【コミカライズ配信記念】君は憧れのお姫様
「あれ、神楽木さんいないの?」
生徒会に入っていないのにも関わらず、東條はさも当然のように生徒会室に入り、俺の隣の席に座った。
「……東條、ここは生徒会室なんだが」
「うん? 知ってるけど? それより、神楽木さんはどうしたの?」
「……神楽木は日直だから遅くなる」
「へえ、そうなんだ。じゃあ待ってようかな」と笑顔で言う彼にいろいろと言いたいのをぐっと堪える。
東條になにか言ったとこで「それがなに?」と言われて終わりになる未来が見えたからだ。
彼、東條昴という人間はその柔らかい雰囲気に騙されがちだが、とても融通のきかない面倒な人間だと思う。なんといえばいいのか……その育ちのせいか、人を従えるのに慣れているというのか……いや、周りの人間は自分の言うことを聞いて当たり前と思っているふちがある気がする。
その独善的な部分を柔らかい雰囲気で誤魔化しているのだ。
暇だからなにか手伝うよと言う東條に、生徒会の仕事の一部を渡しながら、ずっと不思議に思っていたことを聞く。
「なあ、東條」
「なに?」
「東條は……その、神楽木が好き、だったんだよな?」
「うん、そうだね」
あっさりと肯定した東條からは動揺した様子は見られない。普段と変わらない調子のまま、資料をホチキスで止めていく。
「ええっと……よくわからないんだが、好きだった人に恋愛相談するのはどういう経緯で……?」
逆に俺が動揺しながら聞くと、東條は顔をあげて面白そうな顔をした。
「……へえ? 飛鳥くんってそういうこと気にしない人だと思ってた」
「いや、普通に気になるだろう。俺と神楽木は生徒会の仲間でもあるんだから」
「ふーん」
東條は少し考え込むような仕草をしたあと、なぜか俺をじっと見た。
「逆に聞くけど、飛鳥くんは神楽木さんにそういう目で見たことないの?」
「俺が神楽木を? まさか」
「えー? ほら、神楽木さんって見た目は可愛いじゃない?」
見た目は、と言うところを強調する東條に確かにと頷きそうになり、すっと東條から目を逸らす。
「……俺は人を見た目で判断しない。それに、人の美醜についてもあまり興味はない」
「目を逸らしながら言われてもなぁ」
クスクスと笑う東條に居心地が悪くなる。
しかし、俺が神楽木を異性として意識したことは誓ってない。時折神楽木に「私のことを好きならないでくださいね」と言われるが、なんて自意識過剰なんだとしか思わない。少なくとも、神楽木を異性として見ることは俺には不可能だ。
「でもまあ、飛鳥くんらしいな。飛鳥くんとは似た者同士な気がしていたからちょっと残念だけど」
「俺と東條が? それこそまさかだろう?」
「やだなぁ、飛鳥くん。それってどういう意味?」
少し怖い笑みを浮かべた東條に慌てて「ふ、深い意味はない」と答えた。
「俺と東條は性格的にも見た目も似ているところはないと思う」
「うーん、そうなんだけど……まあ、気にしないでよ。僕も性格も見た目も飛鳥くんと似ているとは思ってないから」
東條の言っていることがいまいちよくわからない。
首を傾げると話題を変えるように東條が話し出す。
「僕さ、昔、美咲と一緒に読んでいた絵本があって」
「う、うん……?」
突然の昔話に戸惑いながら頷く。
俺が戸惑っていることに東條も気づいているだろうに、気にせず話を続けた。
「その絵本の内容っていうのが小さい女の子が好みそうなやつで、王子様が攫われたお姫様を助けるっていう話なんだけど、僕も美咲もその本が大好きでよく一緒に読んでいた」
ちなみに奏祐は違う本を一人で読んでたよと、懐かしむように東條は微笑む。
「こんなこと言うと笑われそうなんだけど、僕は真面目にこの話に憧れていてね。いつか僕もお姫様を見つけて助けるんだって思っていたんだ。それで、僕が思い描いていたお姫様の姿に神楽木さんがそっくりだったんだよねえ」
あはは、と明るく笑う東條にどう反応すればいいのかわからない。
確かに神楽木は見た目はお姫様のように見えなくもないが……中身がな……。
「神楽木さんを初めて見たときは運命だと思った。彼女が僕のお姫様に違いないって。……まあ、彼女に接するうちにあれ? って思うことも多々あったんだけど……」
東條の笑みが虚ろになる。
なんとなく、その気持ちはわかるような気がする。
「ほら、僕って結構モテるじゃない? でもさ、それって僕の『見た目』と『東條財閥の御曹司』があるからのものなんだよね。『僕自身』のことを知って好いてくれる子なんてほとんどいない。それは仕方のないことだと思うし、それはそれで別にいいんだけど、神楽木さんはそういうのがなくて、『僕自身』を見て話してくれるから、それが嬉しかったんだ。だから僕は神楽木さんのことが好きなったんだと思う」
神楽木さんには嫌われてるけど、といい笑顔で言う東條は本当にいい性格をしていると思う。
その台詞の前はいいこと言っていたと思うんだが、台無しだ。
「僕は神楽木さんに『恋』をしていたつもりだったけど……それはおままごとみたいなものだった。いわゆる恋に恋してたってやつかな。それに気づかせてくれたのも神楽木さんだった。『恋』ではないけど、僕は今でも神楽木さんが好きだよ。僕をちゃんと見てくれる数少ない人でもあるし、なんだかんだ言って、応援してくれるしね」
おままごとみたいなものだった、と言った東條に納得できた。
神楽木はよく「私を口説いていたときは平気で恥ずかしい台詞言っていたくせに……」とブツブツ文句を言っているが、それが『おままごと』だからだと思えば納得できる。
きっとあの時の東條は『そういうごっこ遊び』をしている感覚だったのだろう。どこか自分のことじゃないと思って、自分の思い描く恋する少年を演じていたから恥ずかしい台詞だってすらすらと言えたのではないのだろうか。
「神楽木さんは美咲のことが大好きで僕のことが嫌いだから、恋愛相談するには丁度いいでしょ? 僕へのダメ出しもしっかりしてくれるし、こんな頼もしい相談相手は他には飛鳥くんくらいしかいないよ」
「……待ってくれ。なんで突然俺の名前が出てくるんだ?」
「飛鳥くんは神楽木さんと違って常識人だから、本当に助かっているんだよ。これからもよろしくね」
奏祐は相談にすら乗ってくれないからね、とニコッと笑った東條に顔が引き攣る。
これはしばらくの間、東條の起こす面倒に巻き込まれるのだろうな……という諦観が生まれた。
だが、一つだけ言わねばならない。
「東條、一つだけ訂正させてほしい」
「訂正?」
きょとんとした顔をする東條に頷く。
「神楽木は東條のことを嫌ってはいないぞ」
──東條様は本当に面倒くさい人ですし、いい加減にしてと思うこともたくさんありますけれど、でも私、今の東條様は嫌いではありません。
東條のことが嫌にならないのかと聞いた俺に対して、神楽木はそう答えた。
それを聞いて東條は目を見開いたあと、「そっか」と照れたようにはにかんだ。
「本当に……神楽木さんってお人好しだよね」
「それは否定しない」
「からかうと面白いし」
「……それはほどほどにしてやってくれ」
東條にからかわれた神楽木を宥める身にもなってほしい。甘いものを与えれば落ち着くが、そうでなければしばらくの間、ずっと引き摺って怒っているのだから。
げんなりして言うと東條は他人事のように「飛鳥くんも苦労するねえ」と言う。
誰のせいだと思っているんだ。
「げっ。ヘタレ……」
「昴……なんでここにいんの」
そんな会話をしていると、神楽木と蓮見が二人揃ってやって来た。
神楽木は心底嫌そうな顔をしたと思った瞬間、ニコッと笑顔を浮かべた。
「……あら、いけない。私、忘れ物をしてしまいましたわ。ちょっと取りに行ってきますね」
ごめんあそばせ、と逃げようとする神楽木の肩を、蓮見と東條が掴む。
「逃げる気?」
「ねえ神楽木さん。さっき、ヘタレって聞こえた気がするんだけど?」
「……おほほ。いやですわ、なんのことでしょう」
愛想笑いをしている神楽木だが、うっすらと汗が滲んでいる。
この二人に掴まったらもう逃げられない。
救いを求めるように俺を見た神楽木に、小さく首を横に振る。
諦めて東條の話を聞くしかない。
神楽木は絶望的な顔をした直後、ズルズルと二人に生徒会室に連行される。
そんな三人を見て、今日はとても賑やかな放課後になりそうだな、と思った。
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