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真夏に見た夢は

リクエストを頂いた、ホラー風味な話です。

時期的には高3の夏頃の話です。

※若干逆ハーレムっぽいです。苦手な方はご注意を。


 太陽の光がさんさんと降り注ぎ、夏の到来を告げた。

 外に出れば溶けちゃうんじゃないかっていうくらい日差しが強く、暑い。

 梅雨も明けて快晴の日が続いている。


 その日も朝から呻るほど暑く、冷房なしでは生きていけないと心から思いながら自分の部屋を出て、食事をとるリビングへ向かっていつものように歩いていた。

 その途中で制服にしっかりと身を包んだ弟と出くわし、私はいつものようににっこりと笑って「おはよう、悠斗」と挨拶をする。

 弟もいつもと同じように「おはよう、姉さん」と挨拶を返し、私たちは二人一緒にリビングに向かう。


 ……うん、挨拶するまではいつもと変わらなかったんだけど……。


「ゆ、悠斗くん……?」

「なに?」


 少し戸惑って弟の名を呼んだ私を見て、弟は不思議そうに首を傾げた。

 いつもながら、弟が可愛い。うん、私の弟は世界一可愛いよ!知ってた!

 そう、可愛いんだよ。可愛いんだけどさぁ……。


「な、なんか今日は近いような気がするんですけど……」


 弟と私の距離間は拳一つ分もないくらい、近い。

 いつもはもう少し距離を離して歩いていたはずだ。うちは冷房完備で全然暑くないけど、夏にこの距離感はちょっとおかしいような気がする。寒い時なら私が弟にすり寄って暖をとるんだけど。

 しかし、弟はきょとんとした顔をして「そう?いつも通りだろ」と言う。

 あれ?いつもこんな近かった?私の気のせいなのかな?

 疑問に思いながらも弟がそう言うのならきっとそうなんだろうと思い直した。

 きっと私の気のせい。暑いからちょっと距離感がわからなくなったんだ。きっとそうだ。


 それからはいつも通り家族そろって朝食を食べ、特に朝の用事もなかった私と弟は揃って車に乗り込んだ。

 いつも通りにお喋りして、弟に癒される。

 いつもと変わらない風景。そう、これはいつもと変わらない風景なんだ。なんだか弟との距離がすごく近いような気がするけど、きっとそれは私の気のせい。そうに違いない。


 そう自分に言い聞かせているうちに学校へ着き、弟と揃って歩く。

 車から一歩降りればむわっとした暑さが襲ってくる。ああ、早く空調が完備された学園内に入りたい……!

 そう切実に願いながら歩いていると、突然ぐいっと手を引かれた。

 な、なんだ!?


「おはよう、神楽木さん。今日も可愛いね」

「ほぉわっ!?」


 その挨拶と共に軽く抱きしめられ、私は暑いやら驚いたやら恥ずかしいやらで、変な奇声を発してしまう。

 そして恐々と私の奇声の原因となった人物を見ると、そこには輝く太陽のような笑顔を浮かべたヘタレがいた。


「可愛らしい悲鳴だね。君らしい」


 くすりと笑い、熱のこもった目で私を見るヘタレ。

 え?なに?いったいどうしちゃったの?だって、ヘタレは美咲様のことが……。


「昴、彼女が困っている」


 涼やかな声に私はほっとする。

 ああ、助かった……とホッとして声の主を見て、私は再びギョッとした。


「は、蓮見様……?」

「なに?」


 にっこりと私に笑いかける蓮見なんて蓮見じゃない。こんなの蓮見じゃない。蓮見はいつだって私に対して意地悪なのだ。嫌味な言葉に馬鹿にした態度。それがおまえだろう蓮見奏祐!その目はなんだ!そんな愛おしそうな目で私を見るだなんて、そんなの私の知る蓮見じゃない!


 ああ、きっとこれは悪い夢だ。

 そうに違いない。こんなの現実じゃない。夢なら早く覚めてよ。いつもの日常に私を戻して!


「……君たち、何をしているんだ?」


 聞き覚えのある落ち着いた声に、私は心から安堵する。

 そしてその声の人物を振り返ると、そこには怪訝な顔をしている飛鳥の姿があった。

 飛鳥は私を見てもいつも通りだった。その態度に、心からほっとする。


「飛鳥くん!」

「どうした、神楽木。言っておくが、お菓子の持ち込みは……」

「何の話ですか!?」


 なぜいきなりお菓子の持ち込みなんて言葉が出るんだ。というか飛鳥は私をなんだと思っているの!?


「飛鳥くん、飛鳥くん……なんだか皆の様子がおかしい気がするのですけれど……」

「皆の態度がおかしい?」


 はて、と飛鳥は首を傾げ、ヘタレと蓮見、そして弟をじっと見つめた。


「……君たち、神楽木が戸惑っているようだが、何かしたのか?」

「まさか。僕は何もしてないよ。いつも通り挨拶をしただけ」

「俺も特には何もしていない」

「オレも」


 三人揃って不思議そうな顔をしている。

 え……私がおかしいの?これがいつもの光景だった?


「三人はそう言っているが……」

「で、でも!いつもと違うのです……いつも、こんな……」


 言っていくうちに自信が段々となくなり、私の声がしぼんでいく。

 私がおかしいの?それとも、私がいつも通りだと思っている方が夢だった?


「……君は本当に…放っておけないな」


 え、と顔をあげると、困った顔をする飛鳥の顔がそこにはあった。

 だけどその目が、なんだか……。


「どこかに閉じ込めてしまいたい。……きっと彼らもそう思っているだろう」

「な、なにを言っておりますの、飛鳥くん……」


 じりじりと飛鳥から後退していく。

 暑さとはまた別の、嫌な汗が体中を伝う。

 やだ。なにこれ。こんなの私知らない、知らない……!


 助けを求めるように周りを見回しても、ただ私たちを遠巻きに見守る人たちばかりで、誰も私を助けようとはしてくれない。

 誰か助けて……!そう願った時、私は美咲様の姿を見つけた。

 美咲様ならきっと助けてくれる。

 そう思って、美咲様に助けを求めようと声を出そうとした。


 ───だけど、出来なかった。


 だって、美咲様が見た事もないくらい冷たい目で、私を睨んでいたから。

 そんな目で美咲様に見られたことなんて一度もない。

 どうして。いったい、なぜ。

 そんな疑問がぐるぐると私の中を渦巻く。

 私、いったいどうしたらいいの。誰でもいい。誰でもいいから私を助けて……!


 そんな私の願いは届かず、私は四人に囲まれた。

 そして代表するように蓮見の手が私に伸び、私の顔に触れた。


 そして、人形のように冷たくにこり、と笑って言った。


「捕まえた──」


 もう逃がさない、と蓮見が私の耳元で囁いた───
























「いやあああああああ!!!!」


 がばっと飛び起きると、そこは見慣れた私の部屋で。

 私はドクンドクンと飛び跳ねる心臓を押さえた。

 嫌な汗で全身びしょぬれだ。シャワー浴びたい……。

 そう思って時計を見ると、いつも起きる時間よりだいぶ早い時間だった。

 よかった、これならシャワーを浴びる時間がある。

 そう思って私は着替えを持って部屋を抜け出し、浴室へ向かいシャワーを浴びる。

 汗を流したら気分も少しだけ良くなって、心臓もだいぶ落ち着いてきた。


 それにしても嫌な夢だった。

 なんかみんなヤンデレみたくなっていて、恐かった。

 夢で良かった。あんなのが現実だったらと思うと……ぞっとする。


 すっきりとして浴室を出ると、弟とばったりと出くわした。

 弟の顔に私は先ほど見た夢を思い出し、思わず身構えてしまう。


「……おはよ、姉さん……今日は……早起き、だね……」


 あくびを噛み殺しながら挨拶をした弟は、いつも通りの距離を保ち、必要以上に私に近づいてこなかった。

 そのことに私はホッとする。あれはやっぱり夢だったんだ。


「おはよう、悠斗。ちょっと嫌な夢を見て……いつもより早く目が覚めちゃったの」

「へえ……それは、たいへん、だったね……」

「……悠斗くん。顔を洗ってきた方がいいのではないかしら?」

「ん……オレも、そう、思うよ……かお、洗ってくる……」


 呂律が若干回っていない弟を良く見れば、髪には寝癖がついていた。ちょっと寝ぼけているのかもしれない。

 ふらふらと危ない足取りで洗面所に向かう弟の後ろを見送りながら、私は自分の支度を整えるために部屋に戻った。

 そして支度を終えてリビングに行くと、弟は完全に目が覚めたようで、「朝食できてるよ、姉さん」といつも通りの口調で声を掛けた来た。

 ……寝ぼけた弟、ちょっとかわいかったのになー。残念。


 朝ごはんを食べ終わり、弟と一緒に車に乗って学校へ向かう。

 車の中でも弟の距離はいつも通りで、私は心からほっとした。

 うん、やっぱりあれは夢だったんだ。


 車から降りて弟と一緒に歩いていると、ぐいっと手を引かれた。

 え……そんな、まさか……?


「おはよう、神楽木さん。いつにも増して間抜けた顔してるけど、どうしたの?」


 にっこりと爽やか笑顔を浮かべたヘタレがそこに立っていた。

 ヘタレは私の手を引いただけで、それ以上は何もしてこず、私はほっとすると同時に、ヘタレの失礼な台詞に腹を立てた。


「……おはようございます、東條様。レディに対してその態度、如何な物かと思うのですけれど」

「あはは、ごめんね?忘れてた」


 ……それって、私がレディだってことを忘れてたという意味でしょうか?

 それともレディに対して失礼な態度を取ってはならないという紳士の掟を忘れていたということでしょうか?

 恐らく前者だろうな。ちくしょう、ヘタレめ。


「……なにしてんの」


 呆れた声に振り向くと、そこには声音通りに呆れた顔をしている蓮見が立っていた。

 蓮見は私に目を向けると、「君、なにかしたの?」と疑わしそうな顔をして言ってきた。むっ!失礼な!!


「なにもしておりません!」

「……ふーん、そう」


 一応引き下がったものの、蓮見は未だに疑わしそうな顔をしている。

 どんだけ信用ないの、私。そんなに騒ぎ起こしているつもりないんですけど?

 ぎゃあぎゃあと蓮見に文句を言って、蓮見はそれをスルーする、といういつものやり取りに、やっぱりあれは夢だったのだと確信が持てた。

 これがいつもの私たちのやり取り。あんな距離が近くて怖い雰囲気なんて、一切ない。


「……また君たちか。朝から騒ぐな」


 頭の痛そうな顔をして飛鳥が注意をする。

 これもいつもの光景で、私は反省した風を装いながら、この日常が幸せだなあ、と思った。ヤンデレとかお呼びではないよ。それに、あんな逆ハーレムみたいな状態になるのもごめんだ。

 それに、美咲様にあんな冷たい目で見られたら、私生きていけないよ!


「ふふ、みんなとっても楽しそうね」


 可憐な笑みを浮かべて私たちの会話に加わってきた美咲様に、私は犬のごとく見えない尻尾を振って美咲様にすり寄る。

 そんな私に美咲様は素敵な笑顔で挨拶をしてくださり、私は幸せいっぱいだ。

 ああ、美咲様と仲良くなれて、本当に幸せ!

 私がデレデレとした笑みを浮かべて美咲様と話していると、不意に腕を引っ張られた。

 なんだ、と思って後ろを振り返ると、そこにはいささか不機嫌そうな蓮見の顔が。

 ん?いったいなんで?


「その顔、禁止」

「はい?」


 その顔ってどの顔?


「俺たちの前だけならいいけど、人目のある場所ではそんな顔しないでくれない?すごく不愉快な視線が集まるから」

「はあ……」


 ……よく意味がわからないけど、聞き返すと余計に不機嫌になりそうだから頷いておこう。

 訳がわからないながらもわかりましたと答えると、蓮見は深いため息をついた。

 ……だから、いったいなんなのさ。


「本当に……君をどこかに閉じ込めてしまいたくなる」

「……え?」

「そうすれば、こんな気持ちにならなくて済むのに」

「……えっと、蓮見様?」

「今からでも、どこかに君を閉じ込めてしまおうか」


 そう言ってじっと私を見つめる蓮見の目は無機質で。

 私はあの夢で蓮見に捕まった瞬間を思い出し、震えそうになった。


「───なんて、ね。冗談だよ、本気にした?」


 蓮見は私の腕をパッと離し、意地悪そうに笑う。

 ……なんだ、冗談か。

 もう、変な夢を見たあとにそんなことしないでほしい!

 蓮見が私の見た夢の内容を知るはずがないと知りつつも、そんな八つ当たりめいたことを思い、私はギロっと蓮見を睨んだ。

 蓮見はそんな私の視線にも涼しげな顔のままで、本当に腹が立つったら!

 むかついた私は蓮見を放って、美咲様と共に校舎の中に入っていく。

 本当に蓮見は嫌な奴!



***



「奏祐、今の結構本気だったでしょ?」


 呆れた顔をして言った昴に俺は素知らぬ顔で「なんのこと?」と惚けてみせる。

 ちらりと横を見れば、悠斗も飛鳥も呆れたような、警戒しているような、複雑な表情を浮かべて俺を見ていたが、それも気付かないふりをしておいた。


 さっきの台詞は、半分くらい本気だった。

 なんの計画もなく無邪気に無防備な笑顔を浮かべる彼女をどこかに隠してしまいたい、と思ったことは本当だ。

 だけど、そんなことをしたら彼女は彼女でなくなることもわかっている。それに彼女は明らかに怯えていた。思っていてもできるわけがない。

 だから冗談で本音を隠すのだ。

 俺は彼女を怯えさせて服従させたいのではなく、彼女の心が欲しいのだから。



ヤンデレってこんな感じでいいのでしょうか…?

楽しんで頂けたら幸いです。

リクエストありがとうございました!

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