ………あ、本当だ。


 教えてあげるどころか、逆に指摘されている始末。

 姉の威厳がなにもない。


 いや、いいんだ。これで弟が優秀だって証明できるなら。

 そのためなら姉の威厳なんて捨ててやろう。

 ……ちょっとつらいけど。


 今日の仕事はいつもより多めで、1年生をある程度の時間で帰らせて、残りは2年のメンバーで片付けることにした。

 弟は残ると言ってくれたけど、新生徒会が発足した初日からハードな仕事をさせるのは気が引けたので断った。

 1年生たちが申し訳なさそうにして帰ったあと、私たちは無言で作業を続けた。

 コリコリとペンを動かす音だけが響く。


 静かだなあ。いつもこんなに静かだっけ?

 先輩たちがいないからだろうか。


 私のすぐ近くでコトン、と音がした。

 私が顔を上げると、蓮見がお茶を持ってきてくれたようだ。

 作業に集中し過ぎて、飛鳥が席を外していることすら気づかなかった。


「少し休んだ方がいい」

「蓮見様……そうですね。お気遣いありがとうございます」


 私は蓮見が持ってきてくれたお茶を飲んで一休みすることにした。

 お茶を飲んでいると、蓮見がお菓子を持ってきてくれた。

 致せり尽くせりだ。前にもこんなことあったな。懐かしい。

 私の頬が緩む。

 すると蓮見は目を細めて微笑んだ。


「良かった」

「なにが、ですか?」

「君が、前みたいに話してくれて」


 私はハッとして蓮見を見つめる。

 蓮見は微笑んでいた。


「なにか嫌われるようなことでもしたかと思った」

「……ごめんなさい。色々ありすぎて、気持ちの整理をしたかったのです。誤解をさせて、申し訳ありません」

「色々って?」

「色々、ですわ」


 ふーん、と蓮見は少し考えるような仕草をして、そして真剣な声で私に囁く。


「――それって、俺を意識してくれたってこと?」

「………っ!」


 私は思わず動揺して、視線を彷徨わせてしまった。

 それが、蓮見にとっては答えになった。

 蓮見は心から嬉しそうに笑った。


「嬉しいな」

「……誰だってあんなことされたら、意識してしまいますわ」

「ふーん」


 蓮見はニヤニヤとしている。

 そんな蓮見に私は腹が立って、ふいっと顔を背けた。



「こっちを見て」

「嫌です」


 私は顔を背けたままでいると、蓮見が私が顔を背けた方に移動してきた。

 思わずぎょっとしてしまう。


「やっと、君の眼中に入れた」

「……無理やり入って来たくせに」

「そうだね。それでも、俺は君に意識をされて嬉しいと思う」


 蓮見は私と目線を合わせるように屈む。


「君が今まで、俺を意識して避けてたなら、俺はそれすら嬉しく感じる。俺を避けたいなら、好きなだけ避けていいよ。だけど、今までみたいに遠慮はしないから。覚悟をしておきなよ?」


 蓮見はそう言って不敵に笑う。

 私の心臓がバクバクと激しく動いている。

 動揺を隠すように、私は意地悪く言う。


「……私、誰かを避け続けることには自信がありますのよ?」

「俺は昴の時みたいに甘くはないよ?クラスも一緒で、生徒会活動でも一緒だし、ね?」


 ぐうの音も出ない。

 その通りだった。避けるのは不可能だ。

 私は悔し紛れにぼそりと呟く。



「意地悪な蓮見様なんてきらいですわ……」

「きらいでもいいよ。知ってる?好きの反対は嫌いじゃない。好きになるのも嫌いになるのも相手を意識しないと出来ない事。好きなものが嫌いになれるように、嫌いなものも好きになれる。俺は君の“きらい”を“好き”に変えてみせる」


 私の目をしっかりと見つめて、蓮見は宣言した。

 蓮見の顔を見て、ああ負けた、と思った。

 私は蓮見から逃げることはできないのだ、と感じた。


 ならば、受け入れるしかないじゃないか。

 もう誤魔化しようがないくらい、私は蓮見に惹かれていると。


 私は、微笑んで蓮見に言った。


「そんな日が、来るといいですわね?」



 私は、蓮見に惹かれている。

 でもこれは恋なのかどうかはわからない。

 だって、この気持ちは私の知っている恋とは違う。

 私の知っている恋は、こんなに苦しいものじゃない。

 もっと甘くて、きらきらしているものだから。


 だから、私を自覚させて。

 もう恋だと認めるしかないくらいに、私を意識させて。



 そうしないと、私はきっと認められない。

 私が、恋をしていることを。



 私は心のどこかで怯えている。

 恋をすることで、凛花(ヒロイン)になってしまうのではないかと。

 “私”ではなく漫画の“凛花(ヒロイン)”に代わってしまうのではないか、と。



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