67
とうとう私たちの劇の番がやってきた。
少し緊張する。
私は落ち着かせるために深呼吸をする。
今までたくさん練習してきたから、大丈夫。
台詞も全部暗記した。私は基本的に寝てればいいだけだから、大丈夫。
よし。覚悟を決めて劇に臨もう。
―――そして舞台の幕は開いた。
『むかし、むかし。とある王国には、人々を祝福し、病気を直し、予言をして、人々を支える7人の妖精が暮らしていました。
ある日、一番力のある妖精が突然姿を消してしまいました。しかし、すぐに若い妖精が現われたので、妖精は7人のままでした。
この国の王様と王妃様はたいへん仲が良い夫婦でしたが、子供に恵まれませんでした。
ある日、王妃様が泉で体を清めていると、妖精が現われ、こう言いました。
「もうすぐ王妃様に御子が授けられるでしょう」
妖精はそう言って姿を消してしまいました。
妖精と出会ってしばらくたった後、王妃様は子供を授かりました。
それを知った王様と家臣たちは大喜びしました。
そして王妃様は無事に美しい女の子を産みました。
喜んだ王様と王妃様は、7人の妖精を城に呼び、盛大な祝宴を開きました。
祝宴に招待された7人の妖精は喜び、お姫様に祝福をしました』
ナレーションの子の声に私は真剣に声を傾ける。
妖精は1人ずつお姫様に祝福をするのだ。
1人目は美貌の祝福を、2人目は美しい心を持てる祝福を、3人目は優雅に振る舞える祝福を、4人目は誰よりも上手く踊れる祝福を、5人目は美しい歌声を約束する祝福を、6人目はどんな楽器でも見事に演奏できる祝福を贈る。
そして最後の7人目の妖精が祝福をしようとしたときに、一番力のあった妖精が現われるのだ。
「まあ。随分、楽しそうですこと。あまりにも楽しそうだから、招待されていないけれど、来てしまったわ」
カイトがにっこりと妖艶な笑みを浮かべながら言う。
ぞくりとくる妖艶さだ。これが男だと気付く人は何人いるのだろうか?
カイトは王様役の子と王妃様役の子、それから妖精役の子たちをぐるりと見つめ、そして最後に王妃様が抱いている赤子の人形を見た。
「わたくしにも是非、王女様を祝福させて頂戴」
カイトはゆっくりと王妃様役の子に近づく。
妖精役の子たちが慌てて止めようとするが、それよりも先にカイトは王妃様の前に立った。
そして、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。
王様役の子が止めようとするも時遅く、カイトは高々と言う。
「王女は16歳の年に紡錘に指を刺し、命を落とすでしょう。わたくしを疎外者にした報いを受けるといいわ!!」
オーホッホッホとカイトは高笑いをし、煙と共に舞台から去る。
カイトの演技、迫力あり過ぎて、みんな呆然としてるよ。
すごいんだけど、やり過ぎじゃない?
舞台袖に戻ってきたカイトは「やりきりました」といった清々しい顔をしていた。
とりあえず、お疲れ様と声を掛けておく。
カイトは私に近寄り、悪女の顔で満面の笑みを浮かべた。逆に怖い。
「どうだった?おれ、すっごく頑張ってみたんだけど、悪役っぽかった?」
「ええ……悪役そのものだったわ」
「本当!?えへへ。この調子でがんばろーっと」
カイトは無邪気に笑う。
やめて、その顔で無邪気に笑わないで!ギャップあり過ぎて怖いから!!
カイトと話をしていると、私の出番がやってきた。
とうとう、私の出番か……!
緊張してきた。人と言う字を三回書いて飲んでおこう。あれ、これで合ってるよね?
私は気合を入れて、一歩を踏み出す。
と、その一歩でヒールを踏み外して転びそうになったのを、カイトと蓮見に支えられて事なきを得た。
……ふう、危ない。最初の一歩で転ぶとか、縁起でもない。
カイトと蓮見にお礼を言って、今度こそ歩き出す。
その時のカイトと蓮見が滅茶苦茶不安そうな顔をしていたのには気づかないふりをする。
私の心の平穏のために。
悪い妖精によって呪いをかけられたお姫様。王様も王妃様もみんな絶望に落とされる。
しかし、まだ妖精にはあと一人、お姫様に祝福をしていない、年若い妖精がいた。
その妖精は、自分には力のある妖精の呪いを打ち消す祝福はできないけれど、その呪いを“死ぬ”ものから“眠りにつく”呪いに変えることがならできる、と。
その妖精は“死”の呪いから“眠り”の呪いに変えた。そしてこうとも言った。
「王女様は紡錘に指を刺してしまいますが、命を落とすことはなく、眠りにつきます。そして100年後、一人の王子によって目覚めるでしょう」
王様はその言葉に少し安堵するも、とても安心などできず、国中の紡錘を焼き払うように命じ、紡錘で糸をつむぐことを禁止し、紡錘を持った者を処罰すると、お触れを出した。
それから15年が経った。
お姫様は妖精の祝福通りの、美しく心優しい少女になった。
誰からも愛されるお姫様は、その日、16歳の誕生日を迎えた。
お城はお祝いのために、あちらこちらで準備に追われ、お姫様は一人で庭の散歩をしていた。
ここからが私の出番である。
え?お姫様が護衛もなしに一人で出歩いて大丈夫なの?と思わなくもないが、まあ、おとぎ話なのでそのあたりはご都合主義だ。
私はセットされた舞台の庭に登場する。
出来るだけ優雅に見えるように舞台をゆっくり歩く。
しばらく歩くと、カタコトと音が聞こえだす。
「まあ、なんの音かしら?」
私はあたりを見渡して音源を探る仕草をする。不自然にならないように気を付けて。
私は音に導かれるように歩く。
そうして、辿り着いたのは、屋根裏部屋。
屋根裏部屋の戸を開けると、そこには紡錘が。もちろん生まれて初めて紡錘を見たお姫様にはそれがなにかわからない。
なので、私も不思議そうな顔を作る。できてるかなぁ……。
紡錘の前には黒いフードを深く被った老婆らしき人物がいて、紡錘を使って糸を作っていた。この老婆、もちろんカイトである。
うわぁ……さっきの美女がこうなるのか……メイクってすごいな。
私は心情が顔に出ないように気を付けて、興味深そうに老婆に近づく。
「お婆さん、何をしているの?」
「糸を紡いでいるんだよ、お嬢ちゃん」
「まあ。わたしにも出来るかしら?」
「もちろんだとも。さあ、これに触ってごらん」
私は紡錘に触れる。
そしてちくり、と指に痛みが走ったふりをして、「あら……?なんだか、眠くなってきたわ……」と言ってよろよろと近くにあったベットに近づき、倒れこむ。
これでしばらくは台詞もない。寝たふりをするだけだ。ふー。緊張から解放された。
私は寝たふりをしながら、このあとに続くカイトの台詞を待つ。
バサリと音がした。うん、悪女カイトの登場だな、これは。
私もこのシーンを生で見たかったなあ。
「ウフフフ……これで王女は眠りに落ちた。ウフフ……アハハハハハハハ!!」
やべえ。カイトの笑い声、ガチで怖い。
きっと小さい子いたら泣いちゃうよこれ……。
ごめんなさい、劇の話もう少し続きます。
1話で終わらせようとしたけど、まとまりきれませんでした……。




