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「クリスマスパーティー……ですか?」
私は戸惑った顔で両親を見つめた。
父は優しい顔立ちの美形で、さすがヒロインの父だと感心するくらいイケメンだ。
常に微笑みを浮かべている父は、その表情に反してやることは冷徹。うちの会社をここまで大きくすることができたのは父の手によるところが大きい。
そんな父だが、妻に弱く娘には甘いという欠点がある。弟に対しては跡取りという期待もあるのか、何かと厳しい。
今、父は普段の微笑みではなく、それはもうご機嫌が良さそうに笑顔を浮かべている。
「ああ。蓮見さんから直々に凛花も是非にと言われてね。嬉しくってつい了解してしまったよ」
「凛花、あなた、蓮見さんの息子さんと仲が良いのですってね?文化祭で一緒に乗馬をしたそうじゃない。なんで教えてくれなかったの?」
母は面白そうな顔をして私を見つめる。
私の母は、とんでもない美人だ。少しキツい印象を与えるが、それすらも母の魅力を引き立たせる要因になっている。抜群のスタイルに、切れ長の目。左目の下には泣きほくろがあって、色っぽい。大胆な服装を好む母は私の憧れの女性だ。とても高校生の娘と中学生の息子がいるようには見えない。
私はどちらかというと父似なので、母とはあまり似ていないのが悔しい。私は母みたいな美人になりたいのだ。
「あの……それは……」
「ふふ。わかってるわ。凛花もそういう年頃なのよね?」
いえ、違います。あなたたちに言うと面倒くさいことになるのが目に見えていたので言わなかっただけです。
なんて、母には絶対言えない。そんな恐ろしいことを言う勇気なんて私にはない。
「お父様、文化祭の話はどこでお聞きになったのですか?」
「蓮見さんから聞いたな。蓮見さんは知り合いが奏祐君がどこかのお嬢さんと乗馬をしていたと話してくれたと言っていたかな」
「……そうですか」
迂闊だった。
文化祭は生徒の関係者が集う、一種の社交の場なのだ。あんな目立つところで蓮見と一緒に乗馬をしていれば、大人たちの間で噂になってもおかしくはない。ただでさえ、蓮見には人目が集まりやすいのに。
そんな簡単なことにさえ今まで頭が回らなかった自分の迂闊さが憎い。
「いやあ、それにしても凛花と奏祐君が仲良しだったとは。奏祐君はイケメンだし優秀だし、凛花と並んでも遜色ない。凛花の婿にぴったりだ」
「あなた、気が早いわ」
「……そんな関係では、ありません」
両親がきょとんとした顔で私を見る。
私は両親の視線に耐えきれず、下を向く。
「私と蓮見様は、そんな関係ではないんです」
「凛花?」
「…………クリスマスパーティー、断れませんか」
「それは、難しいな。なにか断りたい理由でもあるのかい?」
「私はそういう場に慣れてませんし、ご迷惑をお掛けするんじゃないかと」
「凛花、あなたもそろそろパーティーに出て、そういう場に慣れないといけないわ。今度のパーティーもそう堅苦しいものではないし、あなたにとってちょうどいい機会になるのではないかしら」
「……そうですね。わかりました」
「明日にでもドレスを見に行きましょう。ふふ、どんなドレスがいいかしら」
「凛花は可愛いからなんでも似合うよ」
「そうね」
両親が楽しそうに会話をする影で、私はこっそり唇を噛んだ。
私、蓮見様にどんな顔して会えばいいの。
そんな私を弟が心配そうに覗きこむ。
「姉さん、大丈夫?」
「平気よ。悠斗はパーティー行けないのよね?」
「あ。うん。塾があるから……」
「そう、残念ね」
私はどこまで意地っ張りなんだろう。
家族にでさえ、満足に甘えられない。
私、そんなに意地っ張りじゃないはずなのに。
そしてとうとうクリスマスパーティーの日がやって来た。
気が進まないが、使用人さんたちの手によってどんどん支度が進んでいく。
長い時間をかけてようやく支度が終わり、私はそっと息を吐く。
今回の私の衣装は母がコーディネートしてくれた。
淡いピンクゴールドのふんわりとしたドレス。後ろに大きめのリボンがついていて可愛らしい。前のウエスト部分にはコサージュがついていて、可愛らしいお嬢さん、という感じだ。
ベアトップなので肩がスースーするが、ショールを羽織るので我慢しよう。
私より一足早く支度を終えた母が私の様子を見に来て、私の姿を見ると満足そうに目を細めた。
母は相変わらずセクシーだ。母の豊かな胸と私の貧相な胸を見比べて私はため息をつく。
いや、数年後には私もきっと……!私はまだ諦めない。
「さあ、行きましょう、凛花」
「……はい、お母様」
私は母に連れられて部屋を出る。玄関で私と母を待っていた父と、見送りに来てくれた弟が私を見る。
そんなに見つめないでくれない。恥ずかしいんですが。
「凛花はいつも可愛いが今日はまた一段と可愛いね!」
「すごく似合ってるよ、姉さん」
「ありがとう、お父様、悠斗」
私は微笑んでお礼を言う。
そんな私に弟は何か言いたそうな顔をする。
どうしたの、と聞こうとすると、もう行きましょうと母に急かされ、結局聞けずに家を出た。
私は気になって後ろを振り向くが、もうそこには弟の姿はなかった。
私はとうとうパーティー会場にたどり着いてしまった。
招待された身としては主催者である蓮見たちに挨拶しないわけにはいかないが、気まずい。
挨拶だけ乗り切ってあとは適当に時間を潰して気分が悪くなったとでも言って早めに帰ろう。うん、そうしよう。
私は覚悟を決めて、父たちの後に従った。




