18
私の前に仁王立ちをしている弟を見て、怒っている弟もかわいいな、なんて思って現実逃避をした。
いや、意味のないことだってわかってますよ?でも本当に可愛いんだから仕方ないじゃないか。
「ちょっと姉さん、聞いてる?」
「ちゃんと聞いてるわ」
私の思考は現実に引き戻された。
しかし現実に戻ると弟にこの状況を説明しないといけないという難問が襲いかかってくる。
私はちらりと隣にいる蓮見を見てみるが、彼は我関せずといった顔をしているような気がする。実際はサングラスをかけているせいでよくわからないが。
「そんな格好して、なんで蓮見さんと会ってるんだよ。姉さんたちは、どういう関係なの?」
「これには複雑な事情があるのよ」
「どんな事情だよ」
「それは……」
私が弟の質問にしどろもどろに答えていると、蓮見が呆れたような顔をして、私を見る。いや、本当に呆れたような顔をしているのかはわからないが。
サングラスをかけると表情がわからないのが難点だな。
「どうでもいいけど、いいの?」
「なにが?」
「見失うよ?」
「あっ」
気付けば美咲様たちの姿が遠い。今にも見失いそうだ。
私は弟に顔を向ける。
「ごめんね、悠斗。急がないといけないの。あとできちんと説明するから。急ぎましょう、蓮見様」
「姉さん!!」
私は蓮見の腕をひき、歩き出す。
弟はそれを見てムッとしたような顔を浮かべた。
そして私の腕を引っ張る。
「悠斗?」
「オレも着いていく」
「でも……」
「姉さんがなんて言おうが、オレも着いてくから」
私は困ったように蓮見を見る。
蓮見は肩をすくめた。
「いいんじゃない、着いてきても」
「そうですか……蓮見様がいいなら、私は構いませんが」
私はいまだに怒っている様子の弟を見て、苦笑する。
なにを怒っているのかわからないが、私のために怒ってくれてることはわかる。
「いいわ、悠斗も着いてきて。歩きながら説明するから。……説明するより見せた方が早いかしら」
弟が頷いたのを見て、私は歩き出す。
美咲様たちを見失うわけにはいかないのだ。
少し早足で歩くと、履き慣れないヒールの高いサンダルのせいで転けそうになって、蓮見と弟に同時に支えられる。
「本当に君は抜けてるな」
「しっかりしてよ姉さん。危ないだろ」
「はい、すみません……」
何故か2人に怒られる私。解せぬ。
その後、私たちはなんとか美咲様たちに追い付くことができた。
美咲様たちの後ろをつけつつ、私は弟にこんな格好をしている理由と蓮見と一緒にいる理由を説明する。蓮見が美咲様のことが好き、ということは言わなかった。私が言うことじゃないしね。
その際に『美咲様の幸せを願う会』の説明もきちんとした。
弟は私の説明を聞くと、可哀想な人を見る目で私を見た。なぜだ。
「つまり、こうして東條さんたちの後をつけているのは、美咲さんの頼みだから、ってことだよね」
「そうなの。わかってくれた?」
「うん、まあ、一応。ただ、姉さんがその格好をしている意味がわかんないんだけど」
「それは俺も思った」
弟と蓮見に揃って私の変装の意味を問われる。
よくぞ、聞いてくれた。私のこの変装の意味を。
「そんなの、決まってるじゃない。―――雰囲気作り、よ」
私はドヤ顔で言い切った。
「2人の後を尾行するなんて、探偵みたいじゃない?私、推理小説とかにある探偵が変装をして調査するって言うのに憧れてたの」
「…………それが、理由?」
弟は呆気に取られたような顔をして言った。
もちろんだとも。なにか問題でも?
「もちろん、それが大きな理由の1つだけれど、他にも理由はあるわ。普段私が着ないような格好をすれば、パッと見ただけでは私とわからないでしょう?私と蓮見様が休日に一緒に街を歩いていたのを学校の誰かに見られて、変な噂を立てられても困るもの。それも理由の1つね」
「なるほど……ちゃんと君も考えてたんだな」
ちゃんと考えてって、失礼な。私はいつもちゃんと考えて行動を……してない時も多々あった。反省しよう。
私が密かに反省をしていると、弟が怪しむように言う。
「理由は本当にそれだけ?」
さすが、私の弟だ。私のことをよくわかってる。
私は笑顔で答えた。
「いいえ。最大の理由は、私がこの格好をしてみたかったから、よ」
弟がやっぱりね、と呆れた顔を私に向ける。
蓮見からは哀れみの視線を感じる。なぜだ。
それから私たちは美咲様たちが映画館に入ったのを見送って、美咲様たちが映画を見ている間どうしようか、という話になった。
「一緒に映画を観てもいいのですが……それだと美咲様たちが映画を観終わったあと、美咲様たちを見失ってしまう可能性がありますし、仮に同じ映画を観るとしても、美咲様たちと座席が近かったらバレてしまいますわ」
「確かに……どうしようか」
私と蓮見が真剣に話している横で弟はじーっと映画のポスターを見ていた。
そして唐突に私を呼ぶ。
「姉さん……」
「どうしたの、悠斗?」
「オレ、これ観たい」
そう言って弟が指差したポスターを見る。
ホラー映画だ。なんでも世界が発狂したとか、そんな恐ろしい文句を唱っている映画だ。ネットでもこれはアカン、漏らしそうになった、心臓が悪い人は絶対観てはいけない、と話題になっている映画だ。
弟はきらきらと目を輝かして私を見つめる。
弟はホラー映画が大好きなのだ。私もホラー映画は嫌いじゃない。怖いし心臓はバクバクするけど、嫌いではないのだ。
目を輝かして私を見る弟は可愛い。可愛い弟の願いなのだ。叶えないわけにはいかないではないか。
「いいわ、これを観」
「だめだ」
間髪いれずにすぐ隣から拒否される。
「いいではありませんか。ホラー映画、観ましょう?美咲様たちを待つ間、特にすることもありませんし」
「映画を観てて、美咲たちを見失ったら困る」
「映画が終わったらすぐ出れば大丈夫ですわ」
「やっぱりだめだ」
蓮見に拒絶され、弟は少し落ち込んでいる。
いつになく頑なに拒絶する蓮見に、私は内心にやりとする。
ははーん。
「……もしかして、蓮見様はホラー映画が苦手なんですか?」
「………!そんなことは……」
図星なようだ。やったね、蓮見の弱点見つけた。
私はにやりとする。
チャンスだ。今までの仕返しをしてやる!
「では、ホラー映画を観ても大丈夫ですわね?」
「……いや、美咲たちを見失うといけないし、俺は向こうの店で時間を潰すから。だから2人で……」
「蓮見様?」
「……なに」
「男らしくありませんわ。悠斗、チケットを3枚買ってきて。早くしないと始まってしまうわ」
「……!わかった、すぐ買ってくる!」
悠斗は目を輝かせてチケットを買いに走る。
弟を止めようとした蓮見の腕を私はしっかりと掴んでおく。
「神楽木……!」
「苦手ではないのでしょう?なにか、問題がありまして?さあ、私たちは飲み物を買いにいきましょう」
「……あとで覚えておきなよ……?」
蓮見が怖い顔でなにか言ってるが、私には聞こえません。
ですので、覚えておくことはできませんの。
ごめんあそばせ、蓮見様。




