56
ここは、校門です。
もう一度言います。ここは、校門なのです。
更にもう一言加えるなら、放課後の校門です。
つまり、なにが言いたいかって言うと、目立つから違うところに移動しようよ、と言いたいわけです。
下校中の生徒の皆さんが興味深げに見てますよ。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼女は微笑んだ顔を保ったまま、私に言う。
「神楽木凛花さん、でしたよね?」
「ええ。そうですが、私に何かご用でしょうか?」
録に会話したこともない人を校門で待ち伏せてまで話したいことって、なんだろう。
私、お約束なアレしか思い付かないんだけど。
「改めまして、私は橘姫樺と申します。奏祐様の、婚約者です」
奏祐様の、という部分にやけに力を込めて彼女は言った。
うん。それは、わかったから、その婚約者さんが私に何のご用でしょうか。
「私、来年からこちらに通う予定なんですの。だけど、その前に貴女に釘をさしに来ました」
「釘を……?」
なんかやっぱり、お約束な雰囲気だな。
ここは空気読んでわからないフリをしておこう。
なんとなくだけど、その方がいい気がする。
「奏祐様に、近づかないでください。ちょっと奏祐様に良くされているからと、いい気にならないで!」
「いい気になんて、なってませんわ」
むしろ困ってるんですが。
「私、知ってますのよ。貴女、去年の文化祭で奏祐様と一緒に乗馬をされたんでしょう?乗馬くらい、私も奏祐様と一緒にしたことがありますわ」
「はあ、そうなんですの……」
「奏祐様がいるから生徒会に入ったのでしょう?」
「はい?」
「わかってるんですのよ。貴女、奏祐様が好きなんでしょう?」
「は?」
「でも、私、貴女なんかに負けませんわ!奏祐様は渡しません!」
あのぉ、なにか勘違いをされているのではなくって?
私、蓮見様が好きなわけではなくってよ。
ねぇ、聞いてます?
私がそう言っているのに、彼女は聞く耳を持たず、私を思いっきり睨み付けて去って行った。
人の話を、聞け!
ああもう、なんでこんなに人の話を聞いてくれない人たちばかりなの。
私は変な疲れを感じつつ、帰宅をした。
私は制服から着替えたあと、そのままベットにどさりと後ろから倒れこんだ。
疲れた。最後のアレのせいで。
私は黒い巻き毛の彼女の姿を脳裏に思い浮かべた。
橘さんって、年下だったんだ。
今日の橘さんの服装は、桜丘学園の中等部の制服だった。
高等部とデザイン自体はそんなに変わりないのだが、中等部の制服はワンピースタイプなのだ。
因みに男子生徒の制服は白い詰め襟だ。密かに弟に着てもらいたかった衣装だ。
来年から通う、と言っていたということは、今は中3。
あぁ、来年から面倒くさくなりそうだな……。
誤解が解ければいいのだが、話を聞いてくれそうにもないので、誤解を解くのは諦めよう。
少なくとも今年は関わることは少ないはず。
そう信じよう。
取り敢えず、つばき屋のプリンでも食べてリフレッシュしよう!
期間限定のプリンがやっと手に入ったのだ。
私はそう思ってプリンを出してもらうように使用人さんに頼む。
すると、使用人さんは申し訳なさそうな顔をして言った。
「申し訳ありません。先ほど、悠斗様がお召し上がりになったので、もうプリンは残っておりません」
な、なんだって……?
プリン楽しみにしてたのに……!
悠斗のばかぁ!!
私はその日、弟に爪が割れる呪いをかけた。
「姉さん、おはよう」
「おはよう、悠斗」
私が支度をすませて朝食を食べていると、弟がやって来た。
弟は浮かない顔をして席に着く。
「どうしたの?元気がないようだけれど……」
「実は、昨日、突然爪が割れたんだ……」
「まあ」
「1つだけならあることだけど、全部の爪が割れて……ちょっと不吉だよね」
「そうね……そういうことって、あるのね」
私はなに食わぬ顔で味噌汁をすする。
出汁が美味しいなぁ。やっぱり朝は白いご飯と味噌汁に限るわぁ。
お祓いに行って来ようかなぁ、とぼやく弟に、私はきっとたまたまよ、と言う。
お祓いは、厄年の時に行けばいいのだ。
ああ、今日はいい日になりそう。
そう思っていたのに、私は朝、階段を登る時に躓いて派手に転んだ。
周りの人たちが心配して声を掛けてくれる。
私は笑顔でありがとう、大丈夫、と言う裏で、心の中を転がり回る。
恥ずかしい!階段で転ぶとか!
スカートの中は見られなかったようだが、それでも人がたくさんいる中で転ぶとか、恥ずかしすぎる。
仮にスカートの中を誰かに見られていたら、きっと私は学校にしばらく来れなくなっただろう。
今日は、クマさん柄なのだ。なにがかは察してほしい。
遠くで弟が呆れた顔をしているのを発見し、私は居たたまれなくなった。
人を呪わば穴二つ。
故人の言っていたことは、やはり正しかった。




