あの日をもう一度(side:凛花)
大学1年の夏くらいの話です。
蓮見と凛花のいちゃらぶ話、凛花視点Verです。
ほんの少し前、蓮見が免許を取った。
大学の講義を受ける傍ら、自動車学校に通っていたらしい。
私は知らなかったけど。
本当は春休みの間に取るつもりだったんだけど、引っ越しやらなんやらでバタバタとしていて、結局春休みに免許を取ることは出来なかったようだ。
免許を取ったんだ、とさらりと言われたとき、私も「へ~そうなんですか~」とさらりと流しそうになった。危ない危ない。
いつ取ったのかと聞けば、ついこの間と答えが返ってきて、いつの間にと聞けば、講義の合間合間で通っていたと答えが返ってくる。
蓮見が自動車学校に通っていたことを、私はまったく知らなかった。
誰よりも長く蓮見といる時間が長いはずの私が、蓮見が自動車学校に通っていたことに気づかなかったなんて…!蓮見の彼女であるはすなのに、なんというていたらく。ありえない、酷い、ひどすぎる私…!
言い訳をさせて貰えるのなら、たまにお誘いをしても「この日は無理」だとか「この時間はちょっと」と断られることがあって、疑問には思っていた。
だけど、ほら、蓮見は御曹司様だから。家の事情なのかなって思って特に理由は聞かなかった。そういうのってよくあることだと思うし。
いや、それにしてもその頻度が高いなぁ…とは思っていましたよ?
ええ、本当です。
でもまさか、免許を取ろうとしていたとはね…!
自己嫌悪と、教えてくれなかった蓮見への不満から私が不貞腐れていると、蓮見はとても面倒くさそうな顔をしながら、ご機嫌取りを始めた。
「今度、美味しいケーキを食べに行こうか」
「君の好きなお菓子を作ってあげる」
「そういえば、チョコレート菓子が有名なベルギーの店が出来るらしいよ。一緒に行く?」
……全部お菓子関連なのはなぜ?
私、お菓子で機嫌直るほど安い女じゃ………ないこともないけど!自分で言っていて悲しくなってきた…。
中々機嫌を直さない私に、蓮見は段々と苛ついてきたのか、深々としたため息をついて聞いてきた。
「…どうすれば機嫌が直るの」
「別に、怒ってません」
「でも機嫌が悪い。…黙っていたのは悪かった。君を驚かせたくて敢えて黙っていたんだけど…まさか怒らせるとは思わなくて」
困ったように蓮見は頬をかいた。
…私も大人気なかったな。でも本当に蓮見に対しては怒ってなくて、ただ自分が不甲斐ないだけなんだけど、それを態度に出すのは間違っているよね。だって蓮見は関係ないんだもん。八つ当たりも甚だしいよね。
「…本当に、怒ってません。ただ、ちょっと自分が情けなくて…奏祐さんの近くにいたのに、なにも気付いてなかったから…」
「君に気付かれないようにしていたから、だから俺が悪いんだよ」
ごめん、と謝る蓮見に私も謝った。
そうして仲直りをすませると、蓮見が提案をしてきた。
「今度の日曜日だけど、少し遠出をしない?俺が運転するから」
「まあ、いいですわね。どこに行きましょうか?」
遠出か~どこがいいかな。
やっぱりここは夢の国かな。それとも西の方のアトラクションに行く?
私がわくわくしながら場所を考えていると、蓮見が「行先は俺に任せてくれない?」と言ってきて、私は目を瞬いた。
「別に構いませんけれど…」
「そう。じゃあ、日曜日に迎えに行くから」
「はい…あの、どこへ行くのですか?」
行先によって服装も考えなきゃ。
遊園地とかだと動きやすい服装がいいだろうし。
「内緒」
「え?」
「行くまでのお楽しみってことにしておいて」
「は、はい…わかりました」
行くまでのお楽しみ、ねえ…。
服装は、まあ無難なものにすればいいだろう。どうせ車で行くんだもんね。
でも…いったいどこに行くつもりなのかな。
蓮見の顔をチラチラと伺ってみるけれど、蓮見は相変わらずの無表情で、その顔から行先を予測することは出来なかった。
約束の日、蓮見が車で迎えに来た。
私は車について全然詳しくないからよくわからないけれど…この星のマーク、見覚えがある気がする。国内の車かな?
ピカピカとした黒の新車と蓮見はとてもよく似合った。
そう、似合うんだけどね…!
「…なに変な顔してんの」
「い、いえ…!な、なんでもありましぇんわ……ぷぷっ!」
笑いを堪えるのに必死で思いっきり噛んだ。
そんな私を蓮見がギロリと睨む。
「なにがおかしい?」
「おかしいわけではありませんの。ただ……奏祐さんに初心者マークのイメージがなくて…」
「……」
ピカピカの新車には緑と黄色のあのマークが貼られている。
なんでもスマートにこなす蓮見も、法には逆らえないのか、きちんと初心者マークをつけていた。つけない人もいるというのに真面目だなと思う反面、あの蓮見が初心者マークをつけて車を運転すると考えるだけで…ぷぷ!
なんというか、蓮見に初心者っていう言葉は似合わないし、あの若葉マークも似合わないと思う。ここまで初心者マークが似合わない人っているのかな、って思うくらい。
笑いを堪えている私を蓮見はしばらくギロリと睨んでいたが、やがて諦めたのか深いため息を吐いて、「車に乗って」と私を車内に促した。
車に乗ると、当たり前なことかもしれないけど、新車の独特の匂いがした。
それに混じってほんの少しだけ香る蓮見の匂い。
なんかいいな、とくすぐったくなった。
蓮見も運転席に乗り、しっかりとシートベルトを締め、車を発進した。
これまた想定内のことだけど、蓮見の運転は初心者によくある危うい感じはまったくなく、どこまでもスマートなものだった。うん、さすが蓮見だね。
高速道路にもなんなく乗り、すいすいと車を追い越していく。
緊張感など微塵も感じさせない表情なのはまあ置いておき、運転をする蓮見が物珍しくて、私は外の景色を楽しみながら何度も蓮見の横顔を盗み見した。
運転しているだけで大人の男って感じがする。かっこいいなあ。
……まあ、初心者マークなんですけどね。
そんなこんなでドライブを一人で楽しんでいると、ふと、思い出す。
そういえば今日の目的地を聞いてないぞ、と。
「奏祐さん、今日はどこへ行くのですか?」
「着いてからのお楽しみ」
そんな、にべもない…。
そう言われてしまうと突っ込んで聞けなくて、私は諦めてまた外の景色を楽しむことにした。
一時間くらい走ったところで、私は目的地を知った。
そして駐車場に入り、蓮見がスマートに車を駐車させたところで、私は少し興奮ぎみに蓮見に話しかけた。
「目的地はここだったんですね…!」
「そう。たまにはいいかと思って」
「すごく嬉しいです…!久しぶりだわ!」
はしゃぐ私を蓮見が眩しそうに見つめ、微笑む。
そして「喜んでもらえて良かった」と呟き、私はお礼を言った。
私が蓮見に連れてこられたのは、水族館だった。
水族館デート。なんて素敵な響きだろう!
一度は体験したいと思ってたんだよねえ!あと動物園デートも!でも夏は暑いし冬は寒いし動物の動きも悪いから…行くなら春か秋がいいな…。
その点、水族館は夏でも冬でいい。なにせ、屋内だからね。紫外線の心配もする必要がないし、化粧が落ちないかとひやひやする必要もない。
そしてなんといっても海の生物は癒される!
その代表はイルカだろう。可愛いイルカを眺めているだけで心が癒される。
興奮を抑えきれないで車から降りた私に、蓮見は悪戯な笑みを浮かべて手を差し出す。
「お手をどうぞ、お姫様」
一瞬ぽかんとしてしまったけれど、私もすぐに笑みを返してその手を取った。
そして二人で手を繋いで水族館内へ入った。
手を繋いで水族館内を二人で回る。あの魚はああだとか、この魚はどうだとか、そんな他愛もない話をするだけで楽しかった。
イルカショーも楽しんだ。いたずらなイルカが観客にバシャリと水をかけ、きゃあと悲鳴があがる。私たちのいたところはちょうど水のかからない場所で、ちょっとラッキーと思った。
一生懸命芸を披露するイルカやアシカ、ペンギンはとても可愛くて、私は子供みたいにはしゃいで蓮見に呆れた顔をされた。
久しぶりなんだもん、仕方ないじゃないか…。
そう思うけれど、少し子供っぽかったな、と自分でも反省。
反省したはずなのに、イルカやペンギンの観覧コーナーに入るとまたはしゃいでしまい、蓮見に笑われた。今度こそちゃんと反省しよう…。
そしてゆっくり館内を回っていると、クラゲのコーナーを見つけ、私たちは迷わず入った。
ふわふわと水槽を漂うクラゲを見ていると、あの日の出来事を思い出した。
「懐かしいな…」
ぽつりと呟いた蓮見の一言に、彼も私と同じように、高2の遠足のことを思い出しているのだと知って、嬉しくなった。
なんかこう、以心伝心、みたいで。
「高2の時の遠足を思い出しますわね」
「そうだね。あの時は昴とバスケをして、ジェットコースターに乗って凛花が…」
言った途中でその光景を思い出したらしい。蓮見は肩を震わせを顔をそむけた。
…できればそのときの記憶は忘れていただきたいのですが。むしろ私の思い出の中で黒歴史と認定されているので、思い出させないで欲しい。
「それは忘れてください。それよりも、ほら!他に面白いことがあったでしょう」
「…面白い事?」
蓮見は怪訝そうな顔をして、すぐにハッとする。
「お化け屋敷に入って奏祐さんがこわがっ……ふご!」
「そういうことは思い出さなくていいから」
蓮見は手を繋いでない方の手で私の口を塞いだ。
ひ、ひどい…!彼女に対してなんてことを!
私が抗議の声を上げる前に、蓮見はさらりと話題を変えた。
「そのあと観覧車に乗ったんだっけ」
「…ええ。そこで観覧車が停まってしまうというハプニングもありましたけれど…」
「あの時は…昴も君の事が好きだった」
「懐かしい思い出ですわ」
あの時はどうしよう、と真剣に悩んだものだけど、今となっては笑って懐かしい思い出だと言えるようになった。
東條にとってはそれこそ黒歴史かもしれないけどね。
「色々とあった遠足でしたね。…でも、あの時の出来事があったから、望んでいた結末を迎えられたような気がしますの」
「…そうかもしれないね」
そしてまた黙り込んでクラゲを眺める。
水槽を漂うクラゲはいつ見ても綺麗だなあ、と改めて思う。
「凛花」
ふいに蓮見に名を呼ばれて、私は水槽に向けていた目を蓮見に戻す。
蓮見は相変わらずの無表情で、だけどどこか緊張しているようにも見えた。
「俺はあの時、ここと同じクラゲの展示ルームで君に好きだと言った」
「…はい」
あの時、私は蓮見の言葉を信じることができなくて、戸惑った。
だけど同時に嬉しいとも感じていて。今思えば、あの時からもうすでに蓮見に惹かれていたのかもしれない。
「その時、俺は君に返事はいらないと言った。…覚えている?」
「忘れられるはずがありませんわ」
俺を見て、と真剣に言った蓮見の顔は、今でも鮮明に思い出すことが出来る。
…ただし、顔から火が出そうになるけど。
「今日はそのリベンジをしようと思っているんだけど」
「…はい?」
りべんじ?RIBENJI…。…リベンジってなんの?
そもそも私はもう、あなたの恋人ですよね?私たち付き合ってますよね?それなのに、リベンジ?リベンジもなにもないんじゃないの?
そんな私の内心の混乱を察したのか、蓮見は苦笑しながら、何かをポケットから取り出した。
「君が好きだ。2年前よりもずっと。だから──俺と結婚してください」
そう言って蓮見が私に差し出したのは、指輪だった。暗くてあまりよく見えないのが残念だけど、恐らくはシルバーの指輪。小さな石もついているのかな?
あまり装飾はなく、なんとも蓮見らしい指輪だった。
そんな、指輪に対する感想をぼんやりと考えていた。
頭がぼんやりとして、頭が上手く回らなかった。
しばらくぼうっと指輪を眺めて、やがて私は蓮見に今、プロポーズされたのだと、気付いた。
気付くと、嬉しさで胸が熱くなって、それが顔の方にまで回った。
次第に目が熱くなって、涙がぽろりと零れた。
そんな私の涙を、蓮見は優しく拭ってくれた。
「ずっと…成り行きで婚約することになったことを気にしていた。女性はこういうことはちゃんと言った方が嬉しいんじゃないかって。それに…指輪も贈ってなかったし」
「……っ」
蓮見の言葉全部が、とても嬉しい。
嬉しすぎて、気持ちがごちゃごちゃになって、上手く言葉にならない。
なにか言わなくちゃ、お礼を言わなくちゃと思うのに、喉が熱くて言葉にならなくて、そんな自分がひどくもどかしい。
「それで凛花……返事は?」
必死に言葉を探す私に、蓮見がわかりやすい言葉を返せるように導いてくれた。
声がかすれないように必死に返事をした。
「とても…嬉しいです…よろしくお願いします」
なんとか笑顔を作って指輪を受け取った私に、蓮見はほっとした顔をして「リベンジ成功だな」と呟く。
そして指輪を私の左手の薬指にはめてくれた。指輪はジャストサイズだった。さすが蓮見。ぬかりない。
「これで…君が俺のものだってみんなに知らしめることができる」
私が指輪をじっと眺めていると、蓮見が邪悪な笑みを浮かべてそう言った。
……うん、きっと気のせいだ。そう思う事にしよう、私のために。
「まだ結婚は先になるけど…もう離さないから、覚悟して」
「そんな覚悟、もうとっくに出来てます」
蓮見と気持ちを通じ合わせた、あの卒業式から、ずっと。
蓮見視点Verも後日更新予定です。
書籍版発売まで週2で更新するという目標を実行中です。
あと二週間、お付き合いくださいませ!




