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ひとりになりたい、そんなとき

高3の二学期期末テスト前くらいの話です。

飛鳥視点。


 高校生活最後の文化祭も終わり、生徒会活動から解放されて迎えたテスト週間に、勉強をしようと図書室を訪れた。

 学園内になる図書室にはあまり人が立ち寄らず、とても静かで落ち着いて勉強ができる場所で、俺はテスト週間になるたびに図書室へ足を運んで自主勉強に励んでいる。

 図書室へ入ると、いつも通りに人が少なく、もはや指定席となっている定番の席に座ろうとし、先客がいることに気付く。

 その人物が意外な人物で、俺は驚いた。


「……水無瀬?」


 声を掛けると、彼女はペンを走らせていた手を止め、先ほどまで真剣な表情をしてノートに向かい合っていた顔をあげ、俺を見ると少し驚いたように一度大きく瞬きをした。しかし次の瞬間にはにこり、と微笑む。


「あら、飛鳥くん。あなたも勉強をしに来たの?」

「そうだが」

「奇遇ね。私もよ」


 前の席に座ってもいいか、と問いかけると水無瀬は笑顔のままどうぞ、と答える。俺はその言葉に甘えて水無瀬の前の席に腰を下ろした。


「…しかし、君が一人でいるとは、珍しいな」


 いつも人に囲まれているイメージのある彼女が一人で勉強をしていることが意外に感じてぽつりと呟くと、水無瀬は心外そうな顔をした。


「私だって一人でいたくなる時があるのよ」


 誰だってそうでしょう?と同意を求めるように水無瀬が言う。

 実際、俺も一人になりたい時があるのでそれに頷く。


「それに、たまには一人で勉強をするのもいいかと思って。凛花と一緒に勉強するのもいいのだけど、ついつい凛花に甘えてしまうの。それではよくないでしょう?」

「確かに。神楽木は勉強だけはできるからな」


 「勉強だけは」と力を込めて言うと、水無瀬はくすくすと笑って「酷いわ、飛鳥くん」という。酷いというだけで否定をしないあたり、恐らく水無瀬も俺と似たりよったりなことを思っているのだろう。


「凛花はね、教えるのがとても上手なの。すっごく丁寧に教えてくれるから、いつもとても助かっているわ」

「ああ……確かに。神楽木は人を教えるのに向いているな。俺も一度だけ教えて貰ったことがある」


 神楽木はなんだかんだ言ってお人好しだ。一度教えて欲しいと頼めば、自分の勉強を放って置いても教えてくれる。それがとてもわかりやすく、懇切丁寧に教えてくれるため、とても身になる。

 案外、彼女は教員に向いているのかもしれない、と思う。ただ、普段の彼女の様子から見るに、生徒に馬鹿にされそうだとも思うが。


「話しは変わるけれど、飛鳥くんも勉強をするのね」

「は?当たり前だろう。勉強は学生の本分だ」

「いえ、そうではなくて。飛鳥くんも昴や奏祐たちと同じタイプなのかと思っていたの」

「ああ…なるほど」


 東條や蓮見は世の人が思う受験生のような勉強はしていない。彼らはあまり勉強しなくてもそれなりに出来てしまうタイプ──いわゆる、天才型なのだ。

 恐らくは神楽木もそうなのだと思う。ただ、神楽木には『打倒蓮見』という目標があるため、俺たちと変わらないくらい勉強をしている。それでも神楽木は蓮見に敵わないのだから、蓮見はすごい。

 まあ、恐らく蓮見は人の見てないところで勉強しているのだと思う。彼は切羽詰まった姿を人に見られたくないようだ。


 俺はといえば、彼らとはタイプが違う。

 勉強はやらなければどんどんできなくなっていくし、今の成績を保つのに必死だ。だから、たまに余裕な様子の蓮見が羨ましく思う。


「俺は勉強はやった分しかできないんだ」

「まあ、そうなの……少し意外ね。でも、私も同じだわ」

「水無瀬も……か?」

「ええ、そうよ。これでも必死に勉強しているの。それを態度に出さないように頑張っているだけ。私もやった分しか成果が出ないから」


 お揃いね、と微笑む水無瀬になんと答えたらいいのかわからず、戸惑う。

 こんなところを東條に見られたらきっと大変な目に遭うだろうな、と思い何気なく横を見ると、こちらをじっと見ている人影に気付き、俺は固まった。


「……ずるい、ずるいですわ飛鳥くん……一人で抜け駆けして美咲と勉強だなんて……!」

「見損なったよ、飛鳥君……僕は君を信じていたのに」


 恨みがましい視線で俺を見つめる二組の瞳に、まずい、と俺は焦った。

 これはあとでネチネチネチネチと言われる。それは勘弁してもらいたい。あれは精神的なダメージが大きく、身体的にもぐったりするのだ。


「あら、凛花と昴。二人そろってどうしたの?」


 俺が焦っていると、二人に気付いた水無瀬が不思議そうな顔をして二人に声をかけた。


「たまたま偶然東條様と図書室の前で会ったの!」

「そう、たまたまね。偶然って怖いよね」


 たまたま、偶然、と強調して言う二人に俺は胡乱げな視線を送る。

 絶対偶然なんかじゃないな、と。


「まあ、そうなの。そういうこともあるのね。でも、どうして二人とも図書室に?……あ、二人も勉強を?」

「そうなのです!たまには図書室で勉強するのもいいなぁと思って!」

「僕も神楽木さんと同じで」


 ……嘘くさい。


 そう思うのは俺だけなのだろうか?

 水無瀬はそうなの、と頷いているが、本当にそれで納得していいのか?

 そう視線を送ると、水無瀬はにっこりと笑みを返した。

 ……どうやら水無瀬も嘘だとはわかっているようである。わかっていた上で納得したふりをしているのだ。きっとあとで東條あたりを問い詰める気なのだろう。


「じゃあ、一緒に勉強しましょう?」


 そんな事など微塵も感じさせない笑顔で水無瀬がそう提案をすると、神楽木と東條は顔を輝かせた。


「はい、喜んでー!」

「せっかくだし、そうさせて貰おうかな」


 さっきの恨みがましい視線はどこへやら、ご機嫌な様子で席に着いた二人に俺は呆れる。

 なんて現金な二人だろう。その切り替えの早さに呆れを通り越して感心すら覚える。


 その後、水無瀬の隣の席を確保した神楽木がドヤ顔で東條を見つめ、東條が悔しそうな顔をして神楽木を見たり、はたまた水無瀬がわからないところを東條がわかりやすく説明して水無瀬に感謝され、神楽木に憤怒の形相で東條を見つめたりと、当初の予定とは違って賑やかな勉強の時間となった。

 だが、勉強が捗ったとは言い難いがその時間はとても楽しく、たまにはこんなふうに勉強をするのも悪くない、と思った。



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