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「ねえねえ、リンちゃん。ねえってば」
「……カイ。うるさい」
「えぇー!久しぶりに会えた幼馴染みにそれはないんじゃない?おれ泣いちゃうよ?」
「……好きにすればいいわ」
「リンちゃんがつめたぁい……!昔はあんなに仲良しだったのにぃ!」
まじうぜぇ。
あら。いけないいけない。
私としたことが。はしたない言葉を使ってしまったわ。
しっかりしなくては。私はお嬢様なのよ!
と、私は必死に自分に言い聞かせる。
カイトのせいで私は注目の的になってしまった。
帰国子女の幼馴染み!あの二人キスしたんだって!みたいなノリでみんなから見られる。
言っておくけど、カイトが頬にキスするのはただの挨拶なんですからね?
ある程度親しくなればみんなキスされますからね?
弟なんて昔は会うたびにキスされてたよ。軽くトラウマになってるよ。可哀想に。
お陰で弟はカイトが苦手だ。
せめて、できるだけ弟と会わせないようにしてあげよう。
そう思っていたのに、弟がのこのことうちのクラスにやってきた。
なぜ来た弟よ。
「姉さん、これわすれも……!?」
弟はカイトの顔を見て固まる。
カイトは弟の顔を見て、すぐにパアっと笑顔になった。
あーあ。これは、だめだ。もう私には回避することは不可能だ。
「ユウ!大きくなったねえ!おれだよ、カイトだよ!覚えてる!?」
「か、かかかカイ兄……な、んで……?」
弟が動揺のあまり噛みまくる。
弟が噛むのは珍しいな。それだけ、カイトが苦手ということか。
「覚えててくれたんだ!?すっげー嬉しい!」
カイトはぎゅうっと弟に抱き付く。
弟は全力で押しのけようとしているが、カイトは昔から馬鹿力だった。
弟がカイトに力で勝てたことは、一度もない。
「ぐ、ぐるしっ……!ね、ねえさんたすっ……」
弟が涙目で私を見つめるが、私は悲しげな顔をして首を横に振る。
こうやってスキンシップを図っているカイトに何を言っても無駄なのだ。実力行使しても負けるの目に見えてるし。
「ああ、本当に大きくなったねぇ、ユウ」
カイトはそう言ってにっこり笑うと、弟の頬にキスをした。
その場面をみた、ご令嬢の皆様方から、黄色い悲鳴が上がる。
ほら、な?誰にでもキスをするでしょう?
皆さんの誤解は解けたでしょうか。
私は顔を青ざめている弟に同情の眼差しを向けた。
ドンマイ、悠斗。きっと良いことがあるよ。
うるさい幼馴染みから解放された放課後、今度はまた面倒くさいやつに私は捕まった。
「やあ、神楽木さん。ちょっといいかな?」
無駄にキラキラした笑顔を私に向けて、ヘタレ王子は言った。
よくないですよ、私これから生徒会活動がありますから。
そう言って断ろうとしたのに、ヘタレは強引についてきた。
ついてくんな!私の癒しのお茶の時間なんだよ、邪魔しないで!
ヘタレとの「ついてくんな」「まあそう言わずに」という攻防を繰り広げた私は、最早、生徒会室を目の前に疲労困憊だ。
ああ、甘いものが食べたい。
私が生徒会室のドアを開くと、すでに飛鳥が来ていて、お茶の準備をしていた。
用意がいいな!さすが次期生徒会長!よ!デキル男!
私は内心で飛鳥を褒めちぎりつつ、何気ない顔をして生徒会室のドアを閉めようとした。
が、阻まれる。他ならぬ、ヘタレ王子の手によって。
「あら、東條様。まだいらしたの?お帰りになられたほうがよろしいのではなくって?」
「さっきから一緒だったよね?それに、今日は特に用事はないから大丈夫だよ」
「まあ……そうなのですか」
チッ。残念だ。早く帰ってゆっくりすればいいのに。
「なんだ。今日は東條も一緒か?東條、お茶でも飲むか?」
「もちろん、頂くよ」
ヘタレがにっこりと笑顔で飛鳥からお茶を受け取る。
私は内心で舌打ちをする。
飛鳥もヘタレなんて追い返せばいいのに。
私は頭を切り替えて、ヘタレの用件を手早く片付けることにした。
だって、生徒会の仕事だってあるし、ヘタレがここにいたら邪魔だしね?
今日は特に生徒会の仕事はなく、ただ今後の活動について話し合うだけ、という今日の生徒会活動内容をきれいに忘れることにした。
忘れた方が都合のいいときだって、人生にはあるものだろう。うん、そういうことにしておいて。
「それで。私に何の用ですか?手短にお願いします」
「ああ、美咲のことなんだけど……」
やっぱり。そうだと思ったさ。
「あれから何度も美咲に言おうと思ったんだけど、美咲を前にしたら言えなくて……自分でもこんなこと初めてで、どうしたらいいかわからないんだ。君の時にはすんなりと言えたのに」
左様ですか。
そんな憂い顔して言ってますけど、ただ単にあなたがヘタレてるだけですからね、それ。
私は慈愛の微笑みを浮かべ、まるで神様から宣託を授かった聖女のように告げた。
「すべては、あなたの心次第です。あなたが頑張れば、きっと美咲さんも応えてくれるでしょう」
「いや、それはわかってるんだけど……」
おい、なんで残念な子を見るような目で私を見るんだ?
あなたが言ってきたことに答えてあげたんだぞ?答えてあげただけ有難いと思ってほしいんだけど!
私たちの会話を静かに聞いていた飛鳥が、ぼそりと呟いた。
「無理に言おうとするからいけないんじゃないか?そういうことは、言うタイミングがあると思う。東條にはまだそのタイミングが訪れていないんだろう」
「飛鳥君……そう、なのかな?」
「ああ。焦って言って伝わらなかったら本末転倒だ。そういうことは、自分のタイミングで言うべきだと俺は思う」
「なるほど……」
ヘタレが感心したように頷く。
おい、飛鳥。なに甘いこと言ってるんだ。美咲様はヘタレを待ってるんだぞ!?
時には凛々しく、可愛らしくしながら、待ってるんだぞ!?
いつまで美咲様は待てばいいんだ。美咲様かわいそう……。
「飛鳥君は、頼りになるね」
にっこりと王子は笑って飛鳥に言う。
私は王子の一言にピクリと反応した。
え?なに?私じゃ頼りにならないってこと?そういうこと?
「そうなんですの。飛鳥くんはとても頼りになりますの。実は私もよく飛鳥くんに相談してるんですのよ。ヘタレ……いえ、東條様もこれから飛鳥くんに相談してみてはいかがでしょうか?」
「神楽木さん、今、ヘタレって言った?」
「さぁ、なんのことでしょう。私にはよくわかりませんわ」
フフフ。私の華麗なる作戦。
その名も『ヘタレ王子を次期生徒会長に押し付けてしまえ作戦』。
ひねりもなにもない作戦名だけど、細かいことは気にしない。気にしてはいけないのだ。
これを機に、ヘタレのお世話を飛鳥にしてもらうことにしよう。
ヘタレのお世話は私には荷が重い。
ヘタレはナイスアイディアというように、飛鳥をじっと見つめる。
飛鳥はぴくりと眉を揺らす。
そして一瞬私をジロリと睨んだあと、ヘタレを見て、申し訳なさそうな顔をした。
「大変光栄なことだが、俺は男性視点から見ることはできても、女性の視点から見ることはできない。そういう意味で、神楽木にも相談をした方がいいと思う」
「……確かに。そうだね」
うんうん、とヘタレは頷く。
私は飛鳥をギロッと睨むが、飛鳥は涼しい顔をして私を見た。
その眼は『俺に押し付けようとするな』と言っている。
チッ。私の目論見はバレていたか。
「じゃあ、二人ともよろしくね?」
ニコッとキラキラスマイルと浮かべたヘタレ野郎に、私も飛鳥も頷く他なかった。
だって、奴の目が笑ってなかったから。




