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 蓮見の様子がおかしい。

 いつも無表情な蓮見だが、今日はいつもより表情が固い気がする。

 私の半歩前を歩く蓮見をチラチラ見ながら、私たちは無言で歩く。

 歩いていると、焼き菓子の甘い匂いが漂ってきた。

 そういえば家庭部で焼き菓子を売っていたな、と思い出した私は、そうだ、蓮見に焼き菓子を買ってあげようと思い付いた。

 甘い物を食べれば元気になる。少なくとも私はそうだ。

 別に蓮見を心配しているわけではないのだが、いつもの調子で返事が返ってこないとこっちの調子が狂うのだ。


 私は蓮見に断って焼き菓子を買いに走る。本当は見回りの最中に買い食いなんてよくないのだが、知らんぷりする。

 蓮見のもとに戻り、蓮見に焼き菓子を渡すと、蓮見の表情がようやく柔らかくなった。

 やっぱり、元気のない時には甘い物が一番だな、と私は結論づけた。



 それから蓮見はいつもの調子を取り戻し、私の話を容赦なく切り捨てていく。

 ああ、やっぱり蓮見はこうでなきゃ、と思ったところでその自分の考えにストップをかける。


 いや、待て。それって危ない考えだぞ私。マゾみたいじゃないか。私にそっちの属性はないはずだ。

 ない……はずだよね……?


 私が1人百面相をしていると、蓮見が呆れたように「その馬鹿みたいな顔やめれば?」と言ってきた。

 余計なお世話だ!


 私たちは馬術部の乗馬体験コーナーのところまで来た。

 ここで弟と王子が乗馬をしてたなあ、とぼんやりと馬を見つめる。

 私も弟が乗馬を習う時に一緒に習いたかったのだが、母に止められ泣く泣く諦めた過去がある。


「乗りたいの?」

「あ……いえ。私、乗馬は出来ません」

「乗馬できなくても、乗ってみたいんじゃないの?」

「ええ、まあ……馬で駆けたら気持ち良いだろうなとは思いますが」

「ふうん……じゃあ、乗ろうか」

「はい?あ、ちょっと蓮見様……?」


 私は蓮見に腕を引かれ、馬術部の部員のもとに連れてかれた。

 蓮見が部員になにか言うと、部員は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔になって、こちらへ、と案内し始めた。

 なにをする気だ、蓮見。いや、なんとなくわかるけれど。

 少し歩いた所で部員が「こちらで少しお待ちください」と言うと、駆け足でどこかに去っていく。


「蓮見様……まさか、乗馬を?」

「乗りたいんでしょ?」

「乗れるなら乗りたいですが……私、乗馬はできません」

「さっき聞いた」

「それに今は見回り中ですよ」

「そうだね。だから?」

「だから、乗馬体験なんてしてる場合じゃ……!」

「お待たせ致しました!こちらがお二人に(・・・・)乗っていただく子です」


 私が蓮見を諌めようとしたとき、さっきの部員が戻ってきた。なんてバットタイミング!

 ていうか、今なんて言った?

 お二人に(・・・・)って言わなかった?


「ふぅん……なかなか良い馬だね」

「そうでしょう。この子はうちの部の自慢の子なんです」


 部員が連れてきたのは真っ黒な馬だった。

 蓮見が馬の顔をを撫でると馬は嬉しそうにヒヒィンと鳴いた。

 蓮見と黒毛の馬。絵になる光景である。


「では、お二人ともこちらへ」


 部員に言われるがままに、私は部員に手助けされて馬に横乗りした。

 え、なんで私馬に乗ってるの?誰が乗るって言ったよ?ていうか私乗馬できないんですけど?

 蓮見は部員の手助けなく、なんなく馬に乗った。私の後ろに。

 なぜ後ろに乗った。危ないだろ。鞍無いよ、そこ。

 手綱引っ張ってくれるだけでいいんですが。

 2人も乗ったら重いでしょ?大丈夫、お馬さん?

 私が馬の首を撫でると、馬は大丈夫、僕に任せて、と言うように鳴いた。

 なんて男前。馬じゃなかったら惚れてた。


「……動くよ」


 手綱を握った蓮見が私の後ろで耳元に囁く。

 今更ながらに思う。蓮見が、近い。なんか最近蓮見が近い。物理的な意味で。

 私が蓮見との近さに動揺していると、しっかり掴まってと更に体を密着させられる。

 ぎゃあ、近い、近いって!


 ゆっくりと動き出すが、予想以上に馬の上は揺れた。

 ゆっくりだからまだ蓮見にしっかりと掴まっていなくても大丈夫だが、走り出したらしっかりと掴まらないと落馬しそうだ。私は運動能力が壊滅的なのだ。

 蓮見は私の様子を見ながら少しずつ馬のペースをあげていく。

 走ってほしいと思ったが、馬への負担がかかりすぎるとのことで、走らせるのは無理だと言われた。

 少し残念だが、仕方ない。乗馬ができただけでもいいことにしよう。例えそれが私の望んだことじゃなくても。


 乗馬体験が終わると、蓮見は誰の手も借りずにスラリと降りた。私にはそんな芸当はできないので誰かの手を借りようと辺りを見渡すと、蓮見が手を差し伸べてくれた。私はその手を無意識に取る。

 蓮見は優しく、まるでお姫様に接するように、私を抱き止めて下ろしてくれた。

 その時にふわりと香る蓮見の匂い。今まで意識したことは無かったが、私は蓮見の匂いが好きだ。

 ツンとして、だけど優しい香り。


「ありがとうございます、蓮見様」

「いや……どうだった?」

「楽しかったですわ。とても良い経験になりました」

「そう。なら良かった。見回り、再開しようか」

「はい」



 この時、私は気付くべきだった。ここが人目のある場所で、尚且つ今はあらゆる各所の著名人が集まる文化祭の真っ只中であることを。



 私が今日のことを後悔するのは、まだ先の話。






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