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My dear 2

前話の続きです。



「──ありがとうございました」

「いえいえ。困った時はお互いさまですもの」


 にっこり笑って「ごきげんよう」と言って、道を尋ねてきた見知らぬ彼と別れる。

 するとぐいっと腕をひかれ、私は驚いて振り返ると、なんだか不機嫌そうな蓮見がそこに立っていた。

 なんでこんなに不機嫌そうなんだろう?

 私は首を傾げると蓮見の眉間の皺はさらに深くなった。なんで!?


「……行くよ」

「はい?」


 行くって、どこに?

 私の質問は無視されて、蓮見はぐんぐんと歩いて行く。なんて理不尽。おまえは理不尽大魔王か。

 蓮見はどうやら大学の外へ向かっているようだった。

 いやいや、ちょっと待って!


「そ、奏祐さん!まだ講義があるのではありませんか?」


 私は今日の分は全部終わっているけど、蓮見はまだ講義があったはずだ。私はその蓮見の講義が終わるのを待とうと思って、大学内にあるカフェに向かおうとしていたところなのだから。

 講義サボるのはよくない。私は真面目なのだ。特に体調が悪いとか、急用ができたとか、そういう理由がない限り講義を休むのはよくないと思ってしまう。


「……そんなのどうでもいい」

「ど、どうでも…!?」


 どうでもよくないでしょ、どう考えても!

 私が反論の言葉を考えている間に蓮見は大学を出てタクシーを捕まえ、私をタクシーに押し込んで自分も乗った。

 口をパクパクさせている間にタクシーは蓮見が暮らしているマンション前に着き、蓮見は代金を払って降りてしまう。

 少しの間呆然としていたけれど、呆然としている場合じゃないと、タクシーから降りて蓮見を追う。

 パタパタと足音を立てて近づく私に蓮見は振り向き、遅いと言わんばかりにため息をつく。

 むっ!置いて行ったのは蓮見の方なのに!

 むっとしている私を置いて、蓮見はそのままマンションの中へと入っていく。それに私はついていくのやめようかと思ったけど、蓮見がすかさず振り返りじっと見つめてくるので、マンションのセキュリティーが閉まる前に私も中へと潜り込む。

 そしてそのまま蓮見の部屋に向かった。その間、私たちは無言だった。

 蓮見の部屋に入るなり、蓮見はぎろりと私を睨んだ。

 なぜ私は睨まれているの?なにも悪いことなんてしてないはずなのに。本当に今日の蓮見は理不尽大魔王だ。


「…なにをそんなに怒っていらっしゃるのですか?」

「別に、怒ってない」

「怒っている顔をしているように私には見えるのですけど」

「怒ってないって言っているだろ」


 …話にならない。

 明らかに怒っているのに、怒っていないと言う。もう、いったい何なの。

 私が何か言い出す前に、私のその口を些か乱暴に塞がれた。息継ぎも出来ないくらい深く口を塞がれて、私は思わず自分で聞くのも恥ずかしいような声を出してしまい、蓮見に苦しいと伝えるためにその胸を叩いた。

 それが伝わったのか、蓮見は私から離れた。しかし、私の息はすっかり上がり、なにをするんだと文句を言うように蓮見を見ると、蓮見はどこか途方にくれたような顔をしていた。


「…別に、君に怒っているわけじゃない」


 少し間をおいて、蓮見はぽつりと呟いた。

 私に怒っているわけじゃない?じゃあ一体になにに怒っているというんだろう?


「では、誰に怒っていらっしゃるんですか?」

「だから、怒っているわけじゃないんだ。ただ…自分が情けなくて」

「…はい?」


 情けない?

 私は蓮見の言っていることの意味がわからなくて、ぽかんとして蓮見を見ると、蓮見は呆れたような、気まずそうな表情をして私を見た。


「……さっき、話してただろ」

「さっき…?あ、ああ…道を尋ねてきた人のことですか?」

「たぶん、それ」

「その人がどうかしましたか?」


 私が尋ねると蓮見は黙り込んだ。

 んん?いったいなんなんだ?あの人がなにかしたの?


「……楽しそうに、笑っていたから」

「え?」


 ぽつりと呟いた蓮見の言葉に目を見開く。

 蓮見はほんの少し頬を染めて私から視線を逸らした。

 蓮見の言った台詞の意味を理解して、私はようやくなぜ蓮見があんな風に怒っていたのか、理解した。

 つまり、蓮見は───


「嫉妬を、されたのですか…?」


 私がそう訊ねると蓮見は更に顔を赤めた。

 それはつまり、私の質問を肯定したということで。

 それを理解すると、私の顔も赤くなっていくのを感じた。


「…わかっているんだ。そんなことで嫉妬するなんて格好悪いって。でもどうしても抑えきれなくて…ごめん、君に八つ当たりしていた。俺、格好悪いな…」


 情けない、と顔を覆ってその場に座り込んだ蓮見に私は目を見開いた。

 そんな蓮見の様子を見て、先日の美咲様の言葉が蘇った。


『それは、奏祐の甘えね』

『凛花ならそうしても許してくれるって甘えているのよ』


 あの言葉が嘘だと思っていたわけではない。

 だけどあの言葉の意味を、今、実感して私の胸にじわじわと喜びの感情が広がっていった。

 どうしよう、すごく嬉しい。こうして蓮見に甘えられて、嬉しくて仕方ない。だって、蓮見は誰かに甘えられるような器用な人じゃない。蓮見がこうして甘えるのは私だけ。そう思うと、嬉しくて嬉しくて、私は顔がにやけるのを止められない。

 嬉しさのあまりに、私は座り込んだ蓮見を抱き締めた。


「…凛花?」

「格好悪くなんて、ないです。嫉妬してもらえて、私はすごく嬉しい…だって、それだけ私は奏祐さんの中で特別ってことなんですもの。だから、嬉しいです」

「でも…少し話しているだけで嫉妬するなんて、狭量するぎるでしょ」

「確かにそうなのかもしれません。でも、私だって同じです。奏祐さんが女の子と話していると嫉妬しますし…なにより、こうして態度に出すということは、私に甘えてくださっているということでしょう?私は奏祐さんにいつも甘えてばかりですから…たまにはこうして甘えてくださってもいいんですよ?」

「甘え、ね……そうなのかもしれない。俺は、君に甘えているんだ。こういう態度を取っても君は俺を嫌わないって信じているから」


 蓮見は手で覆っていた顔をあげて私を見て、優しく微笑んだ。

 その笑みに応えるように、私も笑う。


「その信頼がとても嬉しいです。どんどんに私に甘えてくださって構いませんのよ?」

「…それはちょっと」


 ええっ、そこ遠慮するの?せっかく甘えてもいいと言っているのに!


「男の沽券に関わることだから。君にばかり甘えているわけにはいかないんだよ」

「はあ…そうなのですか」


 私にはわからない世界だな。

 私が首を傾げていると、蓮見は妖しく笑った。


「でも…せっかくだし、甘えさせてもらおうかな」


 ぽつりとそう蓮見は呟くと私を抱き上げた。


「え?え?」


 状況がわからず私が間抜けた顔をしていると、蓮見は素早く私の唇に触れた。

 突然のキスに私は驚き、顔を赤らめた。


「そ、奏祐さん…?」

「甘えていいんでしょ?だからたっぷり甘えさせて貰うとするよ。そうだな…まずは久しぶりに膝枕でもして貰おうか。そしてその次に…」

「えっ!?ま、まだあるんですか?!」


 私が狼狽えると蓮見は楽しそうに笑い声をあげた。

 少しむっとしたけれど、蓮見の笑顔を見ているうちに、まあ、蓮見が楽しそうだからいいか、と思った。

 

 私の彼は、少し嫉妬深くて、意地悪な人。

 だけど私の大切な、愛おしい人です。



これにて更新祭りは終了です。

そして本日、書籍版が発売です!

夏休みのお供にしていただけたら、とても嬉しいです。よろしくお願いします!

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