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朝斐さんに連れてこられたのはイタリアンのお店だ。夕飯を奢ってくれるらしい。ラッキー!
私はメニューを見て、なにを食べようかな~と考える。さっきまでの拗ねていた私はどこか消えてしまったようだ。さようなら、過去の私。
しかし、ご飯でご機嫌が良くなるなんて、私はなんて現金なのだろう。自分に正直なのはいいことだと自分に言い聞かせておく。
「兄さん、話ってなんなの?」
「あぁ……実はな、もうすぐ誕生日なんだよ」
「何言ってるんですか。朝斐さんの誕生日は1月でしょう」
「いや、オレじゃなくて……菜緒の誕生日だよ」
「は?菜緒?」
なんで菜緒の誕生日をあんたが気にするんだ。
私が不審そうに見てると、弟と朝斐さんは顔を見合わせた。なんなの?
「なんだ?凛花は聞いてないのか?」
「なにを」
「マジか……あいつ、なんで言わねぇんだよ」
朝斐さんが頭を抱えだした。それを弟が同情した目で見つめる。
だから、いったい、なんなんだ!?
「姉さん、本当に菜緒姉から聞いてないの?」
「だから、なにを?」
「菜緒姉と朝斐さん、付き合ってるんだよ」
な、なんだと!?
「き、聞いてない!そんなこと聞いてない!菜緒何も言ってなかったし!」
なんでそんな重要なこと言ってくれないの。私たち親友じゃなかったのか?家に帰ったら電話で菜緒に問いつめなければ。
菜緒と朝斐さんが付き合っているというショッキングな知らせに私は動揺が隠せない。
「菜緒に手ぇ出すなんて100年早いわ!顔洗って出直せ!このクソ従兄!」
「ちょっ、姉さん落ち着いて」
「り、凛花……怖ぇよ……」
よくも私の菜緒に手を出したな!その趣味は認めるがあんたは認めん!
「ああもう……姉さんがご乱心しちゃったよ……早く料理来ないかな」
「す、すまん、悠斗……」
「うぅ……なんで言ってくれないの、菜緒ぉ……」
「な、泣くな凛花。きっとあいつ、恥ずかしかったんだよ」
「うるさい!」
「うわっ。やめろ、凛花!殴るな!」
「姉さん、ここ店の中だから……」
一通り暴れ終わって落ち着いた私は真顔で朝斐さんを見る。あー、暴れたらスッキリした。良いとこのお嬢様としてはどうかと思うことをしたけど気にしない。
私を必死に止めてた弟と朝斐さんはぐったりしている。
「オレもう帰りたい……」
「言うな、オレも同じだから」
「で、菜緒の誕生日がどうしたんですか、朝斐さん」
泣き言を言う弟と朝斐さんを無視し、私は素知らぬ顔で最初の話題に戻った。
朝斐さんは慌てたように姿勢を正すと、私たちに向き合った。
「そう、菜緒の誕生日にプレゼントを贈ろうと思うんだけどな……オレは今まで女にプレゼントを贈ったことがないから、なにをあげればいいのかサッパリわかんねぇんだ」
「私に毎年プレゼントくれるじゃないの……」
「凛花はオレの中じゃ、女じゃないからな」
ちょっと失礼じゃないの、それ。
「それに凛花の喜びそうな物はよく知ってるしなぁ。凛花には菓子をあげれば間違いない」
「……………」
その通り過ぎて反論できない。弟よ、笑うな。悲しくなってくるじゃないか。
「なぁ、菜緒に何をあげたらいいと思う?」
「菜緒姉に直接聞けば?」
「聞いたらアクセサリー以外ならなんでもいいって言われたんだよ……」
「なんでアクセサリー以外?」
「『重い』んだとよ……それにつけることもないからいらないって言われたんだ」
「……菜緒姉らしいね」
「だろ?」
菜緒は装飾品をゴテゴテするのを好まない。
装飾品は腕時計だけで十分、とよく言っている。
とは言ってもネックレスはたまにしている。
「姉さんも菜緒姉に誕生日プレゼント贈るんでしょ?なにあげるの?」
「私は可愛い文房具をあげるつもり。菜緒は実用できる物が好きだから。朝斐さんはマグカップとかでいいんじゃないですか?」
「マグカップか……それなら確かに使えるな」
朝斐さんは納得したように頷く。そんな朝斐さんに気分を良くした私は更に菜緒の情報をあげる。
「あとは菜緒は花も好きだから、花を一緒にあげると喜ぶと思うわ」
「花、なぁ……花言葉とか気にしないといけないんだろ?」
「当たり前です。きちんと自分で調べてくださいね」
「うーん……だよなぁ」
「……花と言えば」
弟がふと思い出したように呟いた。
「前に聞いたんだけど、蓮見さん、美咲さんの誕生日プレゼントは毎年花束を贈ってるんだって」
「まぁ、蓮見様が?」
「あの奏祐がなあ」
どうやら朝斐さんは蓮見さんと顔見知りらしい。
それはそうか。こんな言葉遣いをしているが、朝斐さんも御曹司なのだ。だからパーティーでよく一緒になるのかもしれない。
それよりも、蓮見は毎年美咲様に花束を贈ってるのか。意外とロマンチストだな。
「その理由が、花束はいずれ枯れて残らないから、なんだって……」
私たちは気まずい雰囲気に包まれる。
蓮見……つらい。理由が、とてもつらい。
「……え、えぇっと、小さいドライフラワーをあげたらどうでしょう?小さい物なら部屋に飾れるし………枯れないし」
「そ、そうだな。うん、マグカップとドライフラワーにするわ」
「それがいいと思うわ」
そこでタイミングよく料理が運ばれてきた。
蓮見のつらい話を聞かされたせいで、美味しいはずの料理の味がよくわからなかった。
その夜、私は早速菜緒に電話をした。
『だから、ごめんって。言おうと思ってたんだけどさ、凛花の従兄と付き合ってるって言い辛くて……』
「ふーん、そうなんだー」
『怒んないでよ……それに、恥ずかしかったし』
「私、菜緒が朝斐さんみたいなのがタイプだって知らなかった」
『……私も知らなかったわよ……』
「ふーん、ねぇ、菜緒?」
『なに?』
「あんな従兄だけど、よろしくね?なにかあったら私にすぐに言ってね?朝斐さんをぶん殴りに飛んでくから」
『……うん。ありがとう、凛花。その時はよろしく』
「……良かったね、彼氏ができて」
その彼氏があの従兄だというのが複雑だけど。
それでも彼氏が出来た親友のために、私は目一杯の気持ちを込めて祝福をしよう。
「おめでとう、菜緒」




