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私たちは観覧車の前に来た。
これにも乗ることになったが、この観覧車の定員は大人2人まで。
私たちはじゃんけんでペアを決めた結果、私は王子と一緒に乗ることになった。
……正直嫌な予感がする。
私は乗る前にチラリと美咲様を見た。美咲様の表情は複雑そうだったが、私を見ると微笑んでくれた。
美咲様のためにも、王子には早々に私を諦めてもらわねばならない。
決着をつけてやる。
私はそんな決意を胸に観覧車に乗り込む。
私が思うに、王子が私に惚れてしまったのは、漫画の補正だと思う。
だって、あんなに美人な幼馴染みがいるのに、私に一目惚れなんてするはずがない。
私は楽しそうに景色を眺める王子をじっと見る。
そんな私の視線に気づいたのか、王子は私に顔を向けて微笑む。
「どうかした、神楽木さん?」
「いえ、なんでもありません」
「あ、もしかして、高い所が苦手だった?」
「いいえ。高い所は平気です」
「じゃあ、なんで僕の顔を見てたの?」
なんでもない、と言おうとして、私の脳裏に漫画のイベントシーンがふと浮かぶ。
そうだ。最近色々ありすぎて、自分のことに精一杯で漫画のイベントのことをころりと忘れていた。
漫画と状況が少々違うが、漫画に凛花と王子が一緒に観覧車に乗る、というイベントがあった。
前世で私は正直このイベントに興味がなく、さらりとしか読んでなかったのが災いしたようで、そんなイベントがあること自体を忘れていた。
えっと……このイベント、なにが起こるんだっけ?
そうだ、確か……。
思い出したと同時にガタンと音がして観覧車が止まった。
そう、漫画でも途中で観覧車が止まった。
私は絶望的な気持ちになった。
あんなに1年間頑張って避けても、王子に出会ってしまったとたん、漫画のイベントが起こる。
私は、漫画の力には、勝てないのだろうか。
「故障……?」
王子は訝しげに辺りを見渡す。
他の乗客も戸惑っているようだ。
こんなところも、漫画通りだ。
「大丈夫。きっとすぐ動くよ」
私が不安な顔をしていると勘違いした王子が励ますように言った。
「……ええ。そうですね……」
「……神楽木さん?なんでそんな顔してるの?泣きそうだよ?」
泣きそう?私が?
そうかもしれない。だって、漫画通りに進んでいくから。
何も答えず黙り込む私に王子は苦笑した。
「……神楽木さんって、変わってるよね」
「そうですか……?あまり自覚はないのですけれど」
「君は、僕を避けてるよね?どうして?」
「私、東條様を避けてなんかいませんわ」
「嘘だね」
「嘘なんかじゃありません」
本当は避けてたけど、本人に避けてたなんて言えない。
仮に言えたとしてもどうしてと聞かれたら答えられない。なら最初から避けてないと言った方がいい。
「見た目によらず、強情だね。ふふ、面白い」
私はちっとも面白くない。
「そういうの、嫌いじゃないよ。ねえ、神楽木さん」
気付いたら王子が近い。
いつの間にこんなに近寄っていたのだろう。
ここはゴンドラの中だ。私に逃げ場はない。
「東條様……」
「僕、わりと本気みたいだ。本気で君に惹かれてる」
「東條様には、美咲さんがいるでしょう?」
「……美咲を幸せにすることは、僕にはできない」
「なぜですか?」
「美咲はね、水無瀬家の跡取りだ。僕と美咲の母親が仲良くて、結婚をさせたがっているけど、僕は水無瀬家の婿にはなれないし、東條家と水無瀬家を纏める自信が、僕にはない。そんな僕が美咲を幸せにできるとは思えない」
いつもは明るく笑う王子が、今は暗い笑みを浮かべている。
知らなかった。王子には、王子なりの葛藤があって、それで悩んでいたなんて。
これはきっと、蓮見にも打ち明けられない悩みなのだろう。親友だから、ライバルだからこそ、言いたくない悩み。
王子が悩んでいるのは、わかった。でも。
「だから、どうしたと言うんですか?なぜ東條様が美咲さんの幸せを決めるんですか?美咲さんが幸せに思うかどうかなんて、美咲さんが決めることです。あなたが決めることではありませんわ」
「…………耳に痛いね」
王子は苦笑した。
「東條様が私に寄せる想いは、ただの逃げです。逃げる前に、美咲さんとちゃんと話をしてください。2人で、ちゃんと答えを出してください」
私はキッと王子を睨み付けるように見た。
美咲様は、王子が好きなのだ。
王子が美咲様の好意に気付いているのかは知らないが、幸せにできないからと勝手に諦められてるなんて、美咲様が可哀想だ。
王子は戸惑ったように私を見る。
そんなこと考えたこともなかった、という顔だ。
私は安心させるように微笑んだ。
「……大丈夫です。美咲さんは強い方ですわ。ちゃんと受け止めてくれます」
私は美咲様の器のデカさは世界一だと思ってる。
一人で悩まないで、ちゃんと美咲さんに相談すれば、2人が納得できる答えが出せるはずだ。
「……うん、そうだね」
王子は柔らかい笑みを浮かべて、頷く。
その顔はなんだか赤い。
暑いのかな?でも冷房効いてるし……。
「ちゃんと美咲に話してみるよ。僕の気持ちを」
「はい、頑張ってください」
王子は清々しい笑顔を浮かべた。
その時、ガタン、と観覧車が動き出した。
「やっと動き出しましたわね」
「そうだね」
私はほっと息を吐く。
漫画ではここで凛花と王子がキスをするシーンが入っていたのだ。
確かそのタイミングは観覧車が再び動き出す前。
つまり、今回はキスを回避できたわけだ。
私、漫画の力に勝った!?やったね!今まで頑張った甲斐があったよ!
ちょっと前まで絶望的な気分だったのもころりと忘れた私は心の中で万歳をする。
私が喜んでいる傍らで、なんだか王子の顔は冴えない。
ちょっと戸惑っているような顔をしている。
「……なんか、奏祐が惚れた理由がわかったかも……」
外の景色を眺めてポツリと呟いた王子の一言は、すぐ後ろのゴンドラに乗ってる美咲様に手を振ることに夢中になった私の耳には届かず、どこかに消えていった。




