【コミックス2巻発売記念】はじめてのお菓子作り
本日コミックス2巻発売です!
よろしくお願いします。
悠斗視点お話です。
オレの姉は変わり者である。
学校でも一、二を争う人気者であるあの蓮見さんを専用パティシエとする人なんて、きっと姉さんくらいしかいない。
まあ、確かに蓮見さんのお菓子はとても美味しかった。それは認める。
しかし、そうとはいえ、あの蓮見さんにお菓子を作ってほしいなんて頼むだろうか。オレなら絶対に頼めない。
「見て見て、悠斗! これ、蓮見様が作ってくれたの。悠斗も一緒に食べましょう?」
「うん」
そう言って姉さんが持ってきたのはロールケーキだった。
見た目はごく普通のロールケーキ。これくらいならオレでも作れそうな気がする。
姉さん自ら切り分けてくれる。
両手を合わせて「いただきます!」と言うなり、姉さんはロールケーキを一口にフォークで切り、食べる。
「ん~! おいしい~! さすが蓮見様だわ」
姉さんはスイーツに関しては口うるさい。
その姉さんが絶賛するくらいなのだから、相当美味しいのだろう。
オレも一口食べてみたら、想像以上に美味しくてびっくりした。
これ、本当に蓮見さんが作ったのか……? プロ並みの美味さだ。
「本当にすごく美味しいね……すごいな、蓮見さん……」
「そうでしょう? 次はなにを作ってもらおうかなあ」
姉さんは早くも次のお菓子に思いを馳せている。
「来週はまたアップルパイを作ってもらおうかな~。それで、その次はモンブランとか? う~ん、でもチョコケーキも食べたい気もするし~」
……まさか、毎週作らせる気なのか? あの蓮見さんに?
「姉さん……まさか、毎週蓮見さんにお菓子を作ってもらっているわけじゃないよね?」
「悠斗ったらなにを言っているの? そんなわけないでしょう?」
「そ、そうだよね」
良かった。さすがの姉さんもそこまで非常識ではないみたいだ。正直、姉さんならやりかねないと思っていたけど、そうじゃなくて本当によかっ──。
「蓮見様の都合もあるし、二週間に一度程度で我慢しているわ。……あ、でも生徒会でのお菓子も作ってもらっているから……そうね、作ってもらうのは月に三回くらいね」
「……」
そ、そんなに作らせているのか……! 蓮見さんだって暇じゃないだろうに……というか、あの蓮見さんによくそんなことができるな……。
蓮見さんに申し訳なくなってきた……。
蓮見さんがこれまで作ってきたお菓子について幸せそうに語る姉さんに適当な相槌を打ちながら、オレは思った。
これ以上、蓮見さんに負担をかけないようになにか手を打たなければ……!
それになんだか餌付けされている感もあるし、それも面白くない。
……そうだ。蓮見さんの負担を減らすためにも、そしてなにより姉さんが餌付けされないためにも、オレがお菓子作りをするのはどうだろう。
後者に関してはやや手遅れな気もするけど……まあ、やらないよりはマシなはず。
そうと決まれば実行だ。
蓮見さんのロールケーキを食べた週の土曜日、早速お菓子作りをするべくキッチンに立つ。
お菓子作りなんてしたことがないけど、それはまあ、調べればなんとかなるはずだ。下準備として『初心者にもやさしいお菓子つくり』というタイトルの本も買ってきたし。
ちなみに姉さんは水無瀬さんと一緒に買い物に行くとスキップをしながらご機嫌で出ていった。
姉さんって本当に水無瀬さんが好きだよな……確かに水無瀬さんは魅力的な人ではあるけれど、なんか怖いんだよね……。
前に蓮見さんと東條さんが姉さんを挟んでバチバチしていたけど、対抗心燃やす相手が間違っている。真のライバルは水無瀬さんじゃないかとオレは思う。
それはいいとして。
まずは……そうだな。いきなりケーキなんて作れる気もしないし、まずは無難にクッキーとかでいいだろう。
型抜きクッキーは……型がないな。今度買ってくるとして……よし、このアイスボックスクッキーというやつを作ってみよう。
買ってきたエプロンを付け、気合いを入れる。
まずは材料をきちんと量ることから。お菓子作りは分量が大事ってどこかで聞いたし。
レシピ通りに材料を計り、 レシピ通りに作っていく。
市松模様と渦巻き模様の二種類を作り、生地を切ってクッキングシートを敷いた天板に並べる。
見た目は問題なし。あとはレシピ通りにオーブンで焼くだけ。
ここまでは順調だ。これからオレでも蓮見さんの代わりが務まるかも。
そんな期待をしながら焼き上がることを待つことおよそ二十分。
焼きたてのクッキーからは甘い匂いが漂い、焼き上がりもいい感じに焼けている。
少し冷ましてから、初挑戦のクッキーを一つ食べてみる。
「……」
……なんというか……普通。不味くはない。でもめちゃくちゃ美味しくもない。良くも悪くも普通。これがオレの感想だった。
たまに蓮見さんが作ったお菓子を食べているせいか……蓮見さんが作るクッキーはもっと……なんというか、奥行があるというか……とにかく、「美味しい!」って思わず口に出るくらい美味しいのだ。
なにが違うんだ……?
とりあえずクッキーを皿に取り分けてリビングに持っていく。
そしてクッキーを前に腕を組んで悩んでいると、「ただいまー」という姉さんの声が聞こえた。
「おかえり、姉さん」
「ただいま、悠斗。……あれ、なんか甘い匂いが……」
キョロキョロとする姉さんをさすがと思う。
甘い物には目がない。
「あっ、クッキー! どうしたの、これ?」
「……オレが作ったんだよ」
「悠斗が? 一つ食べてもいい?」
「もちろん。味は普通だけど……」
「じゃあ、いただきます!」
姉さんがニコニコしながらクッキーを食べる。
そして首を傾げた。
「美味しい! 美味しいんだけど……なんだろう……なにか物足りないような……」
「オレも同じ感想なんだよ、姉さん……蓮見さんのクッキーとなにが違うんだろう……」
「うーん……」
二人揃って首を捻る。
考えてもまったくわからない。
「でも、悠斗が作ってくれたクッキーだもの。美味しくいただくわ」
姉さんはにこりと笑ってまたクッキーを手に取る。
なんだか無理に食べさせているような気がして、すごく申し訳なく思えてきた。
……うん、オレがお菓子を作るのは諦めよう。お菓子の美味しいお店を探し出す方が確実だ。
改めて、蓮見さんのお菓子作りスキルの高さを実感した日だった。
後日、偶然学校で蓮見さんと会うことがあり、そのときにお菓子作りのことを聞いてみた。
「お菓子作りのコツ? レシピ通りに作っているだけだけど」
あと、姉さんにも鍛えられたかな……とちょっと遠い目をした蓮見さんを見て、それ以上聞くのはやめた。聞いてはいけない気がした。
蓮見さんのお姉さんって確かピアニスト志望で留学中だったよな……どんな人なんだろう……。
「悠斗もお菓子を作るの?」
「いえ、やめました」
「は……? やめた……?」
「はい」
にっこりと笑顔で頷く。
どう頑張ってもオレはお菓子作りで蓮見さんに勝てそうにない。
「でも、蓮見さんの負担は減らそうと思っています。なので、しばらくは頑張ってください!」
「負担を減らす……? なんの話……?」
不思議そうな蓮見さんの質問には答えず、にこりと笑うだけに留める。
──早く姉さんのお眼鏡にかなうスイーツ店を見つけないと。
蓮見さんのお菓子の呪縛から早く姉さんを解放しないと。そう、より強く決意したのだった。




