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翌日、私は王子と向かい合っていた。
「……それで?結局、言えなかったと?そう、仰るのですか、あなたは?」
「……ハイ。申し訳ありません」
王子は床に座り正座をし、私も王子の前に座り、王子を睨みつける。
私が睨むと王子は小さくなる。
そんな王子に私はこれ見よがしに、ふう、とため息を吐く。
「ふふ。そうですか。言えなかったのですね?まさにヘタレですね?東條財閥の御曹司様は実はヘタレ野郎だったのですね?ふふ、面白くて笑ってしまいますわ」
「……返す言葉もございません」
王子がしょんぼりと肩を縮める。
ふむ。少しいじめすぎたか?まあ、これくらいいいよね。
昨日の夜、王子と話したあと、王子は美咲様の部屋に向かって、美咲様と話をしたらしい。
しかし、肝心なところ、つまり、告白はできなかったという。
私にはすんなりと言えたくせにね?割と恥ずかしいセリフだったよね?
やっぱり本当に好きな人には言えないのかな?このヘタレめ!
これから王子改めヘタレと呼ぼう。
漫画だとここまでヘタレじゃなかったのになぁ。やっぱり二次元と現実の違いか?
「まぁ、いいでしょう。いいですか、できるだけ早く言ってくださいね?東條様がきちんと言うまで、私、東條様のことヘタレと呼びますからね」
「えっ。それだけは勘弁……」
「呼 び ま す か ら ね ?」
「……わかった」
ヘタレが神妙な顔をして頷く。
これだけ言っておけば大丈夫だろう。
頑張って早く幸せいっぱいな美咲様の顔を見させてくれ。
「……二人とも、そんなところで正座してなにしてるの?」
「蓮見様、今ですね、私はへた……東條様にお説」
「見ててわかんない?神楽木さんと親睦を深めてるんだよ」
「正座をして?」
「そう。正座っていいよね。なんか正面から向き合える気がするよ」
「へえ……」
蓮見が白けた顔をする。
私が王子の方を見ると、王子は悪戯っ子のような顔をして、人差し指を口にあてて、しーっとした。
……ああそうですか。まだしばらく蓮見をからかう気ですね?性格悪いな。
でも、美咲様にも誤解されちゃうんじゃないですかね?
いいんですかね。ヘタレなのに。
ヘタレのくせに誤解されてもいいんですかね?
「あぁ、そうだ。近くに綺麗な場所があって、それを神楽木さんが見たいらしいんだけど、今日は美咲についててあげたいんだよね……だから、奏祐代わりに行ってあげてよ」
はい?私、そんなこと一言も言ってませんけど?
「はあ?なんで俺が……」
「悠斗君も大月さんも別のところに行っちゃったし、奏祐しか一緒にいける人いないでしょ?まさか、神楽木さんを一人で行かせる気?」
「………はぁ。しょうがないか……」
あのーう。私、別に綺麗な景色なんて見に行かなくてもいいですよ?
私が口を挟む間もなくヘタレによって私と蓮見は追い出された。
ヘタレのくせにこういう時だけは手際がよい……ってあ!
もしかして、体のいい厄介払いされたってこと!?
くそー!ヘタレのくせに生意気な!
私が内心でプンスカ怒っていると、蓮見が不審そうな顔をした。
なんだね、文句あるかね。喧嘩なら買うぞこのやろう!
「なんか戻りづらいし、行こうか」
「……そうですね」
私は不本意ながら、頷いた。
それにしても絶景ってどこにあるんだろう。私、場所知らないんだけど。
私がきょろきょろと辺りを見渡して、綺麗な場所があるところらしき場所を探していると、蓮見に手を引かれた。
「こっち」
私は蓮見に手を引かれるまま歩き出す。
この状況は去年のクリスマスの時と似ている。
今は蓮見とケンカはしてないし、蓮見も私の歩調を考えて歩いてくれている。
だけど、あの時のことを思い出してしまう。
私はくすりと笑う。
「なに笑ってるの?」
「いえ。去年のクリスマスとは違うなぁ、と思いまして」
「……あぁ」
思い出したらしい蓮見はしかめ面をした。
蓮見にとってはあまり良い思い出ではないようだ。
「私、あの時、蓮見様と随分歩調が違うのだなあ、と思いましたの。ふふ。いつも私に歩調を合わせてくれているのですよね?ありがとうございます」
「別に。それくらい普通じゃない」
蓮見はふいっと顔をそらす。
ふふ、照れてる。本当に、素直じゃない。
でも。そろそろ手を離してくれませんかね?私、ちゃんとついていきますよ?
蓮見はよく知っている場所を歩くかのように、迷いなく歩いていく。
ここに来たことあるのかな?
蓮見に訊ねれば初めて来た場所だという。
え、じゃあなんでそんなに自信満々で歩けるの?
私なら迷子になるんじゃないかと不安になるのに。
そう言ってみると、蓮見はすました顔で言う。
「君とは違うから」
……どういう意味でしょうか。
私、迷子になることは滅多にないんだけどな?
そんなこんなで蓮見に連れられてやってきたのは、海だった。
ごつごつした岩がたくさんある岩場で、足元が滑りやすい。
私は慎重に歩く。最近、自分がドジであることをようやく認めようと思い始めたのだ。
思い始めただけで認めてはない。うん、まだ受け止める覚悟はできてない。
なんて考えてたら転びそうになって、蓮見に助けられました。
そろそろ覚悟を決める時が来たようだ。アハハ。
転びそうで怖いので、私は蓮見の手をしっかり握ることにした。
背に腹は代えられない。
蓮見の手をしっかり握ると蓮見がびくりと体を揺らす。
そんなに驚かなくてもいいじゃないか。
転んでびしょ濡れになりたくないんだよ。ちょっと我慢してくれ。
一生懸命歩いて、辿り着いたのは洞窟だった。
洞窟内の空気はひんやりとしていて心地よい。
避暑にちょうどいい。ここまで来るのに大変だけどな!
なんでも絶景は洞窟を抜けた先にあるらしい。
薄暗い洞窟を私たちは進んでいく。
なんとなく、蓮見の体が強張っている気がする。
恐いのかな?
って、そういえば手を繋ぎっぱなしだ!
私はさりげなく、手をほどこうとするが、蓮見が思いっきり握っているのでほどけない。
そんなに怖いのかなあ。ホラー苦手だもんなぁ。
しょうがない、このままでいよう。私は手をほどくのを諦めることにした。
洞窟を抜けた先には、一面が花で覆われていた。
黄色と赤とピンクと白と紫とオレンジの色とりどりの花。
なんの花だろう?
私がしゃがみこんで花を眺めていると、蓮見も同じように花を観察し出す。
「ガザニア……か」
「この花、ガザニアっていうんですか?」
「そう。別名、勲章菊だったかな……」
「勲章菊……」
私は黄色いガザニアを手に取る。
黄色いガザニアはまるでヒマワリみたいだ。
「花言葉は『あなたを誇りに思う』」
「素敵な花言葉ですね」
「ああ。そうだね」
あなたを誇りに思う、か。あげるなら弟にあげたい花だ。
だって、弟は私にとって誇りに思える存在だから。
「……そろそろ行こう。早く帰らないと遅くなる」
「ええ」
私は立ち上がる。
その時にガザニアを摘んだ。
これを押し花にしよう。そして、今日の思い出にしよう。
素敵な景色を、いつでも思い出せるように。




