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あのあと、私は迎えに来てくれた弟と一緒に家に戻った。
時間も遅かったので、翌日、医師に診て貰ったところ、蓮見の推察通りに捻挫だった。
心配した父と弟に冬休みの間は大人しくしているように、と念を押されたので、私は宿題を終わらせることにした。
宿題を終わらせることに専念したせいで、3日もかからず終わらせてしまい、やることがなくなった。
困ったなぁ、と思っていたところで、冬休みに家に帰ってきていた菜緒からメールが届き、お見舞いに来てくれることになった。
その日は菜緒とずっと話をしていたお陰であっという間に時間が過ぎた。
菜緒に暇でしょうがないと愚痴ったからなのか、その日からお見舞いに1日交代で来てくれるようになった。
菜緒、美咲様、朝斐さんのローテーションだ。
朝斐さんから聞いたのか、飛鳥からもお見舞いの品が届いた。お茶菓子セットだ。
気を遣ってくれるのはありがたいが、みんな予定とか大丈夫なのだろうか。
そう訊ねるとみんな揃って大丈夫だと言う。
本当にいいのかな……。
大晦日の日、その日は誰もお見舞いにこなかった。
腫れもひき、歩けるようになった私は、部屋の片付けに勤しむ。
しかし、すぐに弟に見つかってしまい、お説教をされた私は渋々ベットに戻る。最近の弟はオカンのようだ。
暇だ。なにをしよう。お嬢様らしく詩集でも読む?
しかし残念ながら私は詩集を読むと10分も経たずに寝てしまうという呪いにかかっている。
どうしよう、と悩んでいると、使用人さんが笑顔で綺麗な花束を持ってやって来た。
「お嬢様、お見舞いの花束とお菓子が届きました」
「まあ、どなたから?」
「ふふ……お嬢様もすみにおけませんね。とても格好いい男性が持ってきて下さったようですよ。蓮見奏祐様というお方です」
「蓮見様が?まあ……」
「綺麗な花束ですね、お嬢様?」
「ええ、そうね。今度お会いした時にお礼を言わないと……」
私は使用人さんが持ってきてくれた花束を見て微笑む。花束の中にポピーを見つけた。
ポピーの花言葉は『休息』だ。早く良くなれという、蓮見なりのメッセージなのだろう。
蓮見らしい。心がほっかりとした。
年が変わって冬休みも終わり、今日から3学期だ。
足も完治し、私は意気揚々と学校に向かう。
私が怪我をしたと聞いたらしいお友達に心配されたが、もう平気だと言うと、良かった、とみんな喜んでくれた。
生徒会メンバーの皆さんにも同じように心配してくれた。
大した怪我じゃないのに心配してもらえて、私は幸せ者だと噛み締める。
蓮見と飛鳥にお見舞いの品のお礼を言うと、治って良かったと2人して言ってくれた。
君たちは私の良い菓子友だ!
3学期が始まったと思っていたらもう3学期が終わろうとしている。
1月から3月にかけて時間が経つのが早いと言うが、それはどうやら本当らしい。
気付いたら卒業式だ。私は3年の先輩方とあまり接点がなくてあまり実感がわかない。
しかし生徒会のメンバーであるので、卒業式の準備に忙しかった。コサージュを作ったり、花を用意したり。
卒業証書を受け取り、胸を張って卒業する先輩方は輝いて見えた。
私も2年後にはあんな風に卒業できるのだろうか。
卒業式が終わると今度は入学式の準備に追われる。
コサージュを作ったり花を用意したり。
弟も4月から桜丘学園に通う。聞いたところによると、首席で合格したらしい。さすが私の弟だ。
私は弟のために一生懸命コサージュを作る。
「君、コサージュ作り以外にも仕事しなよ……」
蓮見の呆れた声がしたような気がしたが、私はそれでも一生懸命にコサージュを作る。
決して、コサージュ作りはまってしまったとか、そんなことはないのだ。
とうとう入学式の日が訪れた。
私は弟よりも早く家を出て、入学式の最終チェックに取りかかる。
私は弟の制服姿を見ていない。入学式の時までお楽しみに取っておこうと思ったのだ。
弟の制服姿を想像し、頬が緩む。
「神楽木…… 不気味だぞ……?」
「放っておきなよ。きっと大好きな弟が入学してきて嬉しくてしょうがないだけだろうから」
全くもってその通りなのだが、なぜだろう。
言い当てられて悔しい気がする。
入学式が始まった。私は弟の制服姿に頬が緩むのを止められない。
背筋を真っ直ぐ伸ばし座っている弟が、とても立派に見える。弟の姿を見て感動していた私に、蓮見がボソリと呟く。
「居眠りしていた姉とは大違い……」
私は無言で蓮見の足を踏みつけた。
入学式が終わると、午後から始業式が始まる。
生徒が登校してくる前に入学式の片付けを終わらせなければならない。
生徒会メンバーと先生方で協力して片付ける。
片付けが終わったところで昼食をとり、始業式の段取りを確認する。
私たちが段取りの確認をしている間に生徒が続々と登校し、靴箱の前に貼られているクラスの発表を見る。
私たちも自分のクラスの確認をしに行く。
まあ、わかってるけどね……もしかしたら変わってるかもしれないし。
そんな一縷の望みを持って挑んだクラス分け発表だが、結果は惨敗。漫画通りだった。
「ほう……蓮見と神楽木は同じクラスか」
そう。2年では蓮見とクラスが一緒なのだ。
きっとこれまで以上に王子を避けるのが難しくなる。
蓮見と王子は仲が良い。学校でも一緒にいることが多い。そんな奴と一緒のクラスなのだ。避ける難易度が前年の比ではない。
青ざめる私を見て、蓮見は面白そうに笑って言った。
「ふぅん……今年1年は退屈しなさそうだね?」
楽しんでるな、コイツ。さっき足踏んだのを根に持ってるんだろうか。
私は蓮見と一緒のクラスになってから、常に緊張感を保って学園生活を送っている。
休み時間は特に気を付けねばならない。
奴がやって来るからだ。
「奏祐、英和辞典貸して欲しいんだけど」
ほら、やって来た。私は素早く机の下に隠れる。
一緒に話をしていたお友達は最初こそ驚いて「どうなさったの」と聞いてきたが私が「なんでもありませんのオホホホ」と誤魔化し続けていると何も言わずに苦笑するだけになった。
察しの良い子たちでなによりです。
そんな生活を続けて1ヶ月が経った。
だいぶ隠れるのにも慣れて、私は調子に乗っていた。
このまま行けば、今年中はなんとかなるかも、なんて思っていた。
私は蓮見に頼んだお菓子を受け取りに、待ち合わせ場所として定番になった中庭に向かった。
今日のお菓子はシュークリームだ。シューを作るのにさすがの蓮見も手間取ったらしいが、やっと上手くできたらしい。
私はルンルン気分で中庭に行き、蓮見からシュークリームを受けとる。
生徒会活動の時にみんなで食べるのが良いだろうと思ったが、その分は取っといてあると言うので遠慮なく食べることにした。
シューはサクッとしていて、クリームはバニラの香りがして、美味しい。
私は「美味しいです」と蓮見に伝えようと顔をあげた。
何故か蓮見は私の後ろを凝視していた。
嫌な予感が私の胸をかすめる。
私が恐る恐る後ろを振り向くと、そこにいたのは―――
「やぁ、奏祐。こんなところで何をしているの?彼女は、誰?」
「昴……」
王子こと、東絛昴、その人だった。
なんとか東絛さんが登場しました。あ、いや、ギャグじゃないですよ?
次は東絛さん視点の話です。




