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70 親友

蓮見視点の話です。というわけで、活動報告の正解は蓮見でした。

そして、今回いつもより長くなってます……。文字数安定しなくて申し訳ありません……。

『俺が君を振り向かせてみせるから』


 俺はそう、彼女に言った。

 言ったのはいいのだが、どうやって彼女を振り向かせればいいんだろう……。

 俺は考えたがいい考えが浮かばない。

 今まで、自分から誰かに好かれようとしたことがなかった。

 だからどうすればいいのかがさっぱりわからない。


 俺は悩みながらも、彼女に振り向いてもらえるように努力してきたつもりだ。

 だけど、こんなことをしたかったわけじゃない。

 彼女を、傷付けるつもりでは、なかったのに。




 いばら姫の王女役の衣装に身を包んだ彼女は、とても綺麗だった。

 本当に、絵本に出てくるお姫様のようだった。

 俺は一瞬ぽかんとしてしまったが、慌てて表情を取り繕う。

 だけど、彼女をずっと見ていられず、視線をそらす。


 ああ、鼓動がうるさい。早く鳴り止んで。


 その俺の願いは、矢吹の登場によって叶った。

 矢吹は、ものの見事に化けていた。

 どこからどう見ても女にしか見えない。一瞬誰かと思った。


 彼女の幼馴染みらしい矢吹は馴れ馴れしく彼女に話しかけている。

 仲が良いことを見せつけられているようで、胸がざわめく。

 知ってる。これは嫉妬だ。俺は、矢吹に嫉妬をしている。

 醜い感情。でも、それを含めて恋なのだと、俺は知っている。

 俺は嫉妬の炎に取り憑かれないように、彼女たちから視線をそらした。



 彼女たちの出番の間に、衣装係の子が俺を甲斐甲斐しく世話をする。

 そして俺の髪をオールバックにしたい、と言ってきた。

 オールバックは前に執事の格好をした時に、姉に馬鹿にされてから軽くトラウマになった。

 そして誓ったのだ。オールバックはもうしない、と。


 なのに、衣装係の子の熱意に負けて、オールバックにするはめになった。

 俺は鏡に映る自分の姿を見ないようにした。

 スタンバイをしていると、彼女が舞台から戻ってきた。

 そして、俺をぼうっと見つめてきた。


 ああ、やっぱり、似合わないのか。

 俺は居たたまれなくなり、前髪をいじると、前髪が数本落ちてきた。

 せっかくセットしてくれたのに乱してしまった。

 俺は自棄になり、開き直るように「似合わないでしょ?」と彼女に聞いた。

 彼女はぼんやりとしていた。

 そんなに似合わないんだろうか。ああ、地味にへこむな……。


 俺が落ち込んでいるのがわかったのか、彼女は慌てて「とてもお似合いですわ」と言ってきた。

 見え透いたお世辞はいらないのに。

 そういうと、彼女はむきになって否定してきた。


「お世辞なんかじゃありませんわ、本当です。私、初めて蓮見様のことを格好いいとおも……」


 そこで彼女はハッとしたように口を塞いだ。

 俺は彼女の言葉に固まる。


 今、なんて?

 俺の聞き間違いでなければ、今、確かに「格好いい」って言ったよね?


 どうしよう。たった一言。それだけで、こんなに気分が良くなるなんて。

 物凄く嬉しい。

 なにせ俺は初めて彼女に「格好いい」と言って貰えたのだ。

 今まで彼女が俺の容姿を褒めることはなかった。

 もしかしたら、俺のこの外見は彼女の好みじゃないのかもしれない、と思い始めていたところだっただけに、余計に嬉しかった。

 俺は頬が熱くなるのを感じ、嬉しいやら恥ずかしいやらで、小声で「ありがとう」と言うのが精一杯だった。


 今思えば、俺はこれで調子に乗っていたのかもしれない。

 俺は順調に演技をしていき、いよいよクライマックスの王女の目覚めのシーンに入った。

 このシーン、キスをするまでが長い。

 台詞自体は少ないのに、あれこれ細かい仕草が入るため、長くなるのだ。

 これ必要?と思わなくもないものも多い。

 そんな演技を乗り切り、俺はようやく王女の眠るベッドに辿り着く。


 長かった。あとはキスシーンと台詞を言うだけだ。

 キスシーンは寸止めで、観客席から見ると本当にしているように見えるように計算された角度と位置に顔を近づける。

 すぐ近くに彼女の整った顔がある。

 そう思うと、とくん、と心臓が音を立てだす。

 そのまま、俺の目は彼女の小さな唇に引き寄せられる。


 もし、このまま、彼女にキスをすることができたなら。

 そう思ったのがまずかった。


 俺は引き寄せられるかのように、自然に彼女の唇に自分の唇を重ねた。



 俺は、なにを。

 そう我に返ったときにはすでに遅く、彼女は目を開いて、戸惑ったように瞳を揺らして俺を見ていた。

 彼女は一回瞬きをしたあと、ふわり、と微笑んで、台詞を言った。


「お待ちしていましたわ、貴方が生まれる、ずっと前から」


 台本通りの台詞に、練習通りの表情。

 だけど、声が少しだけ、震えていた。


「……お慕いしていました。僕が生まれる、ずっと前から」


 俺も微笑みを作る。そして、練習通りに演じきった。

 幕が下りて、皆が一息をつく中、俺たちだけは緊張が解けずにいた。

 そして、彼女が俺の名を呼ぶ。


「蓮見様」


 俺は彼女の方を振り向く。

 彼女は泣きそうな顔をしていた。

 彼女にこんな顔をさせたのは俺なのだと思うと、胸が痛んだ。

 そして、彼女が俺の頬を思い切り叩く。

 パン!と乾いた音が響き、俺の左頬に痛みが走る。

 俺は叩かれた頬をそのままにして、彼女を見つめた。

 彼女の瞳が、潤む。


「最低ですわ……!」


 そういうと、彼女はくるりと背を向けて走り去る。

 俺は動揺のあまり、しばらくぼうっとしていたが、我に返り慌てて彼女を追いかける。


 ―――謝らなくては。


 赦してもらえなくても、仕方ない。

 でも、謝らなくてはならない。

 だって、俺が彼女を傷つけたことは間違いないのだから。



 すっかり彼女を見失ってしまった俺は、人気の少ない場所を中心に探す。

 なんだか注目をされているような気がしたが、気にしていられない。

 それよりも彼女に謝ることの方が俺にとっては大事だ。

 俺はしらみつぶしに探し、ようやく彼女を発見した。

 彼女は美咲と大月さんと一緒にいるようだ。


 俺が彼女たちに近づくと、美咲と大月さんが彼女を背後に隠すように彼女の前に立ち、俺を睨んできた。

 正直恐かったが、それでも俺は彼女に謝らなくてはならないのだ。怯んでいる場合ではない。

 俺は一歩前に進む。


「あら、奏祐。なにかご用?」


 美咲はにっこりと微笑みながらも、その目は驚くほど冷たかった。

 冷や汗が伝うのを感じた。


「美咲に用じゃなくて……」


 俺はなんとかその一言だけ言う事が出来た。

 美咲は表面上では柔らかく微笑みながらも、その内側で激怒していることがわかる。

 美咲との付き合いは長いのだ。それくらいは、わかる。


「私の大切なお友達を傷つけたら、絶対に赦さないわ」


 美咲はそう言って俺をギロリと睨んだ。

 そんな美咲の様子から、彼女が相当傷ついているのだとわかった。

 本当に、とんでもないことをしてしまった。

 後悔は後に悔いると書くが、まさに字の通りだ。

 俺は拳を強く握った。


「話を、聞きますわ」


 俺が自己嫌悪に陥っているとき、彼女の声がすっと耳に入った。

 そんなに大きな声で言ったわけではないのに、彼女の声はよく通って聞こえた。

 彼女の声は、少し掠れていた。


 そんな彼女を心配そうに美咲と大月さんが見つめる。

 しかし彼女は大丈夫だと言って、美咲と大月さんを言い聞かせたあと、まっすぐに俺を見てもう一度言った。


「話を聞きますわ、蓮見様」


 彼女の目が赤い。

 さっきまで泣いていたのだろう。

 それでも気丈に振る舞い、俺と対峙する彼女の強さに、俺はさらに惹かれる。

 これ以上好きにさせてどうするの。

 そう言ってしまいたい衝動をぐっと堪えて、俺は謝罪と礼を言い、彼女と二人で話したいと美咲たちに言う。

 美咲たちは渋々といった様子で俺たちから離れた。

 俺は心を落ち着かせてから、彼女に向き合い謝罪した。


「……さっきは、本当にごめん」

「謝って済むと、思っているのですか?」


 彼女は俺から視線をそらし、硬い声で言った。

 それはそうだ。謝っただけで済むとは思っていない。


「……どうして、本当に…したのですか?」


 彼女が小声で聞いてきた。

 俺は言い訳がましく、本当にする気はなかった、信じてほしいと言ってみるが、当然のごとく彼女は信じられない、と言った。

 当たり前、だよね。そうは思っても、俺は内心がっくりとした。

 ほんの少しだけ信じてくれるんじゃないか、と期待していた自分に気づき、嘲笑したくなった。

 そんなこと、あるわけがないのに。


「君が、いつもよりも綺麗だから……気付いたら本当にキスしてたんだ……本当に、ごめん」


 俺は正直にあの時の状況を話し、頭を下げた。

 しかしいつまで経っても彼女はなにも言ってこない。

 どうしたのだろう、と思いながらも俺は頭を下げ続けた。

 少しして、慌てたように彼女が顔を上げるように言ってきた。

 俺の気が済まなかったが、彼女にお願いされては、あげるしかない。

 俺は渋々顔をあげる。


 そして彼女と視線が合うと、彼女は動揺したように瞳を揺らし、そして俺の左頬に視点を定めた。

 そして彼女の白い手が俺の頬に触れた。


「赤くなってしまいましたわね……」


 彼女の顔が痛そうに歪む。自分が痛いわけじゃないのに。


「……ああ」

「でも私、謝りませんわ。私は間違ったことをしたとは思いませんもの」

「それでいい。俺も間違ったことをされたとは思っていない。これくらい当然だと思う」


 俺がきっぱりと言い切ると、彼女が微笑む。

 ああ、やっぱり彼女は笑っていた方がいい。そう改めて俺は思った。


「気が済まないなら、好きなだけ殴っていい。それくらいされて当然のことを俺はしたから」

「蓮見様……では、お言葉に甘えさせて頂きますわ。目を瞑ってください」


 俺は言われるがままに目を瞑る。叩かれるのを覚悟した。

 しかし、頬に触れたのは彼女の手ではなく、冷たいなにかだった。

 俺は目を開けた。俺の頬に当てられている物は冷たいペットボトルだった。


 なんで?なんで、優しくできるんだ?

 俺は、君に最低なことをしたのに。


 彼女は少し困ったような顔をして言う。


「私、非力なんですの。私の力だけでは、とても私の気は収まりません。ですから、殴る代わりに、違うものを請求しますわ」

「違うもの?」

「ええ。ケーキを。蓮見様が自ら作ったケーキを、請求しますわ。傷ついた心を甘い物で癒したいのです」


 そんなことで、いいのか。

 いや、よくはない。でも、きっとこれが彼女なりの譲歩なのだ。

 彼女は、甘い。もっとやりようはいくらでもあったはずだ。

 それなのに、ケーキで妥協する彼女は、甘いとしか言いようがない。


 いや、違う。

 “甘い”のではなく、“優しい”のだ。

 なら、俺は彼女の優しさに精一杯応えてみせよう。

 俺の出来うる限りのことをして。


「……わかった。君を唸らせるようなケーキを作ってみせる」


 俺は微笑む。

 彼女は俺の顔を動揺したように見つめ、そして視線を外した。

 彼女の顔が少し赤く見えたような気がした。

 なにか怒らせるようなことを言ったっけ、俺?

 俺はそんな彼女の様子に密かに首を傾げた。




 後日、俺は渾身の出来であると自負できるケーキを持って行った。

 見た目から味まで、こだわりにこだわったものだ。

 生徒会のみんなで食べればいいかと思い、6号サイズのものを作ったのだが、彼女は6号サイズのケーキを一人でペロリと完食した。

 俺が呆気にとられて彼女を見ると、彼女は少し恥ずかしそうにはにかみ、「ご馳走様でした。とても美味しかったですわ」と言った。


 反則だろ、その表情。

 俺は思わず顔に手を当てて、赤くなった顔を隠す。

 すると彼女が「どうしました?」と俺の顔を覗こうとしてきた。



 彼女を振り向かせるどころか、逆にどんどん彼女に惹かれていく。

 こんな状態で俺は彼女を振り向かせることができるのだろうか。

 前途多難だ。


この話全体の密かなテーマは『調子に乗ると碌な目に遭わない』です。

あともう一つあるんですが、それは完結してからで。

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