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生徒会室にお菓子が出されるようになって少し時間が経った。
最近、飛鳥にじっと見つめられることが多い。
飛鳥に目を向けるとそらされる。なんなんだもう。
……あれ?漫画でこんなシーンがあったような……?
もしかして。もしかしてだけど。
そんな事を考えていた時、飛鳥が意を決したような顔をして私に近づく。
現在、生徒会室には私と飛鳥しかいない。他のメンバーはそれぞれの仕事で席を立っている。
「神楽木」
「なんでしょう?」
私は微笑みを浮かべながら飛鳥を見る。
が、内心では大変混乱していた。
うん、まさかとは思うけど。でもここ漫画の世界だし?うん、だから、そうなのかな。
でも飛鳥は私にとってただの頼れる生徒会メンバーでしかない。
だから、そういうのはちょっと……。
「君に、ずっと言いたかったことがある」
まじか。やっぱり、そうなの?
私の内心の混乱はピークに達しようとしていた。
しかし、表面上ではそんなことを微塵にも出さずに、不思議そうに首を傾げてみせる。
そう、私は女優。私は女優なのよ!にかわだけど!
「言いたかったこと?」
「ああ、実は、俺は君に……」
ああ、やめて、やめて飛鳥!
その先は言わないで!!
私はあなたのこと、ただの生徒会メンバーとしか思ってないの!
「君に……ずっとこれを食べて貰いたいと思っていたんだが、食べてくれるだろうか?」
…………はい?
「まあ、綺麗な和菓子……どうしたんですか?」
「実はこれ、俺が作ったんだ」
そう言って飛鳥は照れくさそうに笑う。
なんでも、飛鳥の実家は老舗の和菓子屋さんで、飛鳥はその跡取りなんだそうだ。
現在和菓子作りの修行中らしく、今日飛鳥が取り出したのは店の商品を飛鳥が一人で作ったものらしい。第三者の意見が聞きたい、とのことだ。
何故2人きりの時に?と尋ねると反対した手前、自分でお菓子を持ってくるのは恥ずかしかったそうだ。左様ですか。
「神楽木はいつも美味しそうにお菓子を食べているだろう?でもいつも持ってくるのは洋菓子ばかりだ。だから、神楽木に和菓子の魅力を知って貰いたくてだな……」
左様ですか。
なんかもう、1人で勘違いしてた私が恥ずかしいじゃないか。そこ、照れてるんじゃない。一番恥ずかしいのは告白されると勘違いした私だからな!
ああ、あつい。もう、勘違いさせるなよ……。
いやだってね、勘違いしちゃうでしょ?まさか和菓子食べて貰いたくて見られてたなんてこれぽっちも思いませんでしたよ!
「とにかく、食べてみてくれないか?無理にとは言わないが……」
「頂きます」
ええい!自棄だ!
私はパクリと菊の形をしたお茶菓子を食べる。
食べた瞬間、餡子の上品な甘さが口の中に広がる。餡子って食べたあと喉に残るような感覚がいつもするけど、飛鳥が作ったこのお茶菓子にはその感覚がしない。これなら何個でも食べれそう。
私、和菓子より洋菓子派だったけど、和菓子派になっちゃいそう。それくらい、美味しかった。
「どうだろうか……?」
「とても美味しいですわ。私が食べた和菓子の中で一番美味しいです」
「そうか……良かった。また作ってきてもいいか?」
「勿論ですわ!今度は、皆さんの分も作ってきてくださいね。きっと皆さん喜んで食べてくれますわ」
「……わかった。今度は人数分作ってくる」
「楽しみにしていますね」
私がにっこり微笑んで飛鳥を見たとき、蓮見が帰ってきた。
蓮見は私と飛鳥を一瞥すると、私と飛鳥の間にわって入ってきて、何故か飛鳥を冷たい目で見た。
「なにしてたの、2人っきりで」
「別になにもしてないが?神楽木と少し話していただけだ」
「ふぅん……なんの話?俺にも聞かせてよ」
「いや……それはその……」
飛鳥は自作の和菓子を私に食べて貰っていたとは言いづらいのか、飛鳥らしくもなく口ごもる。
私は見ていられなくなって、蓮見の腕を掴む。
「本当になんでもない、ただの雑談をしていただけなんです。蓮見様が何を気に入らないのかわかりませんが、飛鳥くんに変に突っかかるのは止めてください」
「………庇うんだ?」
「はい?」
「飛鳥を、庇うんだ?」
「蓮見様……?」
私を見る蓮見の目が、冷たい。今までこんな目で見られたことなんてなかった。
知らなかった。蓮見がこんな目で人を見ることができるなんて。
蓮見がまるで汚い物でも触るように私の手を振り払う。
そんな蓮見の行動に、私は自分でも驚くほど動揺した。
「蓮見様……あの」
「君の話は聞きたくない。悪いけど、今日はもう帰る」
「あ、ああ……お疲れ様」
蓮見は私を拒絶すると、自分の分の仕事をまとめて鞄に詰め、生徒会室を去る。
私はただ呆然と蓮見が去るのを眺めるしかなかった。
飛鳥が、申し訳なさそうな顔をして私に謝る。
「すまない。俺がはっきり言わないばかりに……蓮見に誤解されてしまったかもしれない」
「いいえ。飛鳥くんは、悪くないわ……」
私は声が震えそうになるのを必死に堪え、無理やり笑顔を作る。
「きっと、すぐに仲直りできる。蓮見様はわからず屋ではないもの……話せばきっと……」
「神楽木……」
飛鳥に言い聞かせるためではなく、自分に言い聞かせるために私は言った。
大丈夫。ちょっとすれ違っただけ。すぐに仲直りできる。
私は手足の震えが止まるように、そう何度も自分に言い聞かせて、自分の席に戻る。
「ほら、飛鳥くんもこれを終わらせないと帰れませんわよ?」
「あ、ああ。そうだな……」
私は気持ちを振り切るように目の前の作業に集中した。
しかし、それに反して足の震えは一向に収まらなかった。
すぐに仲直りできると思っていた。
しかし、蓮見と仲直りができないまま、2学期が終わり、冬休みに入ってしまった。
私、どうしたらいいのだろう。
美咲様にも飛鳥にも心配されたが、大丈夫だと意地を張った結果がこれだ。
これが漫画のヒロインだとか、笑える。
漫画の凛花だったら、周りに甘えてすぐに仲直りできただろう。
私は生まれて初めて、凛花を羨ましいと思った。




