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 遠足の翌日、私は学校が休みなのをいいことに、部屋に引き籠もった。

 弟がとても心配そうな顔をしていたが、私は大丈夫だからと、弟を遠ざけた。

 とにかく今は1人で考えたい。1人にさせて欲しかった。


 遠足の時の事を思い出すと、胸がきゅぅっとする。

 私は、蓮見に告白されたのだ。あの蓮見に。

 告白されて、正直、戸惑った。

 だって、蓮見は私にとってはただの友達で、恋愛対象じゃなかったのだ。私は蓮見が好きなのは、美咲様だと思い込んでいたのだ。


 なんで私なのだろう?

 私、蓮見の前では変な行動ばかり取っていたのに。

 好かれる要素なんてなかったはずだ。

 なのに、どうして?

 ちがう。そんなことを考えても無駄だ。私は蓮見ではないのだから、なぜ好きになったのかなんてわかるはずがない。


 ただ、私は蓮見に告白されて、戸惑いの方が強かったけれど、でも、嬉しいとも、感じたのだ。

 だって蓮見は、私の表面だけを見て好きになったわけではないと思うから。


 だからと言って私が蓮見に恋愛感情を抱いているかと言えば、それは違う。

 私の蓮見に対しての好意は恋愛のそれではないと思う。

 そもそも、私は蓮見を異性としてあまり意識していなかったと思う。

 まあ、確かにときめいたりもしたが、それはアイドルを見ているような、好きなキャラクターの行動に胸がときめいているような感覚で、蓮見を異性だと意識はしていなかった。



 ―――ちゃんと俺を見て。漫画の登場人物じゃなくて、目の前にいる俺を見て。



 そう言った蓮見の言葉が脳裏に過る。

 この台詞を聞いたとき、私は心臓を撃ち抜かれたような痛みを感じた。


 蓮見は、私の気持ちを、見抜いていた。


 私は頭のどこかで、蓮見のことを“漫画(セカコイ)の登場人物”として見ていた。

 蓮見だけじゃない。他の人たちも、そうだ。

 私は漫画(セカコイ)でこうだったからと、漫画(セカコイ)に出てきた人たちを、よく知ろうと、見ようとしなかった。

 知ってるから、わかっているからと、今私の周りにいる人達をちゃんと知ろうとしなかった。


 私は、私の周りにいる人達を、“現実”にいる人として、見ていなかったのだ。


 私、なんて最低なんだろう。

 友達だと言いながら、ちゃんとその友達を見ていなかっただなんて。


「私、本当にバカだ……」


 声に出すと、その重みに胸がずんとする。

 逃げるのをやめる、なんて言っておきながら、私は無意識に逃げていたのだ。

 ここは現実の世界じゃない、漫画の世界なんだと。


 認めないといけない。

 ここは“現実”なのだと。

 漫画と違うことだって、たくさんあるのだ。

 私は1つずつ、私の周りにいる人達を思い出す。


 王子とはまだそんなに親しいわけではないからよくわからないけど、漫画みたいにただキラキラしている人じゃないことはわかった。


 美咲様は、漫画では凛としていて、カッコいいイメージが強かったけど、以外とお茶目で、とても可愛らしい面もある。私は漫画の美咲様より、美咲様が好きだ。


 飛鳥は、漫画では生真面目で堅物なイメージで、まあ、実際そうだったんだけど、ちゃんと融通もきく、しっかりした人だった。あまり漫画とのブレは感じないが、彼が和菓子作りが得意だというのは、漫画では描かれていなかった。


 朝斐さんは、漫画ではすごく頼れるお兄さんだったのに、現実は彼女とののろけ話ばかりするガッカリさんだ。殴りたくなるレベルでうざい。漫画では彼女はいなかった。


 弟は、漫画ではただの姉思いの弟だった。今でもそうだけど、なんだか最近の弟は、黒くなってきた気がする。ここが漫画と違うところだろうか。


 蓮見は、漫画では美咲様を影から応援する、優しい人だった。その優しさ故に、凛花(ヒロイン)に冷たく当たってしまうこともあったけど、ちゃんと凛花(ヒロイン)のことも気遣ってくれる人だった。


 実際は、皮肉屋で、照れ屋で、普段は優しさなんてなにも感じないけど、大事な時は気遣ってくれる人だ。

 ホラーが苦手で、お菓子作りが上手。


 どの人も、漫画では描かれてなかったことを、私はたくさん知っている。

 私は、ちゃんと現実として、受け止められる。

 私は、みんな大好きだ。面倒くさいと感じることもあるけれど、それでも私はみんな好きだ。



 ―――俺は、君のことが好きなんだ。



 ふいに、蓮見の言葉が再生される。

 今更だけど、顔が熱くなった。


 ちょっと待って。

 冷静に考えて、今の私って、凛花(ヒロイン)の状況と似てないか?


 凛花は、王子に迫られて、飛鳥に告白されて、王子と飛鳥の間をフラフラして、どっちつかずな行動を卒業間際まで続けた。

 凛花は王子に迫られつつも、王子から直接好きだと言われてないから、王子が自分の事を好きだと確信できなくて、すれ違って、そのたびに飛鳥に優しくされて、心を揺さぶられるのだ。

 ―――私、東條様と飛鳥くん、どっちが好きなの?

 なんて自問しちゃう女の子なのだ。


 今の私の状況と、似てないか?

 いや、私は別に王子のことなんてなんとも思ってないし、蓮見はただの友達だ。菓子友だ。

 でも、心境はともかく、状況は似てる。



 なんてことだ。

 私は知らず知らずのうちに、凛花(ヒロイン)と同じ道を歩んでしまっていたのだ。

 私って、鈍感なのだろうか。これがヒロインの宿命か。

 いや、でも今思い返せば、蓮見が私を好意を抱いているような行動はあった気がする。

 ただ、私はその時、蓮見は美咲様が好きだと思い込んでいたから、少し違和感を感じつつも気のせいだと思っていたのだ。


 なんてことだ。


 私は大嫌いな凛花(ヒロイン)と同じじゃないか!



「まじかぁ!!!」



 私は思わず思い切り叫んだ。

 すると弟が隣の部屋からどたばたと駆けつけた。


「姉さんどうしたの!?」


 勢いよくドアを開けた弟を、私は真っ青な顔をして見つめる。


「悠斗……私、鈍感なの……」

「は?あ、うん……そうだね」


 私に駆け寄った弟が、戸惑った顔で頷く。

 私は弟が頷いたのを見て、やっぱりそうだったんだ、とショックを受けた。


「あのね……私、鈍感をやめるわ」

「はぁ?」

「鈍感をやめて、察しの良い女になるの……!」

「………無理だろ」


 私は弟が呟いた一言を聞き逃したことに気付かず、拳を握りしめて言った。


「私、がんばるわ。悠斗、応援してね……!」

「……うん。がんばれ。オレはもうなにも言わない……」


 心配して損したとがっくり肩を落とす弟に気付かず、私は決意を固める。

 まずは蓮見にきちんと私の気持ちを伝えるのだ。

 気まずくなるかもしれない。でも凛花(ヒロイン)みたいにどっちつかずな態度をとるよりはいいはずだ。




 私はさっそく月曜日に行動を起こした。

 生徒会活動のあと、蓮見と2人きりで話す機会を作ってもらった。

 放課後の誰もいない生徒会室で、私と蓮見は向かい合った。


「話ってなに」

「遠足の時の話です。私、きちんと蓮見様に私の気持ちを伝えたくて」

「返事は要らないって、言ったよね?」

「私が、したいんです。お願いします、聞いてください」


 私は真剣な顔で、蓮見の目をまっすぐ見て、言った。

 蓮見はただ、私の顔を見つめて、諦めたように頷く。


「私、蓮見様のこと、友達として好きですわ。でも恋愛対象として見たことはありませんの」

「……知っている。だから、諦めてほしいって?」


 私は静かに頷く。

 すると、蓮見の目に昏い火が灯った。


「俺は諦めない。言ったでしょ、逃げるのはやめるって」


 私はいつの間にか壁際に追い込まれていた。

 ダンっと、蓮見の手が壁に当たる。

 2度目の壁ドンだ。

 でも、どうしてだろう。今はなぜか、胸が苦しい。


「俺は、君を振り向かせるって決めたんだ。例え君に好きな人ができても、諦める気はない」

「……どうしてそこまで私を……?」

「……俺も、君みたいな変な子に惹かれるなんて、思ってなかったよ。でも、気づいたら惹かれてた」


 変な子って言ったよ。それって好きな人に言う台詞か?


「このまま、君を奪ってしまいたいくらいには、好きだよ」


 蓮見は私の耳元て囁く。

 ぞわりとして、私は顔が赤くなるのを感じた。


 知らない。こんな蓮見、私は知らない。

 私が知っている蓮見はいつも無表情で、皮肉ばかり言っていて……。


「俺の本気、伝わった?」


 蓮見が私の顔を覗きこむ。

 私はそんな蓮見の顔を直視できなくて、視線をそらして頷くだけで精一杯だった。



 どうやら、私の周りにいる人たちは、まだまだ私の知らない一面があるようだ。

 とにかく、私は今日、蓮見に負けたのだと思った。


 だってほら。

 蓮見が勝ち誇った笑みを浮かべているから。




蓮見さんのターンでした。

次は昴さんのターン。

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