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私はヘタレ王子と飛鳥を昼休みに呼び出した。
場所は生徒会室である。先生には生徒会の作業をしたいからと鍵を借りている。
私は二人より一足先に生徒会室に来てお弁当を食べながら二人を待つ。
私がちょうどお弁当を食べ終わったときに、飛鳥が先にやってきた。
「よく来てくださいました」
私はにっこりと笑顔で飛鳥を迎える。
ウェルカム。ようこそヘタレ更生委員会へ。
「……何の用だ、神楽木。俺は生徒会選挙の演説の内容を考えるのに忙しいんだが」
「まあ。お忙しいところ大変申し訳ありません。演説内容なら私も考えるのを手伝いますので」
「……それは助かるが。それで、用件は?」
「もう少しお待ちくださいませ。もう1人来てから説明致しますので」
「あと、1人?」
飛鳥が首を傾げたとき、いいタイミングで奴がやってきた。
言わずもがな。本日の主役、ヘタレ王子こと、東條昴である。
「やあ、神楽木さん。神楽木さんから呼び出しなんて珍しいね?そろそろ台風が来るのかな?」
「ごきげんよう、東條様。台風は発生していないようですのでご安心くださいませ」
「そう?」
私はヘタレの嫌味をさらりと受け流す。
さすが私。偉いぞ。嫌味のスルースキルが急上昇中だ。
「揃ったようですわね。本日二人をお呼び出ししたのは他でもありません。クリスマスに行われる学園主催のパーティーについてのお話ですわ」
「ああ、あれか」
「でも、まだ大分先の話だよね?」
「甘いですわ、東條様。クリスマスパーティーのエントリーは生徒会選挙が終わってから始まります。もう、パートナーを確保するために動いている方はたくさんいらっしゃいます」
学園主催のクリスマスパーティーは、毎年行われている。
去年は誰にも誘われなかったし、行きたいとも思わなかったので行かなかったが、今年は弟がいるので弟と一緒に参加したいと思っている。
クリスマスパーティーはクリスマスと銘打っておきながら、2学期の終業式の日に行われるので、クリスマスにやるわけではない。ある意味詐欺だ。
クリスマスパーティーには学園のOBOGも参加するため、恋人探しや人脈目当てに参加する生徒が多い。
しかしこのパーティー、参加するためにはパートナーが必要なのである。
参加するために生徒たちは必死にパートナーを探すのだ。
それ以外にも、このパーティーでカップルが多く誕生するという逸話があるため、好きな人と参加したい生徒も多いようだ。
勇気を振り絞って好きな人をパートナーに誘う現場をそろそろ見かけ出す時期なのである。
「美咲はとても美人で性格が良く、教養があり、尚且つ水無瀬家の跡取りでもあります。競争率は高いでしょう」
「……でも、去年は僕と参加したけど?」
「それが甘いと言っているのです!去年も参加したから今年も大丈夫という保証はないのです。今からガンガン攻めてアピールをするべきですわ!」
「神楽木の言っていることは本当だぞ。俺の周りでもちらほら水無瀬を誘おうか悩んでいる奴は多い。うかうかしていたら先を越される可能性はあるな」
「………!」
ヘタレは飛鳥の言葉にハッとしたような顔をした。
……私の言葉に信頼はないと。そういうことですか、ヘタレ王子め。
いや、我慢だ私。美咲様のために、頑張るって決めたんだ!
「東條様は去年のパーティーにどうやって美咲を誘ったのですか?」
「美咲から誘ってきたんだよ……」
「………」
「………」
私と飛鳥は顔を見合わせて、ため息をついた。
ヘタレが居たたまれなそうに視線を彷徨わせた。
ヘタレは一朝一夕でなるものではないと改めて認識した。
根は深い。
「良いですか、東條様。今年は東條様から誘うのですよ?これが東條様のミッションですわ」
「美咲を、誘う……わかった、頑張ってみる」
「まずは自力で頑張ってくださいませ」
「わかった」
ヘタレは力強く頷き、生徒会室を後にした。
「自力で誘えるかしら、あのヘタレ……」
「……無理だろうな。賭けてもいいぞ。無理な方に団子をひとつ」
「あ、ずるいですわ。私も無理な方に賭けたいと思っていましたのに。まあ、いいですわ。では、私はヘタレの頑張りに期待して、誘う方にプリンをひとつ」
私と飛鳥は顔を見合わせて笑い合う。
そして、私はそのまま飛鳥の演説内容を考えるのを手伝うことにした。
もうすぐ生徒会選挙だ。飛鳥はそこで生徒会長に立候補をする。
当選は確実だろうが、選挙のスピーチは考えなくてはならないのだ。ご苦労なことで。
私と飛鳥が演説内容について討論を重ね、なんとか形だけ出来上がる。
あとは飛鳥が綺麗にまとめるはずだ。がんばれ生徒会長。
「ありがとう、神楽木。助かった」
「いいえ。これくらい当然ですわ」
「……ところで、俺を今日呼び出したのは、東條の件で、なのか?」
「ええ、そうですが。他に何か?」
「いや。蓮見のことなのかと思ってたものでな……」
「ああ……ごめんなさい。飛鳥くんたちには、気を遣わせてしまっていますね」
「そんなことはない、とは言えないな。でもまあ、気にするな。仕事には支障はないしな」
「ありがとうございます」
私は飛鳥の優しい言葉に胸が温かくなる。
飛鳥はからかうような笑みを浮かべて私に言った。
「だが、神楽木と蓮見の言い合いのない生徒会室は、さみしいな。何が問題なのかは知らないが、早く仲直りできるといいな?」
「……ええ。私も、そう思いますわ」
私はできるだけ自然な笑顔に見えるように笑う。
蓮見とまともに会話をしたのは、蓮見が約束通りにケーキを持ってきてくれた日が最後だ。
あれから半月くらい経過している。
すごく昔の事のように感じる。
『ご馳走様でした。とても美味しかったですわ』
蓮見が作ってきてくれたケーキは、とても綺麗だった。
フルーツがたくさん乗ったホールケーキは、まるでたくさんの宝石が詰まった宝石箱のようだった。
6号のホールケーキをついうっかりペロリと食べきってしまった私が、少し照れながらお礼を言うと、蓮見は顔を手で覆った。
顔を覗いてみると、蓮見の顔は真っ赤になっていた。
私、なにかしただろうか?
そう思って首を傾げていると、蓮見が小声で「その笑顔は反則だろ……可愛すぎる」と呟いたので、今度は私の顔が真っ赤になった。
とても懐かしい。そんなに前の話ではないのに。
このままではいけない。
それはわかっている。でも、私にはどうすればいいのかわからない。
これ以上、心を乱したくない。
だけど結局、蓮見を避けても心は乱れたままで。
なにかきっかけがあれば、変われるのだろうか。
でもそれは、いつやってくるの?
どうすれば、この苦しさから解放されるの?
わからない。
今はとにかく、あのヘタレをなんとかしなくては。
私は頭を切り替えるように、頬を叩いて気合をいれる。
よし、がんばろう!
こうして私は、今日も自分から逃げることを選択した。
後日、ヘタレ王子はしょんぼりしながら、私と飛鳥に報告をしにやってきた。
「僕には無理だった……」
情けない。情けないぞ、ヘタレ。
そしてさようなら、私のプリン……。
飛鳥は私を見てにやりと笑った。
「プリンひとつ、だな?」
「……わかってますわ」
そして私は次の作戦を考えることになったのだった。




