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文化祭当日、私と蓮見は午前中だけ生徒会活動に参加することになっている。
午後からはクラスの劇に参加しなければならないから。
なので、午前中の見回りは私と蓮見の担当である。
蓮見との見回りは楽だ。
羽目を外し過ぎた生徒に注意するのも、蓮見が言えばみんな大人しく言う事を聞く。
さすが大企業の御曹司だ。こういうとき便利。
しかし、こうして蓮見と文化祭を見回っていると、去年のことを思い出す。
去年はなぜか蓮見と一緒に乗馬したなあ。今となっては良い思い出だ。
でも今年は見回り中に遊んだりなんかしない。蓮見にも前もって言っておいた。
蓮見は少し不満そうだったが、頷いた。
当たり前だ。生徒会役員が仕事中に遊ぶなんて、ご法度だ。
見回りの時間が終わり、少し自由時間ができる。
すると、タイミングよく美咲様とヘタレがやってきて、一緒に文化祭を回ろうと言ってきた。
タイミング良すぎない?もしかして、待ってた?
いや、まさかね?
うん。たぶんきっとそうだな。だって、美咲様とヘタレだしね……。
ヘタレのクラスはプラネタリウムをやるそうだ。
さっそく私たちはヘタレのクラスに足を運ぶ。
結構本格的で、どれだけお金かかってるだろうと、そんなことしか考えられなかった私にはきっと星のロマンなんてわからないのだろう。
星座の話とか結構好きなはずなのだけど、学生がやるにして高すぎるクオリティーに圧倒されて、私は碌に解説を聞けなかった。
私はお金持ちってすごい、と改めて思った。
美咲様のクラスは、なんとお化け屋敷をやるんだそうで、美咲様はとても自信があるようだ。
なんの自信かなんて、怖くて聞けない。
美咲様とヘタレは嫌がる蓮見を無理矢理押し込み、ついでに私も押し込んで見送った。
おまえら、組んでるだろ。と内心思ったのは秘密だ。
私と蓮見が暗い室内を怖々進んでいく。
本当にお化け屋敷みたいだ。クオリティー高すぎじゃないか、どのクラスも。どれだけ本気なんだ。
結論だけ、言わせてもらおう。
マジで、怖かった。下手なお化け屋敷より、よっぽど怖かった。
私も蓮見もガチで叫んだ。
途中で怖すぎて思わず抱き合ってしまうくらい怖かった。
抱き合ったと気付いてすぐに蓮見の足を踏みつけましたけどね!
殴らなかったのは、劇をやるときに赤くなっていたら様にならないからだ。私って優しい!
……うん。ちょっと動揺しただけなんだよ。蓮見は悪くないってわかってる。
だから、お化け屋敷を出てすぐに謝った。
そうしたら蓮見は驚いた顔をして、ちょっと気まずそうに「謝る必要はない」と言ってくれた。
私は微笑んで「ありがとうございます」と言った。
校内をぶらぶらと回っていると、あっと言う間に時間は過ぎて、もう準備に行かなくていけない。
美咲様とヘタレにもう時間だと告げると「私たちも観に行くからがんばってね」と応援してくれた。
私たちは頷いて、美咲様とヘタレと別れ、講堂に向かう。
待っていた衣装係の子たちに私と蓮見はあっという間に囲まれ、着替えさせられた。
そして例のごとく、コルセットでぎゅうぎゅうにウエストを絞られる。
出る!お昼食べた物が出るぅ!!
私はへろへろになりながら、なんとか衣装を着終える。
いや、私よりも衣装係の子たちの方がへろへろなはず。だけど彼女たちはとても清々しい顔をして、私を見つめている。
あれ?私よりも体力使ってるはずなのに、どうして私の方がこんなに疲れているの?
私は金髪の鬘を被り、薄く化粧を施される。
いいのかなぁ、化粧なんてしても。
そう思っていたのが顔に出ていたらしく、化粧をしてくれた子が「大丈夫ですわ。ちゃんと学園の許可はとってあります」と得意気に笑って言った。
準備のよろしいことで、なによりです……。
私はできるだけドレスを汚さないように気を付けて歩く。
できるだけ優雅に、本物のお姫様のように見えるように。
演技する前から私はお姫様私はお姫様と呪文のように自分に言い聞かせる。そうしないとすぐボロが出るからだ。
それで何度怒られたか……どうやら私に演技の才能はなかったようだ。
お姫様になりきって舞台袖に入る。
そこにはもうすでに着替え終わっていた蓮見がスタンバイしていた。
蓮見のすぐ傍には衣装係の子がいて、髪を整えたり、衣装を直したりと甲斐甲斐しく蓮見の世話をしていた。
蓮見はとてもめんどくさそうにしている。
気持ちわかるよ。私もそうだもの。
私は蓮見に近づき声を掛けることにした。
「とてもお似合いですね、その衣装」
私はお姫様、と心の中で唱えつつ、私は優雅に微笑む。
お姫様っぽく見えているだろうか?
蓮見は私を見て、一瞬ぽかん、とした表情を浮かべたが、すぐにいつもの無表情に戻った。
なんか、面白くない。
「ありがとう。君も、似合ってる……」
蓮見はそういうと、ふいっと私から視線をそらした。
あれ?照れてる?
私は蓮見のその様子に、さっきまでの面白くない気持ちがどっかに飛んで、気分が良くなる。
きついコルセットをしている甲斐があったような気がする。
私は改めて、蓮見の王子様衣装をじっくりと観察した。
白を基調とした上下だ。うん、カボチャパンツに白いタイツじゃなくてよかった。
時代的にはそちらの衣装かと思ったのだけど、どうやら近代に近い衣装を選んだようだ。
蓮見にカボチャパンツは似合わなそうだしね。
どちらかというと、軍服に近い衣装だ。
赤い飾緒と金色の肩章に、飾りボタンがたくさんついた、王子様のイメージに沿った衣装だ。
真っ黒いロングブーツを履いて、飾りの剣を吊る下げた蓮見はどこからどう見ても王子様である。
本当に、良く似合っている。
私がじっと蓮見の衣装を観察していると、蓮見は居心地悪そうに身じろぐ。
あまりにも似合いすぎて、ガン見し過ぎたようだ。反省しよう。
私が反省したその時、明るい声が後ろから聞こえた。
「リンちゃーん!わあ、リンちゃん、すっげー可愛い!本物のお姫様みたいだ!」
テンションが高めのカイトの声に、私は苦笑をしながら後ろを振り向く。
振り向いて、私は固まった。
え?どなたですか?
そう私が思ったのが伝わったのか、カイトは少し不貞腐れた顔をする。
だって、今のカイトの姿は、どこからどう見ても、悪女にしか見えない。
一つにまとめた黒い髪に、妖艶な赤い唇。
もともとぱっちりとしていた目には濃い目に青いアイシャドーが塗られていて、黒くアイライナーで縁取られた目はいつもよりキツい印象を与える。
頬にはなにも塗られず、ただ、ファンデーションと白粉が塗られているだけ。
黒いドレスをスラリと着こなしているカイトは、まさに絶世の悪女。傾国の美姫といった風なのだ。
なんだこれ。私の憧れた悪女がここにいる。
なのに、悪女は悪女らしくなくにこにこと笑っているのだ。
そんなギャップはいらないから、キリっとした顔でいてくれ。
「どお?おれ、超美人でしょ?」
「う、うん……すごい、悪女っぽい……」
「見惚れたでしょ!もっと見ていいよ!」
腰に手を当てて胸を張るカイトを、私はただ呆然と見つめることしかできなかった。
蓮見も、口をぽかん、と開けてカイトを見ていた。
なんとなーく、予感はしていたけれど。
私、悪役に負けてません?
だからカイトの女装姿見たくなかったんだよ……。
「劇が楽しみだねぇ、リンちゃん、ハスミ?」
「そ、そうね……」
「あ、ああ……そうだね」
私と蓮見は、頷くので精一杯だった。




