40 ヒーロー
東條視点です
僕の親友である蓮見奏祐はなんでもできる奴だ。
奏祐に出会う5歳まで、僕はなんでもそつなくこなすことができ、周りから天才だと言われて有頂天になっていた。
そんな僕の前に現れた、もう一人の天才。
何をやるにも実力は拮抗していて、僕としては正直面白くない。
奏祐は冷めた目付きで僕を見る。
周りからライバルだともてはやされても、奏祐の目に映る僕は、周りにいる人を見るのと変わらない。
僕はそれが悔しくて、奏祐と張り合うようになった。
一生懸命頑張って奏祐に勝っても、奏祐の見る目は変わらない。
どうしたら、変えられる?
そんなことを考えて奏祐と張り合っているうちに、奏祐の僕を見る目が変わってきた。
「俺と張り合って疲れないの?」
ある日、奏祐が僕にそう言ってきた。
疲れるなんて思ったこともなかった僕はパチリとまばたきをした。
「なんで?奏祐と張り合うの、楽しいよ?」
同じくらいの実力をもつ奏祐と張り合うのは楽しかった。
奏祐は僕を見て驚いた顔をして、俯く。
「変な奴……」
俯いた奏祐の耳が赤い。どうやら奏祐は照れているようだ。
奏祐のその様子に僕はにんまりとする。
これで僕は周りの人間と同じじゃなくなった。
僕は奏祐に認められたのだ。
それから僕と奏祐が互いに親友と呼べるようになるのに時間は掛からなかった。
僕の許嫁である美咲と3人で一緒に遊ぶことが多くなった。僕たちはどこに行くにも3人一緒だった。
さすがに小学部の高学年になると美咲と3人で遊ぶことはなくなったが、それでも僕たちの関係は変わらないと思っていた。
最初に違和感を感じたのは中学に上がってから。
なんとなく奏祐との壁を感じるようになった。
態度は変わらない。でもなにか壁を感じる。
その壁を特に感じるのが、美咲と一緒にいるときだと僕は気付いた。
美咲を見る奏祐の目。それが今までとは違うことに気付いた。奏祐は、美咲に惹かれている。
そして美咲は、僕に惚れている。
そのことに気づいても、僕はどうすることもできなかった。いや違う。何もしなかった。
今の3人の心地よい関係を壊したくなかったのだ。
だから僕は、2人の気持ちに気づかぬフリをして、2人に接した。
僕は卑怯だ。卑怯な人間だ。でも、僕が動く気にはなれなかった。
高校に上がり、しばらく経ってから、奏祐が変わった。
少し前までの奏祐は何をしてもどうでもよさそうで、適当な女の子の誘いに乗ったりして、正直見ていられなかった。その原因が僕にあるのだとしても。
そんな奏祐が、高等部に上がり、変わったのだ。
表情がいきいきとして、毎日楽しそうだ。美咲への想いも吹っ切れたのか、今ではすっかり壁を感じなくなった。
とても良いことだ。何が奏祐を変えたのかはわからないが、奏祐を変えてくれたきっかけに感謝したい。
最近、美咲と奏祐が僕に内緒でアレコレ話している姿が目につくようになった。
話に入れて貰おうとしても、なんでもないと言って話に入れてくれない。
仲間はずれにされた気分だ。ちょっと拗ねてもいいだろうか。
そう2人に言うと、困った顔をされたので、拗ねるのはやめておく。
でも、やっぱり少し寂しい。
文化祭のあと、奏祐が女の子と一緒に乗馬をしていた、という噂を聞いた。
その女の子がとんでもなく可愛い子らしい。僕は顔は見たことはないが、名前はよく知っている。
神楽木凛花。学年でも1、2を争う才女で、僕の可愛がっている後輩、悠斗君の姉だ。
悠斗君はシスコンで、よく姉の自慢話をする。
そんな悠斗君の姉と奏祐は知り合いだったのか?
奏祐に問い詰めたがはぐらかされてしまった。
でもどうやら奏祐は悠斗君の姉に惚れているみたいだ。親友として、その恋を応援しようではないか。
僕はさっそく奏祐のおじさんに、今度のクリスマスパーティーに彼女を誘ったらどうかと提案してみた。
ノリノリで話に乗ってくれたおじさんは、早速、神楽木さんの父に頼んだそうだ。二つ返事で了承してくれたらしい。
僕もそのパーティーに出席するので、そのパーティーで彼女に会えるのが楽しみだ。どんな子だろうか。
パーティーの当日、僕はそれっぽい人物を探したが、結局見つからなかった。
あとで聞いた話によると、彼女は奏祐にどこかに連れて行かれたあと、帰ったらしい。
奏祐、なにをしたんだ。
奏祐にそのことを問い詰めると、奏祐は珍しく目を泳がせて、彼女に怪我をさせてしまった、と言った。
お見舞いに行ったのか、と聞くと奏祐ははっとしたように僕を見た。
行ってないのか。僕はお見舞いに行くようにと奏祐に釘をさしといた。
2年になった。
奏祐はクラス替えで彼女と一緒のクラスになった。
僕はなにかと理由をつけて奏祐のクラスを訪ねるが、彼女らしき姿を一回も見たことがない。
どうしてだろうか。
まさか、避けられている?
いや、会ったこともない人に避けられる理由はない。きっとたまたまなのだろう。
僕はそう思い込むことにした。
2年になって1ヶ月が過ぎた。
昼休み、僕は奏祐に用事があって、奏祐を探しに中庭にやって来た。
奏祐が中庭の一角で昼寝をしていることは知っている。今日は天気も良いし、きっと昼寝をしているのだろう。
僕は奏祐が昼寝をしていそうな場所をしらみ潰しに探す。
そしてやっと奏祐の姿を見つけ、声を掛けようとした。
奏祐は1人ではなかった。女の子と一緒にいるようだ。
確かにこの場所なら逢瀬にピッタリだろう。
仕方ない、用事はあとにしようと思い、僕は奏祐たちに背を向けようとした。
そのときに奏祐の顔が視界の隅に写り、僕は足を止めた。
奏祐が、見たこともない、優しい顔で微笑んでいたのだ。
奏祐と12年間一緒にいる僕でも見たことのない表情。
奏祐にそんな顔をさせた彼女の顔が見たくて、僕はこっそり彼女の顔が見える位置に移動した。
彼女はとても可愛いらしい顔をしていた。
柔らかそうな、肩甲骨くらいまで伸びた緩やかな巻き毛。形の整った細い眉毛に、くるんとカールした長い睫毛。大きな瞳はきらきらと輝いていて、小ぶりな唇はふっくらとしたピンク色。
まさに美少女といった容姿をした彼女の姿を見た僕は、雷に打たれたような衝撃が全身に走った。
気付いたら僕は奏祐たちに近づいていた。
僕の姿を発見した奏祐が、僕を凝視する。
僕は余裕の笑みを浮かべ、奏祐に声をかける。
「やぁ、奏祐。こんなところでなにしているの?彼女は、誰?」
「昴……」
奏祐は呆然としたように僕の姿を名を呼ぶ。
彼女がその声に反応して僕の方を振り向く。
目を大きく見開き、僕を凝視した。
僕は彼女の瞳に僕が写っていることに優越感を感じ、そして直感した。
彼女は僕の運命だ。
僕を見つめる奏祐を見て、僕は不敵に笑う。
ごめん、奏祐。君を応援したかったけど、どうやらできそうにない。
僕は彼女に視線を戻すと、にっこりと笑う。
「ねぇ。君の名前を教えて?」
僕はその日、親友の好きな人に、恋をした。




