20 ライバル令嬢
私には最近新しいお友逹ができた。
彼女は少し、変わっている。
嫉妬したくなるくらい美人 なのに、言動が変わっているせいでその美人さが霞んでいる。実に残念だけれど、それが彼女の魅力だと私は理解している。
彼女は私をすごく慕ってくれている。同い年なのに、時折妹のように思えて、可愛い。
彼女は私の幼馴染みである奏祐と仲が良い。
最近壁ができているような気がしていた奏祐とも、彼女のお陰で昔みたいに話すことができるようになった。彼女には本当に感謝している。
しかし、最近奏祐と2人で話す時、必ず彼女の話になるのはどういうことだろうか。
いや、わかっている。奏祐は彼女に惹かれているのだろう。わかっている。ただ、ちょっと寂しいだけで。
この気持ちは大好きな兄を取られてしまう妹の気持ちに近いと思う。同い年だけれど奏祐はしっかりしていて、そんな彼を私は兄のように思っている。
私は奏祐の気持ちを応援したい。
奏祐にそんなことを言っても否定されるのはわかっているので、私はこっそり応援をすることに決めた。
まずは彼女とデートをする機会を作る。
私は昴と映画を観に行く約束をしたあと、彼女にメールをする。
まずは昴と映画を観に行く約束をしたことを報告して、そのあと、さりげなく、遠回しに、奏祐とデートをするように伝える。
彼女はこれがデートだとはこれっぽっちも考えないのだろうが、彼女はそれでいい。奏祐が意識させればいいだけだ。
私は2人のデートが上手くいきますように、と祈った。
結果として、2人はデートらしいデートはできなかったようだ。彼女の弟君がついてきたのだ。
なんでも彼女はその時、とても大胆な格好をしていたらしい。そんな姉を弟君は心配したみたいだ。
噂通りの姉想いな弟君に私は頬が緩む。
そんな弟君の心配を彼女はまったく理解していないようで、私は弟君に少し同情した。
私は奏祐にもその日のことを聞いてみた。
すると奏祐は思い出したくないと言う。
ホラー映画を観て気分を悪くしたのが相当堪えているようだ。
普段はあまり見れない奏祐の子供っぽい姿に私は思わず笑いがこぼれる。
笑っている私を奏祐は睨む。
「笑わないでよ」
「ふふ……ごめんなさい。でも、良いこともあったんじゃなくて?」
「良いこと?」
「凛花さんに膝枕して貰ったのでしょう?災い転じて福と成す、ね?」
「……なんのことかわからないな」
奏祐は素直に認めない。その様子がとても子供っぽく感じる。
いつもは兄のようなのに、彼女が絡んだ途端、奏祐は子供っぽくなるのだ。
本当に、彼女という存在は面白い。
奏祐は、器用なようで不器用だ。
なんでもそつなくこなすのに、感情面になると不器用になる。
優しすぎるから遠慮をしてしまう。自分の気持ちを二の次にしてしまう。
奏祐が私に好意を抱いていることは、なんとなくわかっていた。でも私はそれに気付かないふりをした。
それを奏祐が望んでいると思ったから。
いや、本当は、違う。私は奏祐から逃げたのだ。
今のこの関係を壊してしまうのが怖かった。だって、私は奏祐の気持ちに応えられないから。
私が好きなのは昴だから。
私は奏祐の優しさに甘えて、奏祐を傷つけた。
私はズルい女だ。
奏祐を傷つけているくせに、奏祐に避けられると寂しいと思ってしまう。自業自得のくせに。
だけど、そんな奏祐が彼女に出会って変わった。
最近の奏祐はとても楽しそうだ。特に、彼女と話しているときは。
この間、奏祐と彼女が話しているところを見かけた。
その時、滅多に見れない楽しそうな奏祐の姿が見れた。
私はそんな奏祐の姿に頬が緩む。よかった、と思う。
彼女は気づいているだろうか?奏祐が彼女の前で見せる表情が特別なことを。
きっと彼女のことだから気づいてないだろう。奏祐もきっと自分の気持ちに気づいていない。
そんな2人を見守ることが最近の私の楽しみだ。
ある日、奏祐が珍しく私に話があると言ってきた。
話ってなに、と聞くと奏祐は少し言いにくそうにしている。
いつも言いたいことはハッキリと言うのに、珍しい。
「お礼がしたいんだけど、なにがいいと思う?」
「なんのお礼?だれにお礼をしたいのかしら」
「だから……この前の、映画の時のお礼、だよ」
私はなんのお礼か大体見当はついていたけれど、ちょっと意地悪をしてみたくなって聞いてみると、奏祐は言いずらそうに言った。
予想通りの回答に私はにっこりと笑った。
気持ち的には「よくできました」と言ってあげたい。
「凛花さんにお礼をしたいのね?」
「……ああ。正確には、神楽木姉弟に、だけど」
「まぁ、そうなの」
「で、なにがいいと思う?」
「そうねぇ……なんでもいいのではないかしら」
「美咲……真剣に答えてよ」
真剣に答えたつもりなのだけど。
奏祐はそう思ってくれなかったようで、恐い顔で睨んできた。
「あら、失礼ね。私は真剣に答えているわ。心を込めたお礼なら、凛花さんならなんでも喜んでくれるはずよ」
「……なんか、気味悪がられそうな気がするんだけど」
「……それは、奏祐の日頃の行いのせいね。自業自得だわ」
「………美咲」
「あら、そんな怖い顔しないで、奏祐」
「もともとこういう顔なんだけど」
「ふふふ……」
「からかってるだろ……」
「わかっちゃった?」
「だてに美咲の幼馴染みを12年もやってない」
「そうね」
私が奏祐をからかう日が来るなんて。いつもは私がからかわれていたのに。
これも彼女のお陰か。本当に彼女はすごい。
「1つ良いことを教えてあげましょうか」
「なに?」
「凛花さんは、ケーキが大好きなのですって。美味しいケーキ屋さんに連れていってあげればとても喜ぶと思うわ」
「美味しいケーキ屋……なるほど、わかった」
奏祐もケーキが好きだ。
美味しいケーキ屋さんの情報はたくさん持っているだろう。
「ありがとう、美咲。助かった」
「どういたしまして」
ふふっと私は笑う。奏祐も優しく微笑む。
そして微笑んだまま、奏祐は言った。
「俺、美咲のことが好きだった」
「……知ってたわ」
私は奏祐の告白に微笑みを浮かべる。
奏祐は私の返事に一瞬目を見開いたが、そうか、と言ってまた微笑む。
「『だった』ということは、今は『違う』ってことよね?」
「まぁ……そうなる、かな」
「そう……ありがとう、奏祐。私を好きになってくれて」
「美咲……」
「これからも、私の幼馴染みでいてくれる?」
「もちろん。俺は、美咲の幸せを願っている」
まあ、あいつには叶わないかもしれないけど、と奏祐は苦笑した。
「こうして美咲に俺の気持ちを言えたのも、あいつのお陰だ。本人の前では言えないけど、あいつには感謝してる」
「ふふ。本当に素直じゃないわ、奏祐は」
「……うるさい」
「気合いをいれて、凛花さんにお礼をしなくてはならないわね」
「……そうだな」
そこで私は1つ、思いついた。
周りの子たちが話していたこと。
あれをやれば、彼女は喜んでくれるんじゃないだろうか。
「――ねえ、奏祐。1つ提案があるのだけれど」
私は奏祐に思い付いたことを言ってみる。
奏祐は少し考えて、やってみよう、と言ってくれた。
その日から、私と奏祐は準備を始めたのだった。
すべては、凛花さんに喜んで貰うために。




