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彼女と僕と彼の放課後

高2の二学期の中間テスト前くらいの話。

昴視点です。


「神楽木さん、ちょっといいかな」

「よくありませんのでごきげんよう、東條様」


 さっと身を翻し僕から逃げようとする彼女の肩をガシッと掴み、にっこりと笑みを浮かべる。彼女は笑みを引き攣らせて僕を見た。嫌々だというのがありありとわかる雰囲気を漂わせて。


「……なんですか。なにか私に用がありまして?」

「用がなければ呼び止めたりしないよ?」

「左様ですか。その用件とはいったいなんでしょう」


 面倒くさい、というのが丸わかりな態度で僕に接する彼女がとても新鮮に感じる。自惚れと思われるかもしれないけど、僕にこんな態度で接する令嬢はいない。

 きっと彼女のこういうところが奏祐は気に入ったんだろうな、と思う。かくいう僕も、彼女のことを気に入っている。なにせ少し前まで彼女に恋をしていたくらいなのだから。

 彼女に惹かれ、彼女の気を引こうとしていた少し前の自分が懐かしく感じる。

 だけど、あの時以上に今の彼女との関係が心地よく感じているから、きっとこれが僕と彼女の正しい距離感なのだろう。


「ここだと少し話しづらいから、放課後にお茶でも一緒にどうかな。おすすめのスイーツの店があるんだけど」

「スイーツのお店……」


 彼女は甘い物に目がない。

 僕と一緒にお茶するのは嫌だけど、スイーツのお店には行ってみたいと悩んでいるのだろう。

 眉間に皺を寄せて真剣に悩んでいる様子は、彼女の可愛らしい見た目に反していて、実に面白い。



「東條様……ご存じですか?今はテスト週間ですのよ」

「うん?知ってるけど?」

「今は学業に専念すべき期間なのです。そんな期間に帰りに寄り道などいかがなものかと思うのですけれど」


 もっともらしいことを真剣な顔で言う彼女は、どうやらスイーツを諦めたらしい。……いや、スイーツのお店はあとで僕から聞き出してこっそり行こうと思っているのかもしれない。彼女ならそう考えていたとしても不思議ではない。


「確かに、神楽木さんの言う通り。でも、息抜きも必要だよ?特に糖分は頭の働きを良くしてくれるから、ちょうどいいと思わない?」

「そ、それはそうかもしれませんが……」


 どう断ろうかと考えあぐねている彼女に、僕はにっこりと今日一番の笑顔を浮かべて告げる。


「はい、決まり。放課後に誘いに行くから、逃げないでね?」

「うっ……わ、わかりました……」


 渋々と頷いた彼女に僕はもう1度念を押し、自分の教室へと戻っていった。




 放課後、早速彼女を迎えに行くために教室を出たところで、飛鳥君にばったりと出くわした。


「東條、今帰りか?」

「うん、そうだよ。飛鳥君も?」

「いや、俺はこれから図書室に行こうと思ってな」

「へえ……勉強するの?」

「ああ。学業は俺たちの本分だからな」


 爽やかに笑って言った飛鳥君はまさに生徒会長の鑑だ。いかにも飛鳥君らしいな、と思うのと同時にちょうどいい、とも思った。


「そっか、勉強をするんだね。飛鳥君は偉いね」

「いや、これくらい普通だろう。俺はしっかりと勉強しないとすぐに成績が下がってしまうから」

「え?そうなの?意外だな……」

「俺はやった分だけしか出来ないんだ。これでも苦労しているんだぞ」

「そうなんだ……飛鳥君はなんでもスマートに出来るタイプだとばかり思っていたよ」

「そう思って貰えるのは光栄だが、俺は君や蓮見とは違うんだ」


 苦笑した飛鳥君はハッとしたような顔をして申し訳なさそうな顔をした。


「引き止めてしまったな。すまない、東條。今、帰るところだったんだろう」

「いや、全然構わないよ。あとで飛鳥君のところへ行こうと思っていたしね」

「……俺のところへ?」


 飛鳥君が怪訝そうな顔をして僕を見た。

 僕はそれににっこり、と笑みを浮かべる。


「ねえ、飛鳥君。僕にちょっと付き合わない?」

「……は?」

「飛鳥君は勉強しながらで全然かまわないから。ね、どうかな?」

「……別にいいが……付き合うとは…?」

「本当!?ああ、良かった。じゃあ行こうか」

「どこへ行くんだ……?おい、東條、君はどこへ行こうと……俺の話を聞いているか、東條?」

「聞いてる聞いてる。いいから、行こう」


 不安そうな飛鳥君の背中を押し、僕は逃げようとしていた神楽木さんを回収して、車に乗った。


「……に、逃げれなかった……!」

「ふふ。甘いね、神楽木さん」

「……」


 余裕の笑みを浮かべて言った僕に、彼女はムッとした顔をしたあと、飛鳥くんに目を向けた。


「……ところでどうして飛鳥くんが?」

「俺にもよくわからないんだ」

「まあ。……東條様に無理やり連れて来られたのね。同情しますわ」

「心外だな、神楽木さん。僕はちゃんと飛鳥君の了承を取ったよ?」

「……無理やり取ったのではなくて?」


 神楽木さんのその言葉に僕はにっこりと微笑む。

 それにすべてを察したらしい神楽木さんは心から同情したような顔をして飛鳥君を見て、飛鳥君はそれに苦笑で返した。

 そんなやり取りをしている間に目的地に着き、車から降りると神楽木さんが目をまん丸くしてお店の看板を見ていた。


「こ、ここって……!」

「あれ。神楽木さん、このお店知っていた?」

「知っているも何も、有名店ではありませんか!予約をするのも数か月待ちだと……」

「そうみたいだね。僕はこの店のオーナーとちょっとした知り合いでね、数か月に一度、融通をきかせて貰っているんだ。ここのお店のケーキは食べてもそんなに具合が悪くならないから、何か月かに一度は来るんだよ」

「そうでしたの」

「……ケーキを食べると具合が悪くなるのか……?」


 神楽木さんは理解したように頷いたけど、飛鳥君は僕の台詞に首を傾げた。

 そんな飛鳥君に神楽木さんは僕の体質──甘い物(特にケーキ)を食べると胃もたれがしやすいのだということを説明すると、飛鳥君はそんな体質もあるんだな、と実に興味深そうに頷き、ほんの少し哀れみを含んだ眼差しで僕を見たような気がしたけど、それは気のせいだと思い込むことにした。


 この体質は実に呪わしい。甘い物が好きなのに食べると胃が痛くなり、次の日には必ずもたれ、うどんしか食べられなくなる。これがどれくらい辛いことかわかるだろうか。大好物にアレルギーが出てしまった人の深い悲しみと同じくらい悲しいことなのだ。

 そんな僕の体質を知っているのにも関わらず、奏祐も美咲も僕に構わず甘い物をほいほい食べるのだ。どれくらい恨めしく思っているか、きっと二人は知らない。……いや、知っているからこそ、なのだろうか。僕の我儘に二人を散々巻き込んでいる自覚はあるので、それのささやかな復讐だと思えば……いややっぱり許せない。

 だから数か月に一度ケーキを食べて大騒ぎをするくらい許されるはずだ。なにせ二人は好きなだけ僕の好きな甘い物が食べれるのだから。


 僕は目をきらきらさせている神楽木さんと興味深そうに店を眺めている飛鳥君を連れて店内に入ると、僕の顔を見た店員さんがにっこりと微笑んで席を案内してくれた。


「……顔パス、ですか」

「もう何年も通っているから。店員さんとも顔なじみなんだよ」


 羨ましそうに僕を見つめる彼女ににっこりと微笑みながら、店員さんに続いて席へ行き、僕の隣に飛鳥君が座り、神楽木さんは僕と向かい合わせの席に座って、早速メニューを見出した。

 なんというか……実に彼女らしい。

 飛鳥君はどうしたものか、という顔をしていたので、勉強してくれていいよ、と僕が言うと少し考える表情をして、神楽木さんにメニューを自分にも見せて欲しいと頼んだ。どうやら勉強は後回しにしてくれるようだ。

 二人は真剣にメニューを見て、ああだこうだと言い合っている。同じ生徒会メンバーとして二人の仲はとても良いらしい。

 これは奏祐が嫉妬しそうだな。いや、もうすでにしてるかもしれない。僕は心の中で奏祐にエールを送った。


「決まった?」


 なにを頼むか二人が決まったようなので声を掛けると、二人は同時にこくりと頷いた。この二人、仲が良いを通り越してシンクロしてる。これは奏祐にとってまずいんじゃないか、と内心で僕が焦っていると、二人してお互いに嫌そうな顔をしていた。


「なぜ同じタイミングで頷くんですの、飛鳥くん」

「それは俺の台詞だ、神楽木」

「はっ……もしや飛鳥くん、私のことが好きなのでは……?やめてください迷惑です」

「それは絶対ないから安心してくれ」

「……どういう意味でしょうか?」


 漫才のような二人のやり取りに思わず吹き出すと、二人そろって僕をギロリと睨んできた。こんな風に睨まれることなんて、奏祐や美咲以外にされることなんてないから少し新鮮で、面白い。


「……とりあえず、頼もうか」

「そうですね……東條様のご注文はどうされますの?」

「そういう神楽木さんはなにを頼むの?」

「質問を質問で返すなんて……まあ、いいですわ。私はベイクドチーズケーキを頼もうと思います。ドリンクはレモンティーで」

「なるほど。有名だもんね、ここのチーズケーキ。飛鳥君は?」

「俺は宇治抹茶のロールケーキとコーヒーにしようと思っている」

「へえ。抹茶が好きなの?」

「まあな。うちでもよく使う素材だから、その参考になればと思っている」

「ふーん」


 そういえば、飛鳥君の家は和菓子屋だと言っていたな、と思い出す。

 こういう店に行っても家のことを考えるとは、なんとも飛鳥君らしいなと思う。

 じゃあ、頼もうか、と店員さんを呼ぶと、思い出したかのように神楽木さんが言う。


「……東條様はなにを頼みますの?」

「僕?僕はね……」

「お待たせいたしました。ご注文を伺います」


 答えようとしたところで店員さんがやってきて、神楽木さんと飛鳥君がそれぞれ注文し、最後に僕の番となって二人が僕をじっと見つめた。

 そんな二人に僕はにっこりと微笑み、店員さんを見ると、店員さんもにっこりと微笑んで頷いた。


「東條様は、いつものものでよろしいでしょうか?」

「うん、よろしく頼むよ」

「畏まりました。では、少々お待ちくださいませ」


 店員さんはお辞儀をしたあと、きびきびとした動作で去って行く。

 それを見送ったあと、神楽木さんがポツリと呟いた。


「……本当に常連なのですね。いつものもので通じてしまうなんて……」

「まあね」


 頷くと神楽木さんは恨みがましそうな目で僕を見てきたが、僕はそれに気づかないふりをして、にこにこと笑みを保つ。

 しばらくして諦めたらしい神楽木さんが大きなため息を漏らした。


「それで、私にいったいなんのご用ですの、東條様?」

「ああ、そうそう。美咲のことなんだけど……君たちにアドバイスを貰いたくて」


 僕はそういうと、彼女はやっぱり、という顔をして、飛鳥君は「君…たち?“たち”ってことは俺も入っているのか……?」と小さく呟いていたが、聞こえないふりをした。

 そして僕は注文したものが届くまで、彼女と飛鳥君に美咲のことについて相談をし、注文したものが届いた頃には、二人とも疲れたような顔をしていた。

 いったいなんでだろう?


「……ここまで、ヘタレだったなんて……」

「さすがに想定外だったな……あの東條がな……」


 二人が小さくなにかを言っているが聞こえないふりをした。

 ヘタレがどうとか言っていたが、それはきっと僕のことではない。そう思い込むことにした。


「とても助かったよ、二人とも。さあ、甘い物でも食べよう」


 にっこり笑ってそう言うと、二人は乾いた笑みを浮かべたが、目の前にあるスイーツを見ると目を輝かせた。


「とっても美味しそう……!」

「ほう……見事な見栄えだな」


 二人はお行儀よくいただきます、と言って届いたものを食べ、二人とも幸せそうに表情を綻ばせた。

 そんな二人の様子を見ながら、僕もいつものものを食べようとすると、二人がじっと僕の頼んだものを見つめていたので、首を傾げる。


「……なに?」

「いえ……甘い物を受け付けない体質の東條様が頼むスイーツとはどんなものかしら、と興味深く見ていただけですのでお気になさらず」

「神楽木……それは気にすると思うが」

「まあ、そうですか?」


 首を傾げ、不思議そうに言う彼女に飛鳥君は呆れたような表情をした。 


「……あはは。そうだよね、気になるよね。僕がいつも頼むのはムースだよ。季節の果物を乗せて貰って、甘さもちょっと控えめにしてくれているんだ。ここのオーナーが、僕のこの体質のことを聞いたらしくて、僕でも食べれる物を、と考えてくれたものなんだ」

「まあ、そうでしたの」


 良い話ですね、と彼女が呟くと飛鳥君もそうだな、と頷く。

 ……なんだか少し照れくさくて、僕が食べることに集中すると、二人とも温かい目で僕を見ながら黙ってスイーツを堪能した。なんとなく、居心地が悪い。


 スイーツを食べ終わり、そういえば飛鳥君の勉強を邪魔してしまったことを謝っていないと思い出し、飛鳥君に謝ると彼は爽やかに笑って気にするな、と言った。

 その話を聞いた神楽木さんが、ここはどれくらいまでいれるのか、と聞き、もしもう少しいていいのならここで勉強をしないかと提案した。


「一人で勉強しても身が入らないので……出来ればお付き合い頂きたいのですが」


 そう言った彼女の表情は冴えなくて、彼女らしくない。いったいどうしたのかと飛鳥君を見ると、飛鳥君は微妙な表情を浮かべていた。

 飛鳥君には彼女が勉強に身が入らない心当たりがあるのだろう。

 そういえば最近、彼女と奏祐が一緒にいるところを見ていない。彼女の元気がないのは奏祐絡みなのだろうか。

 これでも僕は彼女に感謝をしている。だから少しでも彼女の助けになるのなら、喜んで協力してあげようではないか。

 本当なら彼女の元気のない原因を取り除くてあげるのが一番なのだろうが、それが奏祐絡みなのだとしたら、僕が口を挟むべきことではない。それは彼女と奏祐の問題だ。二人で解決すべきことなのだ。


「もちろん。僕も神楽木さんに負けてばかりはいられないしね」

「俺も二人と一緒に勉強できるのはありがたいな」


 彼女の気分が少しでも軽くなるように、軽い口調を心掛けて言うと、飛鳥君もそれに乗ってくれた。

 僕たちのその言葉に、神楽木さんはほっとしたように微笑んだ。


 これくらいじゃ恩返しにもならないだろうけれど、これで少しでも彼女の気分が晴れるのなら、喜んで付き合おう。それに、これは僕にとっても身のなることだし。

 余計なお世話かもしれないが、早く彼女が元通りの元気な彼女に戻るように、こっそりと祈ろう。美咲にお願いして彼女を元気づけて貰ってもいいかもしれない。彼女は美咲のことが大好きだから、きっと喜ぶだろう。


 そんなことを考えながら、三人で勉強をした。お互いにわからないところを教え合ったり、確認しあったりするこの時間は想像以上に楽しく、実りある時間だった。

 勉強している間、彼女は終始明るい表情を浮かべていたので、ちょっとは気が晴れたのかな、と思う。


お知らせです。

拙作「私がヒロインだけど、その役は譲ります」が書籍化します…!

詳しくは本日(2017/06/01)の活動報告をご覧くださいませ。

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