31 親友
前回に引き続き蓮見視点です
文化祭当日、文化祭は賑わっていた。
桜丘学園では完全チケット制で、チケットを持っていないと入場できないことになっている。
桜丘学園には大手企業の子息・令嬢が大勢通っているため、その関係者が多く押し寄せる。
辺りを見渡せば、見たことのある顔をちらほら見掛ける。たまに俺に挨拶をしてくる人もいる。俺は失礼のないように挨拶を返し、見回りを再開する。
「君も大変だな」
俺と一緒に見回りをしている飛鳥が言った。
なにが楽しくて男と2人きりで文化祭を見回らなきゃならないのだろうと思わなくもないが、仕事なので仕方がない。
「まあ……これくらい普通だろ」
「いや、普通ではないと思うが……」
「そう?」
「なんというか……さすが蓮見だな」
飛鳥はそう言って苦笑した。男の俺から見ても飛鳥は格好良いと思う。昴とは違った意味で、だ。
―――あいつも、こういう奴がタイプなんだろうか?
いやいや、そんなこと考えるだけ無駄だ。
でも確かあいつの好みって、顔が整っていてすらりとしているけどちゃんと筋肉がついている奴だったか。
飛鳥もそれに当てはまるんじゃないだろうか。
いやいや、だから、考えるな俺。
俺がそんな葛藤をしていると、飛鳥がふいに足を止め、どこか一点を見つめた。
「どうかした?」
「いや、あちらが騒がしいなと思ってな……」
「確かに。行ってみようか?」
「ああ、そうしよう」
俺と飛鳥は騒ぎのする方へ向かう。
なんとなく騒ぎの原因に心当たりがあるが、どうか外れるように俺は願う。
そして、騒ぎの中心にいたのは、予想通りの人物だった。
「きゃあああ!東條様素敵ぃいいぃい!!」
「ねえ、あそこにいる方はどなた?」
「あれは、神楽木家の悠斗様よ。ほら、1年に神楽木さんがいるでしょう?あの方の弟よ」
「まあ、そうなの。弟さん、素敵ねぇ……」
「東條様と悠斗様……とても絵になるお二人だわ……」
俺はため息をつきそうになるのを堪えた。
予想通り、騒ぎの原因は昴だった。昴だけじゃなく悠斗も騒ぎの発端になっているようだ。
昴と悠斗は馬術部の乗馬体験をしていた。昴は白馬に、悠斗は葦毛の馬に跨がっていた。確かにこれは絵になる。
しかしどうして2人で乗馬しているのだろう?悠斗、姉はどうした。
辺りを見渡せば、彼女が離れた場所で憤怒の表情を浮かべて睨んでいた。弟との時間を取られたのが悔しいのだろう。取り返したくても相手が昴では目の前に飛び出せないため、睨むことしかできないというところか。
「やぁ、奏祐じゃないか」
「蓮見さん、お久しぶりです」
俺に気付いた2人が馬に乗ったまま、俺に近づいてくる。
俺と飛鳥の存在に気付いた女子たちがまた騒ぐが、慣れている俺には気にならない。だが、飛鳥は違うようで、困ったようにしている。
「昴、悠斗。楽しんでるみたいだな」
「当たり前だろう。折角の文化祭なんだし、楽しまなきゃ損だろ?」
「まあ、そうだね」
「奏祐もどう?あ、飛鳥君も一緒か。乗馬、楽しいよ。2人とも一緒にやらないか?」
「悪いけど、俺たち見回り中だから、またあとでね」
「すまない、東條」
「あ、そっか。生徒会だっけ?大変だね」
昴が同情したように言った時、澄んだ声が昴の名を呼ぶ。
「昴!」
「ああ、美咲」
美咲が小走りで昴のところに近寄る。
昴は馬を降りた。
「ごめんなさい、待ったかしら……」
「いいや。ちょうど悠斗君が近くにいて、付き合ってくれたから、平気だよ」
「まあ、そうなの?昴に付き合ってくれて、ありがとう、悠斗くん」
「いえ。オレも良い気分転換になりました」
「じゃあ、馬を返してくるよ。ちょっと待ってて」
「ええ」
昴と悠斗が馬を返しに戻ると、美咲は俺たちを見てにっこり笑った。そして手に持っていたお菓子が入っていると思われる包みを俺たちに差し出す。
「2人とも、見回りお疲れ様。これ、さっき買ったの。良かったら食べてね?」
「ありがとう、助かるよ、美咲」
「ありがとう」
すぐに昴と悠斗が戻ってきて、昴と美咲は去っていき、悠斗も姉の所へ行くと言って去っていった。
チラリとさっき彼女がいた方を見れば、彼女はちゃんと美咲と昴を目で追っていたようで、俺と目が合うと小さく親指を立てた。
彼女は相変わらずだ。俺は頬を緩める。そんな彼女も可愛いく見えるのだから、恋は盲目とはよく言ったものだ。
って違う。俺はまだ完全に認めたわけではない。
「蓮見?俺たちも行くぞ?」
「あ、ああ」
俺は雑念を振り払うように飛鳥に続いた。
見回りをしている最中、然り気無く、前の見回りの様子を飛鳥に聞く。
普通に見回って終わったそうだ。それを聞いて安心する。
やがて飛鳥との見回りも終わり、俺たちは解散した。次は1時間後だ。それまで人気のないところで休んでいよう。
そう考えた俺は人気のない所を探し、ブラブラする。
途中でうるさい女たちに捕まりそうになったがなんとか逃げ切った。
中庭に出た俺は人気のないところを探す。この学園の中庭は広く、出店も出ているが使っているのは中庭の一部のみだ。
だから、きっと人目につかない場所があるはずだ。
俺は出店のあるエリアを抜け、人気のないところを探して歩く。
結局、いつも彼女と待ち合わせをする場所で休むことにした。
俺は木の影に座り目をつむる。このまま、少しの間だけ眠ろう。
「……みさま……蓮見様、起きてください、蓮見様!」
誰かに揺さぶられて俺は目を覚ます。
ゆっくりと瞼を開けば、困ったような顔をしている彼女の顔が近くにあった。
「………神楽木?」
「はい」
俺の意識が一気に覚醒した。
ちょっと、顔が近くないか?この間あんなことされたばっかりなのに、危機感なさすぎないか?それとも俺は信用されてるってことなんだろうか?
俺は感情が表に出にくい。それで不都合を招くこともあるが、この時ばかりは感情の出にくい自分の顔に感謝する。こんな混乱している心情が顔に出たら堪らない。
そんな俺の気持ちなんて知らずに、彼女はほっとしたように俺を見ていた。
「目が覚めまして?もう、見回りの時間ですわ。早く行きましょう」
「…………」
「蓮見様?どこか具合が悪いのですか?」
気持ちを落ち着かせるために黙り込んだ俺を心配した彼女が俺の額に触れる。
白く長い、きれいな手。俺はぼんやりとその手を見つめた。
「熱はないようですね……具合が悪いのなら、私1人で見回りをしますので、蓮見様は休んでいてください」
「あ、いや。大丈夫。別に体調は悪くない。少しぼんやりしていただけなんだ」
「そうですか?」
彼女は小さく首を傾げて、俺の額に当てていた手を離す。俺は無意識にその手を掴んだ。
「蓮見様?」
「あ……ごめん」
俺は慌てて手を離す。なにしてるんだろう、俺は。
「やっぱり、少しおかしいですわ。休んでいた方が……」
「大丈夫。行こう」
俺は心配した彼女の言葉をはね除けて立ち上がる。
彼女はまだ心配そうにしていたが、何も言わなかった。
そして俺たちは歩き出した。
「……………」
「……………」
見回りをしている間、俺たちは無言だった。
いつもはお喋りな彼女も今日は無口だ。
……気まずい。いつもどうやって彼女と話していたんだろう、俺は。
昨日、俺と彼女が一緒に見回りをすると彼女から聞いたらしい美咲に電話で「折角2人きりで文化祭を回れるのだから、良い雰囲気になったら告白をするように」と言われたが、とてもじゃないがそんなの無理だ。「ストレートにぶつからないと、鈍感な凛花さんには伝わらないわ」と言われても、無理なものは無理なのだ。
「蓮見様」
「なに」
内心の焦りを全く出さずに俺は振り返って彼女を見る。
「少し、ここで待っていてくれませんか」
「なんで?」
「ちょっと、行きたいところができたので……」
「……わかった。いいよ、行ってきなよ」
「ありがとうございます。すぐ戻ります」
彼女はそういうと制服のスカートをなびかせてどこかに走っていった。
そんなに急がなくてもいいのに。
俺はのんびり心を落ち着かせながら彼女を待つことにした。
彼女は10分くらいで戻ってきた。手になにかを抱えて。
「お待たせ致しました。さあ、見回りを再開しましょう」
「あ、ああ……その荷物はなんなの?」
「あ、これですか?これはマフィンとクッキーです。家庭部で販売している物なんですよ」
「ああ、そう……」
それを買いに行っていたのか。
彼女らしいと言えば彼女らしい行動だ。
「はい、これは蓮見様の分ですわ」
「は?なんで……」
「甘い物を食べると元気になれますから。今日の蓮見様はなんだか元気ないように見えたので……迷惑でした?」
「いや……貰うよ。ありがとう」
俺のために買いに行ってくれたのか。
その事実に俺の胸がポカポカと温かくなる。
彼女が買ってきてくれたマフィンを一口食べてみる。彼女が買ってきてくれたマフィンは、とても甘かった。
それからは彼女はよく喋った。
美咲と昴が文化祭を一緒に回るのを見れて幸せだとか、悠斗が格好よく乗馬してる姿に感動したとか。
あとは、あそこのクラスのあれが美味しかったとかあの催しは素敵だったとか。
イタズラな顔をして、一緒にお化け屋敷に行きませんかと言われた時は思わず頷きそうになったが、理性で断った。彼女に情けない姿は見せたくない。今更過ぎるかもしれないが。
彼女も俺が断ると思っていたのだろう。クスクス笑いながら「残念ですわ」と言った。そんな彼女が可愛い過ぎて俺は彼女の顔をまともに見れなかった。
これはもう、認めるしかない。
確かに俺は彼女に惹かれていると―――
こうして蓮見はヘタレへの一歩を踏み出したのであった~続く~
蓮見視点はこれまで。
次話から主人公視点に戻ります。




