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ティラミスが食べたい。
そう蓮見にメールをして数日後、蓮見は約束通りにティラミスを作ってきてくれた。
昼休みに中庭の人気のない、目立たない場所に待ち合わせをした。
「はい、これ」
「ありがとうございます、蓮見様」
蓮見に手渡された小さな箱を触れると冷たかった。冷蔵庫に今まで入れてあったみたいに。
その事を聞くと食堂の冷蔵庫を借りたと言う。どうやら食堂の人は蓮見に買収されているようだ。蓮見の手際のよさが怖い。
「じゃあ、俺はこれで」
「お待ちになって」
私はがしっと蓮見の腕を掴む。蓮見は嫌そうに私を見た。
「……なに?」
「私の話を聞いてください」
「なんで俺が君の話を聞かなくちゃならないの」
「お願いします。蓮見様くらいしか話せる人がいないんです」
「嫌だね。他をあたってよ」
取りつく島もなく蓮見は私を振り払う。それでも私はめげずにとっておきの物を取り出す。
「そうですか……せっかくつばき屋の最新作のプリンを手に入れましたのに……蓮見様に話を聞いてくださったらお礼にお渡ししようと思っていたけれど……聞いてくれないのならしょうがないわ……私が食べてしまいましょう」
つばき屋とは、私が大好きなプリンのお店の名前で、蓮見に教えてあげたお店でもある。
これでどうだ!私の話、聞くよね?
「待て」
立ち去ろうとした私を蓮見は予想通りに呼び止める。私はにやりとしそうなのを堪えて振り向く。
蓮見は大変苦悩を浮かべた様子だった。それでも彼はプリンをとるのだ。私の読み通り。
「……話を聞こう」
「ありがとうございます、蓮見様。お茶もありますの。如何です?」
「貰っておく」
私と蓮見は近くにあったベンチに座る。
そして私は持ってきていたプリンを渡す。家庭科室の冷蔵庫を借りて冷やしておいた。
「つばき屋の最新作、抹茶プリンですわ」
「抹茶プリンか……」
蓮見は抹茶プリンを受け取り、一口食べる。これも大変お気に召したようだ。顔がにやついているぞ。
「それで?こんな物を用意してまで聞いてほしいこととは?」
プリンを完食した蓮見にお茶を渡しつつ私は答える。
「実は私、生徒会に入ることになりましたの」
「へぇ」
意を決して言った私に蓮見はどうでもよさそうに相づちをうつ。
ちょっとは反応してくれ……。
「まぁ、そこまではいいのです。ただ、来期の生徒会長が私の従兄でして」
「来期の生徒会長……っていうと、あぁ、朝斐さんか」
「そうなんです。私、昔からあの方が苦手で……いや、まあそれもいいんです。とにかく私が生徒会に入ることになったのがキッカケだと思うのですが、朝斐さんに食事に誘われたのですわ」
「……2人きりで?」
「いえ、弟も一緒でした」
「ふーん……?」
なんだ、なんで少し不機嫌になったんだ?さっきまでプリン食べてご機嫌だったくせに。
蓮見の様子に首を傾げつつ、私は気にせず話の続きをした。
「その食事でとんでもないことが発覚したのです」
「とんでもないこと?」
「ええ。朝斐さんに……彼女が出来ていたのですわ」
「……それで?」
「私、もうショックで……その彼女というのが、菜緒だったんです」
「君の親友だっていう?」
「はい。私、そんな報告聞いてませんのに。私が知らなくて弟が知ってるって、おかしくありません?」
「まぁ、確かに……。それで君は、朝斐さんが大月さんと付き合ってることがショックだった、ってこと?」
「そうなんです……」
あれぇ?なんか段々蓮見の機嫌が悪くなってる。なんで?なにか気に障るようなこと言った?
「ふぅん……君、朝斐さんが好きなの?」
凄い低い声で蓮見は言った。
私は蓮見が低い声で言ったことよりもその内容に気をとられた。
「まさか!私はあの方が苦手なんです。弟を私から取り上げるので。あ、私が朝斐さんのこと好きだからショックを受けたと思いました?それならその懸念は杞憂です。あの人は私の好みから外れてますので」
「ふぅん。君の好みのタイプって?」
「そうですね……顔は整っている方がいいです。あと、すらりとしてるけど、ちゃんと筋肉がついている方が好きですわ」
「へえ」
はっ。なんか話の筋から外れてないか?
なに話を脱線させてるんだ、蓮見め!
「私の好みはともかく!親友が、恋人ができたのに報告してくれないってどう思います?」
「どうって……」
「蓮見様で言うなら東條様に恋人ができたのに報告してくれなかったら、悲しくありませんか?」
「……そうだな。寂しい気はする」
「そうですよね!?よかった。蓮見様なら私の気持ちわかってくれると思っていましたわ!」
「それは、どうも」
あれ。機嫌が直ってる?蓮見の機嫌が悪くなるスイッチがわからない。
「……正直、少し羨ましいですわ、菜緒が。朝斐さんはあれで頼りになる人ですし。菜緒に朝斐さんのことを問い詰めた時、照れくさそうにしながらも、菜緒、とても幸せそうでした」
「問い詰めたんだ……」
蓮見のツッコミは聞こえなかったことにする。私、なにも聞こえてません。本当デスヨ?
「幸せそうな菜緒を祝福する気持ちは本当ですけれど、少しだけ、妬んでしまったんです……私、親友として失格ですわ」
「……そんなことないんじゃないの。君は聖人ってわけでも賢者でもないんだし、誰かを妬むというのは人間として普通のことだと思う」
「そうでしょうか……」
「そうだよ。君の気持ちはわかるつもりだ。俺も少し前まで、昴を妬んでいたから」
「蓮見様……」
蓮見は手に持ったコップを見つめていた。
ゆらゆらと揺れるお茶に蓮見の顔が映っている。
「そのうち心から祝福できるよ。妬む理由がなくなればね」
「妬む理由……?」
「そう。君は、親友に恋人ができて、それが羨ましいんだろ?じゃあ、君も恋人を作ればいいんじゃない」
「は……?作ろうと思ってできるものじゃないでしょう?」
「……それじゃあ、俺となってみる?」
「はい?」
蓮見の方を見ると思いがけず近い距離に蓮見の整った顔があった。
ち、近い!近いよ!私、男の人の免疫ないんだって!こんな近い距離で男の人の顔を見たことあるの、父と弟と幼馴染みと朝斐さんくらいしかないし!後半2人に関しては子供の頃だけだし!
私の心臓がバクバクと音を立てる。
「あ、あの……蓮見様……?」
「俺と、恋人になってみようか?」
蓮見の顔が鼻に触れそうな距離まで近づく。私は動揺して固まっていた。
え、なにこの状況。漫画じゃこんな展開なかったのに……!
ああ、でもそうか。私が全力で王子を避け続けてるから、話自体が変わってきてる。漫画の物語から離れ始めてるのかもしれない。
固まっている私を見て、蓮見はクスッと笑った。
は?
「冗談だよ。本気にした?」
「~~~……っ!!蓮見様!!」
悔しくて私は顔を真っ赤にして蓮見を睨みつけた。
やっていいことと悪いことがあるってこいつは知っているんだろうか?ああ、もう、私に心労かけさせないでほしい。
そんな私を蓮見は一瞬困ったように見たが、すぐに意地の悪い笑顔を浮かべた。
「あぁ、そうそう。俺も生徒会入ることになってるから」
「なんですって……?」
「よろしくね」
そう言うと蓮見は立ち去った。
よろしくされたくないわ!!もう、なんなのあいつ!
私も立ち上がろうとしたが、足腰にまったく力が入らない。
え、なにこれ。まさか、腰抜けた!?
蓮見のせいだ。蓮見が、あんなことをするから……!
無性に甘い物が食べたくなった私は蓮見に貰ったティラミスを食べた。
ティラミスは、悔しいくらい美味しかった。




