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あっという間に時間は過ぎ、もう1日目が終わろうとしている。
美咲様の別荘にお邪魔する期間は二泊三日の予定だ。
今日は海でたくさん遊んだし、きちんとお肌のお手入れをしなくては!
女子は、夜にやらなくてはならないことが多いのだ。
私たちはボディーケアをしつつ、ガールズトークを楽しむ。
「美咲のそのクリーム、すごくいい匂い」
「ふふ。お気に入りなの」
美咲様が使っていたボディークリームのパッケージに見覚えがある。
これって、蓮見と買い物をしに行ったときに、蓮見が買ったやつじゃないだろうか。
私が見たのはハンドクリームだったけど、蓮見はセットの物を買っていた気がする。
ハンドクリームのパッケージと似ているから、きっとセットの中に入っていたものなのだろう。
ちゃんと美咲様に使ってもらえてよかったね、蓮見。
私がにやにやと美咲様たちを見ていると、菜緒が不審そうな顔をした。
素知らぬ顔をして私は化粧水を顔につける。
あぁ、ひんやりしていて気持ちいいわぁ。
「それにしても、残念だったわね、菜緒?」
「なにが?」
「相模様よ。今日、来られなくて残念だったわね」
「……別に、いいの。朝斐さんと一緒にいるとこ見られるの、恥ずかしいし……」
「まあ」
「菜緒かわいい」
私と美咲様はにやにやして菜緒を見る。
菜緒は少し顔を赤くして、違う方を見た。
照れちゃって、かわいいんだから!
いつもは私の姉みたいにしっかりした菜緒だけど、朝斐さんの前ではちゃんと年頃の女の子をしているのだ。
いいなあ。私も、いつか菜緒みたくなれるのかな?
ちょっと想像つかないけれど。
「それにしても、東條くんって、王子様みたいだね」
菜緒は話題をそらすように言った。
ああ、そういえば、菜緒は王子と今日が初対面だっけ。
「なんか、すごくキラキラしてる気がする。オーラ、みたいな?」
「ああ、なんとなくわかる気がするわ」
私がしみじみ頷くと、美咲様は首をかしげた。
「そうかしら……?」
「そうそう。東條くんが王子なら、美咲はお姫様だね?」
菜緒がくすくすと笑って言う。私もつられて笑った。
美咲様が恥ずかしそうにはにかむ。
美咲様が可愛すぎる。にこにこじゃなくてデレデレしてしまう。
「昴が王子様なら、奏祐はなにになるのかしら?」
「うーん……蓮見くんは、宰相って感じ?」
「うん、そんな感じね。でも、魔法使い、とかも似合いそう」
「確かに」
「じゃあ、悠斗君は騎士かしら?」
「ああ、そうかも。凛花を守る騎士って感じだよね、悠斗は」
菜緒が納得したように頷く。
私を守る騎士が弟か……悪くない。
でも、私はできれば弟を守れるものになりたい。
たとえば、盾とか。剣でもいいな。
私が真剣にそういうと、菜緒も美咲様も微妙な顔をした。
え?なんで?だめ?
2日目も快晴だった。
今日はボートに乗って釣りをすることになった。
私の心の中を読んだかのように弟が「釣れたらオレがとるから」と言ってくれた。
弟には私の考えていることがお見通しなようだ。
さすが姉弟。伊達に十数年一緒に暮らしてない。
頼りがいのある弟がいて、私は幸せだ。
……うん。頼りない姉でごめん……。
紫外線対策をばっちりして、私たちは美咲様の家で所有しているボートに乗り込む。
海岸から3キロほど離れた場所に停まり、釣り糸を垂らす。
魚、釣れるかな~。
ちょっとどきどきだ。
……30分経っても私の釣竿に反応はない。
おかしいな……私以外のみんな逃がしたりはしているけど、反応はあるのに。
まあ、まだ30分だしね。釣りは忍耐だって、誰かが言ってた気がする。
辛抱強く当たりがあるまで粘ろう。
……さらに30分が経過したが、いまだに私の竿に反応はない。
あれ?みんな続々釣れているのになぜ私だけ釣れないの?
もしかして、引いてるのに私が気づいてないだけとか?
それとも場所が悪い?ちょっと弟に代わってもらおう。
弟と共に私は釣竿の反応を伺う。
しかし、ピクリとも反応がしない。
あれぇ?なんで?やっぱり場所が悪いのかな?
そう思って私がちょっと弟から離れると、竿に反応がきた。
私が慌てて弟のもとに戻ると同時に逃げられてしまったようだ。
なぜだ。
「……姉さん……もしかして魚にきらわ」
「言わないでぇ!傷つくから、言わないで!」
なんとなくそんな気はしてましたけど!
他人の口から、しかも身内の口から言われるとつらいから!
うわーん。私がなにしたって言うんだ。
私だって魚釣りたいよぉ。
私がしょんぼりと、船を移動していると、美咲様がぼんやりと座っていた。
らしくない姿に私は心配になって、声を掛ける。
よく見ると、心なしか顔色も悪い気がする。具合が悪いのだろうか。
「美咲様?大丈夫ですか?」
「あ……え、えぇ。平気よ。心配しないで」
美咲様が弱々しく微笑む。
全然大丈夫じゃなさそうなんですけれど。
「でも、顔色がよくありませんわ。中で休まれた方がいいのでは……」
「そうね……お言葉に甘えてそうさせてもらうわ」
美咲様が申し訳なさそうな顔をして立ち上がる。
私も美咲様に付き添おうと立ち上がり、目の前を歩く美咲様を見ると、美咲様の体が大きく傾き、倒れそうになっていた。
ちょうどそこには手すりもなにもなく、美咲様の体が宙に浮く。
危ない。そう思って私が手を伸ばしたが、間に合わなかった。
美咲様が海に落ちていく様子が、私にはスローモーションで見えた。
「美咲様!!」
バシャンっと水飛沫があがる。
私は急いで美咲様の落ちたところを見る。美咲様が上がってくる様子はない。
どうしよう。どうしたら。
私がパニックに陥っていると、私の声を聞きつけて王子たちがやってきた。
「姉さん!どうしたの!?」
「悠斗……美咲さんが…!美咲様が、落ちたの……!」
「美咲が!?」
王子が顔色を変えた。
そして服を着たまま、美咲様が落ちた場所に飛び込む。
「昴!?」
蓮見が切羽詰まった声をあげる。
私たちの間に緊迫した空気が漂う。
どうして。どうしてこんなことに。
あぁ、どうか。
美咲様と王子が無事でありますように。
私はただ、祈ることしかできなかった。
次は昴さん視点のお話です。




