王子の心配事
書籍発売1ヵ月前ということで、久しぶりの更新です!
高2の夏休み明けくらいのお話です。
私が昼休みに例のごとく蓮見からお菓子を貰い、ほくほくとした顔で中庭から出ようとしたところで、それを見つけた。
「はぁ……」
いつものキラキラスマイルではなく、どんよりと暗い顔をしてため息をつくそれに、私はスルーをしようとそっと視線を外そうとした。
が、それも遅く、ばっちりと目が合ってしまった。
「げ……」
「…やあ、神楽木さん」
にっこりと笑っても、いつものキラキラは出ていない。いったいどうしちゃったの。
ただ事じゃない彼の様子に、私はため息を堪えて、彼に構ってあげることにした。
「東條様、ごきげんよう。こんなところで、どうされましたの?」
社交辞令100%の台詞と作り笑いを浮かべて言った私に、彼──ヘタレ王子こと、東條昴は深刻な表情をして私を見つめた。
「君を待っていたんだ」
「私を、ですか……?」
嫌な予感しかない。
面倒なことになりそうな予感がバンバンとし、私はちょうどこちらに向かって歩いてきた人物を巻き込むことを決めた。
「ちょっと放課後、付き合ってほしいんだけど、いいかな」
「ちょうど今日は生徒会活動もお休みですし、いいですわ。ね、蓮見様?」
「……は?」
私と時間差で出て来た蓮見の腕をがっちりと掴み、私はにっこりと微笑んだ。
蓮見は眉間に皺を寄せ、私とヘタレを交互に見た。
「……なんの話?」
「東條様が放課後に付き合ってほしい場所があるのですって」
「へえ」
心底どうでもよさそうに蓮見は答える。
「一人で行けばいいんじゃない」
「一人で行けないから誘っているんだよ……」
情けない顔をして言ったヘタレに、蓮見はこれ見よがしにため息をついた。
うんうん、私も君と同じ気持ちだよ、蓮見。
本当にヘタレすぎるよ、このヘタレ王子め!
「頼むよ~」と情けない声でヘタレは蓮見に縋り付く。蓮見はものすごく嫌そうな顔をして「離れろ」とヘタレを振りほどく。
親友同士のじゃれ合いに仲良いなぁと思いながら、これは私逃げられるんじゃないかと思いつき、逃げるタイミングを見計らう。
ちなみにここは人目のつきやすい場所です。
学園の王子さま(注:ヘタレ)とその親友のじゃれ合いを見てしまったとある女子生徒が、キャアアアと悲鳴をあげて倒れそうになったのをその友人に支えられる、という現象が一部で発生してしまったのは、致し方ないことだと思う。
「ふふ、仲がよろしいことで。では私はお邪魔しないうちに失礼致しますね」
ごきげんよう、と逃げようとした私の両肩にガシッと勢いよく何かが乗った。
……どうやら都合よく逃げることはできないようだ。あは。
「……逃げる気?」
「もちろん、神楽木さんも付き合ってくれるよね?」
右肩に蓮見の手、左肩にヘタレの手が乗っている。
恐る恐る二人の顔を交互に見ると、蓮見は「俺を巻き込んでおいて自分だけ逃げるな」とその目で私に語り、ヘタレはにっこりと迫力のある笑みを浮かべていた。
「も、もちろんお付き合い致しますわ、おほほほ……」
誤魔化し笑いをしつつ、私は内心でがっくりと肩を落とした。
もっと早く逃げれば良かった……私のバカ!
かくして、私は放課後、迎えに来た王子と逃げないように私を監視していた蓮見の二人に連行されるように挟まれて歩く羽目に陥った。
目立つよぉ!勘弁して……。
ヘタレに案内されてやってきたのは、普通のレストランだった。
庶民がたまに奮発してくるようなレストランである。お値段もちょっと高めだけど、手が出せないほどではないくらいに設定されている。
そんなレストランで、私と蓮見はヘタレと向かい合って座っていた。
「で、俺たちをここに連れて来た理由は?」
「それは……」
ヘタレが口を開きかけた時、いらっしゃいませ、という店員さんの声が聞こえた。
そちらの方を見ていると、なんと美咲様の姿が!
そして美咲様の隣には見知らぬ男性の姿もあり、二人はなんだかよい雰囲気。男性の顔はよく見えなかったけど、恐らくはイケメンだ。だって、常に美咲様の隣に立っているのはヘタレと蓮見なのだ。そんな二人と常に一緒にいる美咲様の隣に並べるのはやはりイケメンしかありえない。あ、これは私の意見ですけどね?
美咲様の隣に立つということは、ヘタレと蓮見と比べられる覚悟があるってことだ。それって相当自分に自信がないと無理だと思うんだよね。
美咲様はとてもモテる。なのにあまり声を掛けられないのは、ヘタレと蓮見という幼馴染みの存在があるからだと思う。
それでもまあ、自分に大層自身の持った方もいらっしゃるので、まったくお声が掛からない、というわけではない。それ以外にも玉砕覚悟で挑む勇者もいるし。
そこまで考えて、私はヘタレが私たちを誘った理由を察した。
つまり、美咲様のデートを一人で見る勇気がないから、私たちに付き合って貰ったと。恐らくはそういうことなんだろう。
……なんて、はた迷惑な!勇気がないなら見ようとするな、このヘタレめ!
私がチラリと横に座る蓮見を見ると、蓮見は呆れたような顔をしていた。
「……なるほど、ね。美咲の隣にいた人は確か、美咲の婚約者候補の一人だったな」
「美咲さんの、婚約者候補?」
美咲様の婚約者候補ってヘタレでしょ?それ以外にもいるの?
「……僕はあくまで、母親同士の口約束の許嫁。まだ結納もしていないし、なんの拘束力もない。僕や奏祐もそうだけど、様々な家のしがらみがあって、美咲や僕たちには婚約者候補というのは何人もいる。彼はそのうちの一人で、とりわけ美咲と仲が良く、有力な婚約者候補なんだ」
「まあ、そうでしたの」
婚約者候補、と言って思い出すのは綺麗な黒髪をしっかりと巻いていたあの子だった。
蓮見ととても仲のよさそうだったあの子。あの子の事を思い出すとちょっと胸が痛む。
だけどそれは無視し、もう一度ヘタレの言った台詞を反復し、三人とも大変なんだなあ、と考えたところで、ん?となった。
美咲様と、仲が良い、有力な、婚約者候補?
え、それってヘタレまずいんじゃないの?
そう思って蓮見を見ると、蓮見も神妙な顔をして頷いた。
「彼は俺たちより年上だし、美咲も彼のことを好いている。そのうえ、彼は男の俺から見ても格好良いと思う人だ」
うわあ、ますまますヘタレやばいじゃないか。
年上ってことは包容力もヘタレよりはあるだろうし、なりより蓮見が格好いいと認めている人だ。ヘタレにとって、手ごわい強敵であることは間違いない。
「……美咲はよく彼と食事に行くみたいなんだ。それを美咲も楽しみにしているようで、いてもたってもいられなくて……」
しょんぼりと落ち込んだようにヘタレは「巻き込んでごめん」と謝った。
ヘタレが素直に謝るとは……相当追い込まれてるな?
横の蓮見を見れば、彼も困った顔をしていた。
落ち込んでいるヘタレに、どうしたものかなぁ、と悩んでいるうちに美咲様たちはお会計を済ませていた。
二人ともとっても楽しそう。これは本当にヘタレのピンチかもしれない。
そんな二人の様子を見て、ヘタレはさらに落ち込んだ。
そんなに落ち込むなら見に来なければいいのに……と思うけど、やっぱり気になっちゃうんだろうなあ。
落ち込むヘタレに私と蓮見は二人そろって慰め、私たちもお会計を済ませて店を出ると───
「ごきんげんよう、三人とも。こんなところで、奇遇ね?」
にっこりと美しい笑みを浮かべている美咲様の姿が、あった。
……やばい。こういう笑みを浮かべている時の美咲様って大抵怒っているんだよ。
どうしよう、なんて言おう!?
私、美咲様に嫌われたくない……!せっかく仲良くなれたんだもの!
あわあわとしている私と、青ざめているヘタレを見て蓮見はため息をつきながら、「本当にね」と美咲様に返事をした。
「私をのけ者にするなんて、酷いわ」
「仕方ないだろ。美咲は用事があったんだから」
「あら。なぜ私に用があったと奏祐は知っているのかしら?私、あなたに今日の予定を言った覚えはないのだけれど」
「そうだね。美咲からは聞いてない」
「じゃあ誰から聞いたのかしら?」
にこにことお互いに微笑み合いながら話す蓮見と美咲様。
傍から見れば仲が良さそうなんだけど……私には二人の背景にブリザードが見える。
きっと幻覚だな。うん、そうだ。だって二人は幼馴染みで、仲良しだもの。
そんな、腹の探り合いなんて、しないはず。……うん、はず。
ああ、でも、にこにこ、と笑いながら会話をする二人はやっぱりこわい。
ああ、神様……なぜ私がこんな目に。私は無理やりヘタレに連れてこられただけだというのに……まさに巻き込まれ事故。だから来たくなかったんだ!
「誰からでもいいだろ」
「まあ、私に言えないような人から聞いたということ?」
「……まあ、そんなところ。その人はね、美咲が彼と仲良くしているのが気に入らないみたいなんだ。それで俺たちに様子を見てきて欲しいって頼んできたというわけ」
蓮見はヘタレのことを庇ってあげている。さすが親友だね。
美咲様は蓮見の説明に、その美しい顔を顰めた。
「その人物が誰なのかわからないけれど……なぜ凛花さんまで一緒なの」
「俺が一緒にいたかったから。……で、納得してくんない」
「……わかったわ。それで納得してあげる」
本当には納得していないようだけれど、美咲様はそれで引き下がった。
そして私を見て、いつもの笑みを浮かべた。
「ごめんなさいね、凛花さん。昴と奏祐に無理やり連れて来られたんでしょう?」
「あ……いえ、そんな……ご飯もご馳走して頂きましたし……」
そう、なんとヘタレはお詫びに、と奢ってくれたのだ!
とても美味しい煮込みハンバーグでした。また食べにこようと秘かに誓った。
「……それにしても、そんな心配なんて必要ないのに。彼とは、なんでもないのよ」
「随分親しそうだったけど」
「それはそうよ。だって小さい頃からよく遊んで貰っていたのだもの。彼は私にとってとてもよいお兄様なの。それにね、彼、もうすぐ結婚するのですって」
「えっ」
結婚、の言葉に蓮見や私より先に反応したのは、今までしおらしくしていたヘタレだった。
「あら、昴も知らなかったの?あなたのハトコとご結婚なさるそうよ」
「僕の、ハトコ……」
ヘタレは眉間に皺を寄せ、考え込んでいる。
恐らくハトコの顔を思い出しているんだろう。ハトコなんていっぱいいるだろうしね。
「プロポーズするまでに色々と相談されていて、そのお礼と報告を兼ねて今日はご飯に誘って頂いたの。お兄様が好きな方と結ばれて本当に良かったわ」
心から嬉しそうに言う美咲様に、ヘタレはほっとした顔をした。
どうやらヘタレの心配は杞憂だったようだ。
うんうん、良かったね、ヘタレ。
「それは、喜ばしいことだね。僕からもお祝いをしなくちゃ」
「ええ、是非そうしてあげて。きっと喜ばれるわ」
さっきまでの落ち込みぶりはどこへやら、にこにこといつもの調子を取り戻したヘタレを、私と蓮見は思わずジト目で見てしまう。
まあ、だけど良かったな。これで私の心配事も減った。
私はヘタレと美咲様にくっついて貰いたいのだ。まあ、美咲様が幸せになれるなら相手は誰だって今はいいんだけど、ヘタレと美咲様がくっつくのが昔からの私の夢だから。どうせならヘタレには頑張って貰って、私の夢を叶えてほしい。
楽しそうに会話を交わす二人を微笑えましく蓮見と二人で見守り、ふと蓮見と目が合う。
そして私はにこっと笑う。
「……私と一緒に居たかったのですか?」
初耳ですわ、とからかい混じりに言うと、蓮見は顔を顰めた。
な、なんだよ……なんで顔を顰めるんだ。そこは照れるとこじゃないの?
はあ、と蓮見が大きなため息をつく。
「言わないと、わからないわけ」
「はい?」
なんの話だ。蓮見よ、私にはさっぱり話の繋がりがわからないぞ。
「俺が何のために生徒会に入ったと思っているの」
「え?それは……」
んん?そういえば、なんでだろう?
蓮見の性格上、生徒会なんて面倒くさいと思いそうなものなのに。教師に泣きつかれたって蓮見ならばっさり断りそうだし。
今まで特に気にせずにいたけれど、改めて考えると謎だ。
首を傾げて考え始めた私に、再び蓮見は大きなため息を吐いた。
「……本当に君って鈍いな」
「な、なんですって……!?」
鈍い…鈍いとな!?それは今の私にとって禁句だぞ!
なにせ、今の私の目標は『脱・鈍感』なのだから!
反論をしようと私が口を再び開く前に、蓮見が早口で言った。
「君と一緒に居たかったから」
「…………え?」
「まあ、入った当初は無自覚だったけど。俺は少しでも君と一緒に居たかったから、生徒会に入ることにしたんだ」
「……え、えっと……その……」
面と向かってそう言われると、なんて返したらいいのかわからなくて困る。
段々と顔が赤くなっていくのがわかる。
「だから、君と少しでも一緒に居られるのなら、昴の我儘にだって付き合うよ」
「わかった?」と耳元で甘く囁く蓮見に、私は真っ赤な顔になって、壊れた人形みたいにコクコクと頷いた。
*オチはどこか旅行にいった模様です。
活動報告にして、書影を公開しております!
よろしかったらぜひご覧くださいませ!
また、発売1ヵ月前ということで、リクエストを承っております。
活動報告のコメント、感想、拍手どこからでも受け付けております。
なんでもお気軽にどうぞ!このキャラの話が読みたい!というだけでもOKです。




