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 私がケーキを食べ終わった頃、蓮見がやって来た。

 珍しく慌てた様子で、少し息も乱している。

 いつもはきっちり着ている制服を着崩した蓮見はいつもと違って色っぽい。

 ボタンの外したYシャツから覗く鎖骨に目がいってしまう私は変態なのだろうか。私は別に鎖骨フェチじゃないはずなのだが。


「ごめん、遅くなって」

「いいえ。考えを纏める良い時間になりました」


 私はなるべく鎖骨を見ないようにして言う。

 蓮見は私の目の前に座ると、店主さんが持ってきてくれたお冷やを飲んだ。

 あっという間にお冷やがなくなった。そんなに急いで来たんだろうか。急がなくてもよかったのに。


「何を考えてたの?」

「東條様のことです」

「昴、か……考えは纏まった?」

「ええ。私、逃げるのをやめますわ」


 私は蓮見の目をしっかりと見て、キッパリと言った。

 この決意は固いのだとわかってもらうために。


「私は恋というものから、逃げていたのです。私が東條様に恋をしてしまったら、私は漫画の登場人物(ヒロイン)になってしまうのではないかと思って、私が私ではなくなるような気がして恐かったのです。でも、恐いからといって逃げてても何も解決しません。だから、逃げるのをやめます」

「……ああ、そう言えば……君、漫画のヒロインなんだっけ……」


 蓮見は一瞬私から目をそらし、ぼそりと言った。

 聞こえてますから!!

 忘れてたんかい!私、結構勇気を振り絞って言ったことだったのに!!

 いや、それはどうでもいい。よくはないが、とりあえず置いておこう。


「もう昴を避けるのをやめるってこと?」


 蓮見が気を取り直して、私の目を見る。

 私も蓮見の目を見て、頷く。

 蓮見は私と目が合うと戸惑ったように瞳を揺らし、目をそらした。


「……そう。もう決めたんだね」

「はい」

「君は、強いな」


 蓮見は目をそらしたまま、ぽつりと呟いた。


「強い、ですか?」

「ああ。君は強いよ。俺は、いつも逃げてばかりだ」

「蓮見様……」

「美咲の時もそう。結局2人のためって言いながら、2人から逃げてただけだった。その方が楽だったから」

「違います。いえ、そうなのかもしれません。でも、蓮見様は逃げてたわけではありません。辛くても2人をずっと見守ってらしたでしょう?それのどこが楽なのですか?」

「……君はそう思うかもしれない。でも俺は逃げてるんだ。今も、ね」


 今も、と言う時に蓮見と一瞬だけ目が合い、どきりと心臓が跳び跳ねた。

 なに、これ。私は落ち着こうと思い、すっかり冷めてしまった紅茶を口に含む。


「美咲様から、ですか?」


 私は少し考えたあと、蓮見に聞く。

 いや、それしか考えつかないし。


「いや。美咲はもういいんだ。今は心から美咲を応援してる」

「え?……じゃあ、今は誰から逃げているのですか?」

「……わかんない?」


 上目遣いで蓮見が私を見る。

 前も思ったけど、蓮見の上目遣いってすごく色っぽい。なんだか、どきどきしてくる。

 やっと変な胸の高鳴りが収まったのに。


「わかりません」

「本当に?」


 蓮見と視線が絡み合う。

 心臓の音がうるさい。なんで私、こんなにどきどきしているの?


 私の胸の高鳴りがピークに達しようとしたとき、蓮見がふいに目をそらした。

 それが少し残念だと思ってしまった自分に戸惑う。

 私、本当にどうしちゃったのだろう。

 なんか、変だ。


「いずれ、話すよ」


 蓮見がぽつりと呟いた一言を私は聞き逃しそうになる。

 危ない。しっかりしなくちゃ。


「話してくださる時まで、お待ちしますね」


 私は動揺を抑えて、なんとか微笑んだ。




 翌日、登校するときに偶然、蓮見と会った。

 登校の時に会うことはいつもないのに、珍しいこともあるものだ。

 私はきちんと挨拶をする。挨拶は大事だからね!


「おはようございます、蓮見様」

「おはよう」


 私たちが和やかに挨拶を交わしている時にそいつは爽やかに登場した。


「おはよう、神楽木さん。……と、奏祐」

「……おはよう、昴」


 私は反射的に隠れようとして、蓮見と目が合う。

 そして小声で蓮見に言われた。


「逃げるのをやめるんじゃなかったの?」

「いえそのこれは……1年間で鍛え上げられた条件反射といいますか……」

「二人でなに話してるの?僕も混ぜてほしいな」


 私がもにょもにょ言い訳をしていると、王子が間に入ってきて、びくっと私の肩があげる。


「いっいえ、なんでもありません。お、おはようございます、東條様」

「おはよう。僕に言えないこと?まさか、僕の悪口とか……」

「そんなまさか……東條様の悪口なんて言えませんわ」

「そう?」

「ええ、当たり前です」


 私は真顔で頷く。

 王子の悪口なんて言ったら王子のファンたちに闇討ちされちゃうよ……私はまだ生きていたいのだ。



「ハハッ。神楽木さんって面白いね」

「はあ……そうでしょうか?」

「うん。奏祐が気に入るわけだよ」


 王子はそう言って挑戦的な目を蓮見に向けた。

 なぜそこで蓮見の名前が出るんだろう。

 もしかして、王子は蓮見が私のことを好きだと勘違いしてるのだろうか。

 誤解を解かなくては!と私が話し出そうとすると、王子が話し出した。


「奏祐とは勝ち負けを交互に繰り返してるけど……今回だけは絶対に負けないから」

「……望むところだ。俺も負けない」


 王子と蓮見の間で火花が散る。

 あ、やばい。これ私、口挟めないや。

 というか、王子に誤解されているけど、蓮見はいいのだろうか?



「姉さん、どうしたの、この状況」


 私の後ろからひょっこりと弟が顔を出す。

 弟を見て少し安堵した私は、困ったように笑う。


「それが、よくわからないの。東條様が突然負けないと蓮見様に言い出して……」

「ああ……なるほどね……状況は理解したよ。……これは、ちゃんと釘をささないとね……」


 ふふ、と弟が王子と蓮見の2人を見て微笑む。

 えっと……私の見間違えでしょうか?

 弟の微笑みがとても黒く感じたのは。



 私は今、心から思う。

 誰か、この状況なんとかして。




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