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美咲様のデートの日、私は蓮見を呼び出した。駅前の時計の前という、定番の場所に。
今日の私のファッションは完璧だ。
白い胸元が少し大胆に開いた膝上丈のタイトなワンピースにヒールの高いサンダル。上着のデニム生地のジャケットは胸下で縛っておく。
つばの広い帽子に、薄い色のサングラスを胸にさせば完璧だ。どこからどう見てもセレブだ。
母に頼んで濃い目の化粧までしてもらった。普段よりも大人っぽく見えるだろう。
ただ、胸元の開いたワンピースは、私が普通に着るには胸がさみしい気がしたので、あちこちから肉を寄せて集め、なんとか見れるようになった。
このワンピースは母からの借り物だ。母はダイナマイトボディの持ち主なのだ。私もあと数年すればああなれるに違いないと信じている。
セレブに成り済ました私が出掛けようとすると弟が不安そうな顔で「姉さんなにする気?」と聞いてきた。
私は「大丈夫よ、ちょっと出掛けてくるだけだから」と安心させるように言った。
それでも弟は不安なようで「オレも着いていく」と言い出した。
確か弟は今から出かける用事があったはずだ。用事をすっぽかすのは良くない。弟への信頼感が下がってしまう。それはだめだ。
私は大丈夫だからと弟に言い聞かせるが、それでも弟は頑として着いていくと言う。
最終的には母に叱られて渋々諦めたようだ。
私は心配しないで、と弟に言って家を出た。
駅前に到着した。
待ち合わせの5分前にたどり着けた。
蓮見は来ているだろうかと遠目で探す。蓮見はすぐに見つかった。
白いシャツを羽織り、中に無地の黒いTシャツを着て、黒いパンツをはいただけのシンプルな格好なのに、蓮見は目立った。
無駄にイケメン過ぎるのだ。携帯を持って立っているだけで人目につく。今も彼は注目の的となっている。
あれは、だめだ。今日の目的は人目についたらまずいのだ。
私はUターンして、駅ビルに入る。
急ぎ足で駅ビルを巡り、今日の彼の格好に合いそうなサングラスと帽子を見繕う。
すぐに使うからと値札等は取ってもらい、私は胸元に引っ掻けたサングラスを装着して足早に蓮見の元へ向かう。
約束の時間から15分は過ぎている。急がないと。
遠巻きに蓮見を眺める人たちを掻き分け、私は堂々と蓮見の前に立つ。
「ごきげんよう、蓮見様。お待たせさせてしまい申し訳ありません」
「……神楽木?」
「はい」
「今日はいつもとは感じが違うから、誰かわからなかった」
蓮見は上から下までまじまじと私を見て言った。
一瞬、胸のところで目線が止まったような気がするのは気のせいだろうか。
「そのように意識して支度をしてきましたの」
「なぜ?」
「それはもちろん、私とわからないようにするためですわ」
今日は高めのヒールを履いているので、蓮見と目線が近い。それでも蓮見の方が少し目線が上だが。
私は先ほど買った帽子とサングラスを取りだし、失礼します、と一応断りをいれて蓮見に帽子とサングラスをつけた。
すると蓮見が少し非難するような顔をする。
私は構わず「どこかお店に入りましょう」と言って蓮見の腕を掴む。
そして適当な喫茶店に入って席に着いた。
「一体、なんなの?君はなにをしたいの?」
蓮見は少し苛立ったように言った。
それはそうだろう。なんの説明もなく呼び出して、いきなり帽子とサングラスをつけられたあげくにほぼ強制的に店に連れて来られたのだから。
私はゆっくりと、蓮見を刺激しないように言う。
「蓮見様が目立って仕方がないので、軽い変装をさせて頂いたのですわ」
「なんのために?」
「それはもちろん、美咲様のためです。今日は美咲様と東條様が一緒に映画を観に行くことになってます。それをこっそりと見守るのです」
「……ふーん。それは、君の考え?」
「まさか。いえ、正直に言えばお2人を影からこっそり見守りたいという想いも確かにありますわ。でも、折角のお2人のデートにそんな無粋な真似はしません。これは美咲様から頼まれたことなのです」
すべて本当のことだ。
私が美咲様に『デート、頑張ってください』とメールを送ったら『心配だからこっそり見守ってほしい。できれば奏祐と一緒に』という返信がきたのだ。
「そう。なら、いい」
「蓮見様は辛いかもしれませんが……これも美咲様から頼まれたことなのですわ。蓮見様と一緒に見守ってほしい、と」
「美咲が?……なにを考えているんだか……まぁいい。で、これからどうする?」
「もうすぐ美咲様たちの待ち合わせの時間なのですわ。ここから美咲様たちの姿が見えるはずなのですが……」
私はそう言って窓の外を指す。
ちょうどこの店から私たちが待ち合わせた時計の前が見えるのだ。窓際の席限定だが、開店とほぼ同時刻に蓮見と待ち合わせをしたので、窓際の席に頼めば座らせて貰えるだろうと踏んでいたのだ。それが当たったみたいだ。良かった。
「ああ、来たみたいですわね」
「そうみたいだね」
先に待ち合わせ場所に来たのは美咲様だった。
お嬢様らしい上品な服装はやはり美咲様によく似合っていた。さすが生まれながらのお嬢様だ。
次いで王子も現れた。彼もお坊っちゃんらしい上品な服装だ。こちらもよく似合っている。
どこからどう見てもお似合いの2人だ。私は思わず顔がにやける。
「さあ、行きますわよ、蓮見様」
「……やれやれ。今日は君に付き合ってあげるよ」
私が意気込んで立ち上がると、蓮見は肩をすくめて立ち上がる。
そしてしっかりとサングラスと帽子を装着してくれた。
私もしっかり帽子とサングラスをつける。
店を出ると、美咲様たちがちょうど移動し始めたところだった。
私たちも美咲様たちの後を追おうとした時、後ろの方から声が掛けられた。
「見つけた……姉さん!」
「……悠斗?あなた、用事はどうしたの?」
振り向けばそこには肩で息をしている弟の姿があった。
「終わらせた。それより、姉さん。これはどういうこと?どうして蓮見さんと一緒にいるんだよ」
弟はきっと睨んできた。それも私にとっては可愛く見えてしまうのだが、困った。
弟になんて説明しよう?
私は予想外の弟の登場に頭を抱えた。




