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ひと波乱あった文化祭が終わった。
我がクラスの劇は中々好評だったようで、来年も是非という声もちらほらあるそうだ。
個人的に全力でお断りしたい。
もしやるなら来年はヒロイン役以外でお願いします。
私にとってはとても忘れられない文化祭になった。
劇は菜緒や美咲様を筆頭に、弟・ヘタレ王子・朝斐さん・飛鳥他生徒会の当番以外の皆さんも観に来てくださったようだ。
私と蓮見が戻り、制服に着替え終わったところにみんな勢ぞろいで来てくれた。朝斐さんと飛鳥以外の生徒会の皆さんはクラスの方に行かないといけないらしく、来れなかったようだ。あとでお礼を言っておこう。
嬉しいやら恥ずかしいやらで、私はもじもじとお礼を言った。
「神楽木さんのお姫様役、綺麗だったよ。見違えちゃったな」
「ほんとにな。凛花もちゃんとお姫様役できたんだなぁ」
「ああ。蓮見の王子役も格好良かったぞ。戦闘シーンなんかは特に」
「……オレ、カイ兄の悪役姿が頭から離れない……夢に出てきそう……」
「……アレな」
「アレね……」
「アレ、男だったのか……!?」
みんなから口々に出た感想も、カイトの話になるとみんな「アレ」で済ませようとする。
そんなに印象的だったか、アレ。
まあ、そうだろうな……私も夢に出てきそうだし……。
もちろん、恐怖という意味で。
私たちが談笑していると、背後から大きな足音が聞こえてきた。
なんだろう、と思うだけで私は特に気にしないでいたが、足音の方をちらりと向いた弟の顔があからさまに青ざめた。
私が弟に声を掛けようとしたとき、私の背中に衝撃が加わった。
「リンちゃん!やっと見つけたー!」
そう言って背後からぎゅうっと私を抱きしめたのは、もちろんカイトである。
く、苦しい。苦しいからやめて!息できない死ぬ!!
カイトの抱擁攻撃からなんとか逃れた私は、乱れる息を整えながら、カイトを見る。
カイトは相変わらずにこにこと笑っていた。
「カイ、いきなり抱き付かないで。みんな驚くでしょう」
「え?なんで?」
「なんでって……ここは日本なの!日本ではいきなり抱き付いたりしないの!ハグという習慣がないの!」
「そうだっけ?まあ、そんなことより、この人たち誰?リンちゃんのお友達?」
そんなことじゃねえよ!重大な話だぞ!!
と怒鳴りたいのを私は必死で抑えた。
お嬢様は怒鳴ったりしないのだ。私はお嬢様私はお嬢様……。
私は呪文のように心の中で唱える。
呪文を10回くらい唱え終わったところで、私はなんとか笑顔を作る。
「ええ、そうなの。こちらは、相模朝斐さん。覚えてないかしら?カイは一度朝斐さんに会っているのよ」
「あー。あのときのチビ助がおまえか」
「あ。あの時のお兄さん」
朝斐さんとカイトが顔を見合わせて、頷く。
朝斐さんとカイトは幼い頃に一度会っているのだ。私の家で。
本当に一回きりだったけれど、カイトは朝斐さんによく懐いていた。懐かしいな。
朝斐さんはカイトの頭を撫でて、でかくなったなあ、と笑った。
カイトも嬉しそうにしている。
私は続けてヘタレと飛鳥を紹介する。
「こちらはヘタ……東條昴様。蓮見様の幼馴染みなの。こちらは飛鳥冬磨くん。私と同じ生徒会役員なの」
「神楽木さん、今……」
「気のせいですわ、東條様」
「……まあ、あとでいいか……。えっと、矢吹カイト君…だったよね?僕は東條昴。よろしくね。君の悪役、とても様になっていたよ」
「観てくれたんだ?ありがとう、嬉しい。こちらこそよろしく!」
あとってなに。
聞かなかったことにしよう。うんそれがいい。
私はカイトとヘタレが握手をする場面を笑顔で見守った。
うんうん。仲良きことは美しきことかな。
「君が……あの悪役の」
飛鳥が驚いたようにカイトの顔を見ていた。
そりゃあ、そうだよね。
カイトは衣装から着替え終わっていて、今は普通の制服姿だ。どこからどうみても男にしか見えない。
「あ、君も観てくれたんだ?えぇっと……アスカ?だっけ?」
「ああ、そうだ」
「アスカ。うん、覚えた。生徒会、なんだね?リンちゃん、迷惑かけてない?」
「ちょっとカイ……!」
「……まぁ、神楽木は優秀だから。仕事では助かっている」
……仕事では?
つまり、仕事以外では飛鳥に迷惑をかけていると、そういうことなのでしょうか?
まあ悲しいことに、心当たりはありますけどね!
……ごめん、飛鳥。
「へえ、そうなんだ。大変だね、アスカ」
「ああ」
え?頷いちゃうの、そこ?
そこは、仲間意識とかで庇うとこなんじゃないの?違うの?
私が密かにショックを受けていると、カイトが弟の方を見てにっこりと笑った。
弟の表情が引きつる。
「ユウ?」
「あ、すみません。オレ用事を思い出したのでこれで……」
弟はそう言うやいなや、すごい勢いで去って行った。
その後姿をカイトは残念そうに見つめた。
「あーあ……行っちゃった……からかいたかったのに」
からかいたかったって、おい。人の弟をからかうな。
しかし、弟のカイトへの苦手意識は根深いようだ。
顔見て少しして逃げ出しちゃうくらいだから。
だけど、なんでそんなにカイトのこと苦手なのだろうか、弟は。
昔からあんな感じだったから、本能的なものなのかもしれないが。
「神楽木さんと矢吹君は仲が良いね?」
「それはそうだよ。おれたち幼馴染みだもん、ね?リンちゃん」
「え、ええ」
「ほう、幼馴染みだったのか」
「そうそう。それにおれはリンちゃんのはつこ……ふごっ」
「きゃあ!!なに言うのカイ!?」
私は慌ててカイトの口を両手で塞ぐ。
もごもごとカイトが身じろぐが、私は必死にカイトの口を押え続けた。
そんな私とカイトのやり取りを菜緒が呆れ顔で見ていた。
みんな優しいから、きっとさっきの発言を聞かなかったことにしてくれるだろう。
そう思っていたのに、たった一人だけ、鬼畜のような奴がいた。
「神楽木さんのはつこってなに?」
にこにこと王子スマイルでヘタレは聞いてきた。
こいつ、わざとだな。目がニヤニヤしているぞ。
私は無視をしようと思ったのに、手の拘束が緩んだ一瞬の隙をついて、カイトが私の手から逃れて、にっこりと言った。
「リンちゃんの初恋はおれなんだよ!だから、おれたちは仲良しなんだ!ね、リンちゃん?」
私は天を仰ぐ。
……誰かこいつの口を塞いで。
それか、接着剤持ってきて。それも超強力なやつを。




