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今年もやって参りました、遠足の時期です。
今年は去年よりグレードアップを……したのかはよくわからないが、今年の遠足の場所は水族館だ。
水族館の他にも小さい遊園地やスポーツ施設が入っているところで、みんな今からそわそわしている。
今年は班行動などはなく、目的地に着いたら自由行動でいいそうなので、お友達とどこを見ようかと盛り上がっている時に、私にお呼びだしがかかる。
なんだよ、私は遠足の話で忙しいのに。
私を呼び出したのは、王子だった。
……うん、ずいぶん積極的だね、王子。ハハッ。
私は内心で乾いた笑みを浮かべた。
王子と対面を果たしてから、王子になにかと話しかけられることが増えた。
それに比例して蓮見と一緒に行動することが多くなった。
なんだか最近、私は背中が痛い。周囲の視線が私の背中を突き抜くのだ。
「神楽木さん、今度の遠足、一緒に回らない?」
予想通りの言葉だったが、なんて返事をするかまでは考えていなかった。
いや、普通に断ればいいのだろうが、諦めてくれるかなあ。
「畏れ多いですわ。東條様のファンに嫉妬をされてしまいそうです」
遠回しに断ってみたが、どうだろう。
そうだね、それじゃあ……と諦めてくれ。
「別にずっとじゃなくていいんだ。15分か30分くらいでいいんだよ。だめ、かな?」
ね、粘る。
うーん、断りづらいな……。
いや、ここは、キッパリ断らないと!
「だめよ」
私が断ろうとした時、凛とした声が響く。
びっくりした。私の心の声が漏れたのかと思った。
「美咲……」
「え?」
「ごきげんよう、凛花さん、昴」
私が振り向くと、にこやかに微笑む美咲様がいた。
え?美咲様?
美咲様に王子と2人きりで話しているとこ見られちゃった!?
「お話の途中でごめんなさいね。でも、昴だめよ。抜け駆けはよくないわ」
「美咲は、神楽木さんと知り合いだったの?」
「知り合いではなくて、友達よ。ねぇ、凛花さん?」
「は、はい!」
「ふふ。そういうことなの。わかったかしら、昴?」
「あ、ああ……でも、抜け駆けって?」
「あなた、凛花さんと遠足を回ろうとしていたでしょう?私だって、凛花さんと一緒に回りたいのよ。昴だけずるいわ」
「そういうこと……」
王子は苦笑した。
王子と話をしている美咲様は可憐だなあ。
可愛いなあ。こんな近くで観察できて幸せだ。
私が夢うつつに話を聞いていると、美咲様は私と王子に笑顔を向けた。
その笑顔にドキッとしたのは内緒だ。
「だから、みんなで一緒に回りましょう?もちろん、奏祐も呼んで。ね、良いでしょう、凛花さん?」
「……ええ……もちろんです……」
私は深く考えずに頷いた。
頷いてからハッとする。
今、美咲様、みんなで一緒に回るって言った?
え?私、この豪華メンバーに混じっちゃっていいの?
でも今さら断りづらいし……。
「うふふ。遠足が楽しみね、凛花さん」
にこにこと笑う美咲様を見たら、断る気なんてしなくなった。
私も美咲様につられてにこにことして頷く。
王子と蓮見はどうでもいいけど、堂々と美咲様といられるのは嬉しいな。
にこにこ笑い合っている私たちを見て、王子は困ったような表情を浮かべていた。
やってきました、遠足の日です。
私は今、バスに乗っています。
景色を楽しみつつ、目的地である水族館に思いを馳せています。
しかし、ここで疑問がひとつ。
「なぜ、蓮見様が隣に座っているのですか」
「なにか問題でも?」
「問題しかないと思いますが……誰か私と席を……」
私は周りをぐるりと見回すが、みんなから一斉に目をそらされた。
どうやら私は孤立無援の状態に陥ったらしい。
いつの間に。
「……嫌なの?」
「嫌というか……周りの目が恐いというか……」
「誰も見てないだろ」
「……そうでしょうか?」
さっきから視線を感じるのは私の被害妄想なのでしょうか。
まあ、いいや。席変わってもらえなそうだし。
私は頭を切り替えて、目的地に着いたあとのことを考える。
「蓮見様、先にどこを回りましょうか?」
「別に俺はどこでもいいけど、スポーツ施設を先に行った方がいいんじゃない?」
「スポーツ……ですか。あの、蓮見様。誠に残念なことに、私、スポーツは苦手なんですの」
「ふぅん。それで?」
「だからスポーツ施設以外をゆっくり回りたいなあ、なんて思うのですが」
「……美咲と昴が納得してくれるなら、俺は構わないよ。たぶん、昴はスポーツ施設に行きたいって言うと思うけど」
「……そうですか」
うん、諦めよう。私は3人が仲良くスポーツしてるのを観察してよう。そうしよう。
私はどうにも王子の押しに弱いのだ。
私は嫌なときは、きちんと嫌だと言えるタイプだ。
なのに、どうしてか、王子にだけはノーと言いづらい。なんでだろう。
私の携帯がピロリンと音を鳴らす。
携帯を開くと、美咲様からメールが届いていた。
『入り口で待ち合わせね。
奏祐と一緒に待ってて』
私は『わかりました』と返事をし、蓮見にもメールの内容を伝えておく。
私は返信し終わったあと、王子に遠足を一緒に回ろうと誘われた日のことを思い出した。
あのあと、私は美咲様にお茶に誘われた。
美咲様とお茶をするときは、いつも話が弾むのに、その日は違った。
気まずい沈黙が私たちを包む。
なにか話さなきゃ、と私は焦るが、頭が上手く回らず、なにも思いつかない。
そして、唐突に美咲様がぽつりと話し出した。
『凛花さん、昴と会ってしまったのね……』
『はい……申し訳ありません』
『なぜ謝るの?会ってしまったのは、偶然なのでしょう?』
『そうなのですが……』
私はなんて言えばいいのかわからず、唇を噛む。
言えない。王子が私に恋をしてしまったから謝っただなんて、美咲様には言えない。
『なんとなくだけれど……こうなるってわかっていたの。昴が、凛花さんに惹かれるって』
『美咲さん……』
『だって凛花さんは、奏祐と私のお気に入りなのよ。昴が気に入らないわけがないって、わかってたの。凛花さんに会えば、昴は凛花さんに惹かれてしまうって……』
『…………』
私は下を向く。
なんて、なんて美咲様に言えばいいの。
ごめんなさい?
違う。それは私の言うべきことじゃない。
『……私、負けないわ』
美咲様の力強い声に私は顔を上げた。
美咲様はまっすぐ私を見つめていた。
『私は、諦めない。だって、昴が好きなんだもの。諦められないわ。まだ、昴の片思いなんですもの。私が諦める必要はないでしょう?見ていて、凛花さん。絶対、昴を振り向かせてみせるわ』
美咲様はそう言って不敵に微笑む。
とても、格好いい。
絶対、私に対して複雑な気持ちを抱えているはずなのに、それをおくびにも出さない。
そんな美咲様の姿に私は憧れた。
『美咲さん……。はい、見ています。美咲さんの頑張りを』
『ありがとう。……ねえ、凛花さん。もし……もし、凛花さんが昴を好きになってしまったら……その時は隠さないで私に言って?すぐにはできないかもしれないけれど、私、絶対祝福するわ。おめでとうって、言うわ。私ね、凛花さんのことが大好きなの。だから、凛花さんが幸せなら、おめでとうって言いたいの……』
美咲様の目がにじむ。
私は美咲様の言葉に、私の目もにじんだ。
……嬉しい。そんな風に思ってくれていたなんて。
辛いのは美咲様なのに、私に気を遣ってくれている。
美咲様の優しさが、嬉しくて切ない。
『美咲さん……わかりました。私、好きな人ができたら、一番に美咲さんに伝えますわ。その相手が誰であっても』
『ええ』
『美咲さん、私も美咲さんが大好きですわ。だから、美咲さんの想いが叶ったときは、盛大にお祝いをさせてください』
『……ふふ。ありがとう』
私たちは目に涙を浮かべながら笑い合った。
美咲様は、強い。私も美咲様みたいに強くなりたい。




