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「まあ、凛花さんの初恋……?」
美咲様が反応を示す。
そこは反応しなくてよかったのに!
ヘタレと朝斐さんはニヤニヤしているし、美咲様と蓮見と飛鳥は驚いた顔をしているし、菜緒は頭を抱えている。
そうだ。ここは話の流れを変えよう。
そうだ。それがいい。私のためにも。
「昔の話ですの。今となっては良い思い出ですわ。それよりも、朝斐さん、蓮見様、飛鳥くん、そろそろ生徒会の仕事に行った方が良いのではなくって?」
「あ。そうか。そろそろ時間だな。わりぃな、菜緒。オレ、ちょっと行ってくるわ」
「わかってる。適当に楽しんでるから、行っても大丈夫よ」
「ああ。気を付けて帰れよ」
「わかってるって。子供じゃないんだから」
菜緒と朝斐さんの仲が良いようでなによりだ。
そして私の話の流れを変える作戦は成功した模様だ。
私は朝斐さんと蓮見と飛鳥の背中を押し、急いでその場から離れた。
「昔の話……ね」
カイトが何かつぶやいていたが、私はそれよりもこの場から離れることを優先した。
生徒会役員以外に見送られて、私たちは生徒会活動に向かった。
「これで終わり……かしら」
「ああ、そうみたいだな」
私と蓮見と飛鳥は3人で文化祭の片付けをしていた。
今は掃除をし終わったところだ。うん、前より綺麗になったんじゃない?
一仕事終えたあとは甘い物が食べたい!密かに買ったマフィンでも食べよう。
とりあえず、私たちは生徒会室に向かうことにした。
生徒会室には誰もいなく、私たちが一番乗りで片付けが終わったようだ。
朝斐さんのところへ行けば帰らせてくれるんだろうけど、その朝斐さんがどこにいるかわからない。
メールでもしておくか。
私は携帯を取り出し、朝斐さんに片付けが終わったので帰っていいですか、とメールを送信する。
あとは返信を待つだけ。その間にマフィン食べちゃおう。
私が鞄の中からマフィンを取り出す少しの間に飛鳥がいなくなっていた。
どこに行ったんだろう。
「飛鳥なら、クラスの様子を見に行ったよ」
「そうでしたか……」
えっと、つまり、今、蓮見と二人きりというわけで。
き、気まずい。
誰かが一緒にいる時は意識しないで済んだけれど、二人きりになると意識してしまう。
チラリと蓮見の方を見ると、蓮見は違う方を向いていた。
それが少し残念なような気がして、私は首を傾げる。
あれ?なんで残念なの?見られてない方が都合いいのに。
いやいやいや。
それよりもとにかく話題を、と思い、私は手に持っているマフィンを見た。これだ!
「蓮見様、マフィン、食べますか?」
「……頂こうかな」
「どうぞ」
「ありがとう」
そして私たちはもぐもぐとマフィンを食べる。
ああ、美味しい。やっぱり疲れた時には甘い物だよね。
もぐもぐと無言でマフィンを食べる私たち。
そして私は気付いた。
あ、失敗した。
そりゃあ、そうだよ。食べ物渡したら無言になるよ!
私の馬鹿!もっと考えろ!
無言だと余計に意識しちゃうでしょうが!
心の中で自分を罵倒してもどうにもならない。
不毛だと思ったので、罵るのはやめた。
私は諦めてマフィンをもぐもぐと無言で食べる。
ああ、もうすぐマフィンが食べ終わってしまう。
今は『マフィンを食べる』作業をしていたが、マフィン食べ終わったら本当にただの無言になってしまう。
そう考えると、なかなかマフィンを食べきることができない。
とうとう最後の一口になり、私は覚悟を決めて、最後に一口を口に含む。
そして飲み込もうとしたとき、先にマフィンを食べ終わっていた蓮見がふいに聞いてきた。
「矢吹が初恋って、本当なの?」
ぶはっ。あ、やばい。マフィンが喉に……!
だ、誰か飲み物を……!
私がむせていると、蓮見が水を持ってきてくれた。
私はお礼を言って水を飲みほす。
はあ、助かったぁ~!
「大丈夫?」
「ええ、平気です。助かりましたわ。えっと、それで、なんでしたかしら?」
「矢吹が初恋って本当なの?」
「あ、ああ……その話でしたわね」
ああ、なんか言いにくいな。
でも別に隠すようなことでもないし……。
「本当ですわ。カイは、私の初恋の人なのです」
「そうなんだ……」
「先ほども言いましたけれど、それは昔の話です。今はカイのこと、なんとも思っていませんわ。ただの幼馴染みです」
「……本当に?」
「……カイは、酷い人なのです。カイがイタリアに引っ越してしまうと知った幼い私が、一大決心をして告白をしたのに、返事をしてくれませんでした」
「…………」
「だから、当時はきっとこの初恋は一生忘れられないものになるではないかと思いましたけれど……今ではただの良い思い出ですわ。本当に、今はなんとも思っていないのです」
あれ?なんで私こんなに必死になってるの?
なんで、蓮見に誤解されるのが嫌なの?
どうして?
「……そう。また、諦めないといけないかと思ったよ」
蓮見は安心したように、弱々しく笑った。
私はそんな蓮見の態度に、なぜか無性に腹が立った。
「……私に好きな人がいたら、諦めてくださるの?」
自分でも驚くほど、低い声が出た。
蓮見も驚いたように私を見ている。
そんな蓮見の様子に私は余計に怒りを覚えた。
「蓮見様の、私への気持ちは、好きな人がいたら諦めてしまう程度のものだったのですか?」
「神楽木……?」
ああ、ちがう。
私は怒っているんじゃない。悲しいのだ。
「蓮見様は私に仰いましたよね?『好きな人が出来ても、諦める気はない』と。それは、嘘だったのですか?」
私は、嬉しかったのに。
そう言ってくれて、嬉しかったのに。
でも、それも嘘だったなら、そんなこと言わないでほしかった。
私を惑わせないで。
ああ、どうして?
どうして、こんなに泣きそうになるの。なんでこんなに悲しいの。
私の顔が歪む。
いやだ、こんな顔、見られたくない。
私は生徒会室から出ていこうと立ち上がり、ドアに向かう。
しかし、ドアにつく前に、蓮見に腕を掴まれた。
「待って」
「離して、ください」
「嘘じゃない。嘘じゃないんだ」
嘘じゃないなら、なんで諦めるなんて言うの。
私は蓮見の方を振り向く。
蓮見の顔が想像以上に近かった。
「君に好きな人が出来ても、諦める気はないって言葉に嘘はないよ。だけど、君の幸せを奪ってまで、俺の気持ちを押し付けたいとは思わない。君が今でも矢吹が好きで、矢吹も君が好きなら、俺は君を諦める」
なに、それ。
今度こそ本当に、私は腹が立った。
「勝手に私の幸せを決めないで!私が幸せかどうかなんて、あなたが決めることじゃない。私が決めることだわ。勝手に決めつけて、諦めないで!あなたのそれは、優しさじゃない。ただの逃げだわ。本当に私が好きなら、無理やりにでも奪ってみせてよ……」
ああ、だめだ。今日の私は涙腺がもろい。
私は顔を俯けて、涙が零れた顔が見えないようにした。
「……ごめん」
「謝らないでください……」
蓮見がそっと私を抱き寄せた。
ふわりとシトラスの香りが広がる
すっかり慣れてしまった蓮見の匂い。
慣れるくらい、私は蓮見に近づきすぎてしまった。
距離を、置いたほうがいいのかもしれない。
少しずつ、わからないように。
「きらいですわ……蓮見様なんて、きらい」
「……そう」
蓮見は優しく私の背中をさする。
それが心地よくて、私は蓮見の胸に顔を押し付けた。
今だけ。今だけは、こうしていたい。
明日からは、ちゃんと距離を置くようにするから。
だから、今だけは、このままでいさせて。




