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それから私は、それとなく蓮見から距離を置いた。
不自然にならないように気を付けて。
もうすぐ中間テストだ。
だというのに、勉強に身が入らない。
なんでだろう。今までこんなことなかったのに。
勉強していても気づけばぼんやりしていることが多い。
どうしちゃったのだろう、私。
そして中間テストの結果発表を迎えた。
私の結果は10位。今まで二桁の順位をとったことがなかったのに。
その結果を見て、驚いた飛鳥が私に聞いてきた。
「どうしたんだ、神楽木?いつもより順位が下がっているじゃないか。1位をとるんじゃなかったのか?」
「ええ。どうしてしまったのでしょうね……?私にもわかりませんわ」
私が弱々しく微笑むと、飛鳥が心配そうな顔をする。
私の視界に蓮見の姿が入る。
結果を見て、蓮見が驚いた顔をして私を見た。
私は不自然にならないよう、さりげない風を装って、蓮見から視線を背ける。
その時、蓮見が傷ついた顔をしていたような気がして、私の胸にちくりと針が刺さったような痛みが走った。
私は、美咲様に呼び出された。
呼び出されたと言っても、恒例になっているお茶会なのだけど。
今回は我が家でのお茶会だ。
私お勧めのお菓子を並べて、美咲様を私の部屋でもてなす。
「とても可愛らしいお部屋ね」
「ありがとうございます。母の趣味ですの」
私の部屋は少女趣味の可愛らしいデザインだ。
私が生まれた時、母が張り切って用意したらしい。
生まれてすぐ用意したらしいが、気が早すぎるのでは、という父の意見を無視したと聞いている。
母が強すぎる。そして父は母に弱すぎる。
だけど、私はそんな父と母の夫婦関係に憧れを抱いている。
なんだかんだ言って、二人とも仲が良いのだ。
可愛らしくてこの部屋のデザインも好きなのだけど、そろそろ大人なデザインにしたい。
そう母に言ってみたら、またもや母は張り切って現在模様替えの計画中である。私の意見はそこに入る余地がないのが悲しい。私の部屋なのに。
まあ、母はセンスがいいから、きっと私の気に入るようなものにしてくれるだろうとは思っているけど。
「ねえ、凛花さん。前に矢吹くんが言っていたこと……矢吹くんが凛花さんの初恋の人って本当なのかしら?」
美咲様は興味津々な様子で訊ねてきた。
聞かれるのは予想済みだったので、私は微笑みながら頷いた。
「ええ、本当のことですわ。幼い頃、私の周りには年の近い男の子があまりいなくて、一番仲の良かったカイを好きになってしまったのです。きっと、恋に恋をしていたのでしょうね」
「まあ」
「カイがイタリアに引っ越すときに、一大決心をして告白をしたのですけれど、返事をしてもらえませんでしたの。カイはただ『ありがとう』と言っただけで。ただ、それだけですわ」
「まあ、告白をしたのに、返事をしてもらえなかったなんて……ひどいわ」
「私も当時は酷いって思いましたわ。今となっては、良い思い出ですけれど」
自分の事のように怒る美咲様に、私は懐かしむように微笑んでみせた。
カイトのことは過去の事。そうわかってもらえるように。
そしてしばらくは他愛のない話をしていたけど、美咲様が時折、何か言おうとして口を噤む。
そして会話が途切れたときに、切り出した。
「ねえ、凛花さん。最近、奏祐となにかあったかしら?」
私は一瞬だけ間を置いて、すぐに答えた。
「――いいえ、なにも」
自然に答えられただはずだ。
だって、なにもないのだから。それは事実だから。
私の一方的な都合で蓮見を避けているだけなのだ。
「文化祭のあとくらいから、かしら。なんとなく、凛花さんと奏祐の間になにか壁のようなものを感じるのだけど……気のせいだったかしら」
鋭い。よく見ている。
私はただ微笑む。
これは私の気持ちの問題であって、美咲様を煩わせてはならない。
「劇のことを、気にしているのかしら?それなら私が奏祐にお説教をしたから安心なさって」
「ありがとうございます。でも、本当になんでもないのです」
「凛花さん……私では、頼りにならないかしら」
「え?」
私は美咲様の言葉にぽかんとする。
「最近の凛花さんは、なんだかつらそうだわ。話すことで楽になることもあるはず。私は話すことすら躊躇うくらい、頼りない存在かしら?」
「美咲さん……そんなことは」
「凛花さん……いえ、凛花と呼ばせてもらうわ。凛花、1人で抱え込まないで。私はなにもしてあげることはできないかもしれないけれど、話を聞くことはできるわ。ねえ、お願い、ひとりで抱え込まないで」
「美、咲さん……ありがとうございます……」
私は目を瞑り、自分の中で気持ちを整理させる。
そして順を追って美咲様に話した。
あの劇で蓮見を意識し出したこと。
自分の気持ちを落ち着かせるために蓮見から距離を置くことにしたこと。
時々、うまく言葉にできないところもあったけれど、できる限り話した。
美咲様は静かに聞いてくれた。
「……そう。そうね、今の凛花の気持ちを考えると、それが一番いいのかもしれないわ」
「……はい。でも、無理に避けるつもりはないのです。今まで近づきすぎた分、もっと客観的になりたいと言いますか……」
上手く言葉にできない自分がもどかしい。
そんな私に、美咲様はわかっているというように頷く。
「そう。凛花がそうしたいのなら、そうすればいいと思うわ。でもね、凛花。覚えておいて。蓮見奏祐という人物は、あなたが思っているほど甘い人間ではないわ」
「どういうことですか……?」
美咲様は問いには答えず、ただ、微笑んだ。
どういうことだろう?蓮見が甘い人間ではないとは。
甘い人間じゃないのはわかっているけど。
「今のうちに、心の整理をつけておいたほうがいいわと思うわ。それよりも、ねえ凛花?」
「は、はい。なんでしょう?」
「私のことは、美咲と呼び捨てにして頂戴。あと、敬語もいらないわ。菜緒に話すみたいに普通にして?」
「え。でもその……」
「凛花?」
「は、はい。わかりま……」
わかりました、と言おうとすると、美咲様が可愛らしく睨んできたので、私は言い改めた。
「……わかったわ、美咲」
そういうと、美咲様は大輪の花のように艶やかに笑った。
美咲様が美しすぎて、つらい。
こんなに美しくて優しい人とお友達になれて、私は幸せだ。
まだまだ問題はあるけれど、私のヒロイン役を美咲様にあげて、ハッピーエンドで卒業できたらいい。
それには、まずあのヘタレをどうにかせねば。
私はヘタレをどうにかすることを改めて決意した。
そして私は、蓮見との問題から逃げるように、ヘタレの更生計画を頭の中で企て始めた。




