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気になるあの子(前編)



 最近、弟の様子がおかしい。

 いつになく楽しそうな時もあるし、すごく元気のない時もある。

 いったいなぜなのだろう?


「…というわけです」

「どういうわけなの…」


 呆れたように蓮見が呟き、私を見つめる。

 そんな蓮見に私は真剣な顔をしてみせた。


「悠斗の様子がおかしいのです。朝は普通なんですけれど、学校から帰ってくるとすごく楽しそうだったり落ち込んでいたり…なんて言えばいいのかわからないんですけど、でも普段とは様子が違うんです」

「へえ…悠斗が、ね…」


 意味ありげに蓮見は呟く。

 私は首を傾げながらも、弟がこうなった理由についての憶測を述べてみた。


「だから、私、悠斗が恋をしているんじゃないかって思いまして」

「恋ねえ…」


 あれ?蓮見の食いつきが悪い。

 どこか遠い目をして呟く蓮見に私は更に首を傾げた。

 自分では結構いい線いってると思ったんだけど…違うのかな?もっと他の理由があるとか?でもその理由がまったく思いつかない。


「悠斗はとても優秀でしょう?容姿も整っていますし、私がそういう話を聞いたことがないだけで、きっと女子からの人気も高いと思いますの。だからそうなのかなって…」

「…そうだね。うん…そうだと嬉しいんだけど…」

「嬉しい…?」

「あ、いや。こっちの話」


 気にしないで、と誤魔化す蓮見に私は胡乱な視線を送る。

 だが蓮見は言う気はないようで、私の視線もどこ吹く風だ。


「でも、まあ確かに。あの悠斗に限って何かヘマをやらかして…なんてことはないだろうし、何よりも悠斗の近くにいる君がそう思うんだから、そうなんじゃない?」

「やっぱりそう思います?」

「まあね…うん、君の目的は良くわかった」


 若干ジト目で私を見る蓮見に、私はてへっと笑って見せた。

 私の得意技。笑って誤魔化す、だ。


「…いろいろ言いたい事はあるけど…来たみたいだよ」

「ごきげんよう、奏祐様、神楽木さん」


 蓮見がそう言ったすぐあとに、可愛らしい声が私たちに掛けられた。

 声のした方を向けば、そこには艶やかな巻き毛と吊り目が印象的な美少女が立っていた。


「ごきげんよう、橘さん。突然、呼び出ししまってごめんなさい」


 私はにっこり笑って挨拶をすると、橘さんは少しだけ照れたようにはにかんだ。


「いいえ。今日は特に予定もありませんでしたし、何よりも、神楽木さんの聞きたい事というのは私もわかっているつもりですわ」

「まあ」

「…とにかく座りなよ、姫樺」

「はい、お邪魔します」


 橘さんは私たちに向かい合う形で座った。あ、ちなみにここは蓮見によく連れてってもらった喫茶店です。

 弟の事が気になり過ぎた私は蓮見に頼んで橘さんを呼び出して貰ったのだ。いや、私が直接頼んでも良かったんだけど、少し前に蓮見から近いうちに橘さんと会う予定があると聞いていたから、その時に橘さんの予定を聞いて貰った。


「神楽木さんの聞きたい事というのは、悠斗様のことでしょう?」

「ええ、その通りですわ。よくおわかりになりましたね?」

「…それは、もう…学園での悠斗様を見てれば、神楽木さんが気になさるだろうということくらい予想つきますから」


 …そんなにわかりやすいの、悠斗?

 学年の違う姫樺にそう言われるくらいだ。きっと学園でも家で見せているようなあからさまな態度に出ているんじゃないだろうか。

 悠斗は誰にでも公平に接することのできる子で、感情を抑えるのは得意だし、自分の行動がどう周りに影響を及ぼすかを考えないような子ではないのに。悠斗にいったいなにがあったんだろう…姉としてすごく気になるところだ。


「そんなにあからさまなの、悠斗は?」


 私の疑問そのままを蓮見が口にする。

 その声音は信じられないというような響きがある。だからきっと蓮見も私と同じ気持ちなんだろう。

 私はごくりと唾を飲み込んで橘さんを見た。私と蓮見の視線を受けた橘さんは苦笑をした。


「いいえ、あからさま、というほどではありません」

「そうなんだ…」

「でも…悠斗様と親しくされている方なら、みんな気付いていらっしゃると思います」

「…そうなの、ですか…」


 本当に何があったの、悠斗!?すごく心配になって来た…。


「簡潔に話しますと、悠斗様はとある女子生徒を気に掛けていらっしゃいます」

「まあ…!」


 やっぱり…恋しちゃったのね、悠斗!

 とうとう悠斗にも春が……お姉ちゃんとしては寂しいような、嬉しいような…複雑な心境だ。

 しかし、そうか悠斗にも好きな子が…それってどんな子なんだろう?すごく気になる…。


「悠斗の気に掛けている方とは…どんな方ですか?」

「そうですわね…一言では言い表せませんけれど……簡単に言えば面白い方ですわ」

「面白い…?」

「彼女と話していると、飽きませんの。発想が違うと言いますか…」


 うーん、と困ったように悠斗の好きな子について語る橘さんの目は優しい。

 きっとその子と橘さんは友達なんだろう。色々言葉を選びながらその子の事を話す橘さんはとても楽しそう。

 去年あんなことがあったから、橘さんは孤立していると聞いていた。それはある意味彼女の自業自得だと思うけど、それでも、彼女が楽しそうに学校の出来事を話すのを見て、私はとても嬉しく思う。

 橘さんは悠斗の好きな子について少し語ったあと、帰っていった。

 そんな彼女を見送ったあと、蓮見がぽつりと呟いた。


「…良かった」


 なにが、なんて聞かない。きっと橘さんが楽しそうに学校のことを語る姿を見て、良かったと思ったんだろうってことは簡単に想像できるし、なによりも私も同じ気持ちだったから。

 だから私も蓮見の言葉に頷く。

 彼女が孤立したのは、彼女が選んだこと。それでも学園を去らずに通い続けるのは、彼女が決めた自分への罰なんだと聞いている。

 それでも、彼女が選んだことだったのだとしても、幼い頃から知っている女の子が学校のことをあまり語らず、話しても変わらないとしか言わないよりも、楽しそうに学校の様子を話してくれる方が嬉しいに決まっている。


「……それにしても、悠斗の気になる子ってどんな子なのかしら…」

「それは俺も気になるな。名前は…」

葛葉くずのはしおりさん、ですわ」

「葛葉…葛葉ね…」


 蓮見は何か考えるように呟いた後、私を見てにっこりと笑った。


「彼女に会いに行ってみる?」

「え…?彼女とお知り合いなんですか?」

「いや。でも、知り合いじゃなくても会えるでしょ?」

「それは…そうかもしれませんけど…」


 それじゃあ決まり、と蓮見が勝手に決めてしまった。

 そんな蓮見に戸惑いながらも、私はまだ見ぬ悠斗の好きな子に想いを馳せた。

 いったいどんな子なんだろう。会うのが楽しみなような、怖いような…複雑な心境だ。



 あれから蓮見は葛葉栞という女子生徒について調べあげ、2日後には桜丘学園の高等部の卒業生として高等部を訪ねることが決まった。

 なんて早い展開…さすが蓮見と褒めるべきなのか、呆れるべきなのか……うん、褒めるべき、なんだろうなぁ。

 弟には内緒で高等部を訪ねる。悠斗には言うなって蓮見は念を押して私に言ったけど、元より弟に言う気はなかった。だって、嫌がられたらショックだから。

 弟にバレないように行ってささっと帰る。それが私の理想なんだけど…まあ、行ったら即バレするんだろうな。なんて言ったって、蓮見は有名だし、この通り、顔はいいからね。うん、顔は。

 断じて、性格が悪いとか、そんな事は思ってない。いや、本当だって。信じて。


「まだ卒業して1年も経ってないけど…懐かしいな」

「ええ、そうですね」


 ぽつりと呟いた蓮見の意見に私も同意する。

 高校の時は色んなことがあった。辛い事もたくさんあったし、いっぱい悩んだけど…それも今となっては良い思い出だ。

 私と蓮見が並んで歩いていると、すごく視線を感じる。もうすっかり慣れたものだけど、なんというか、高校時代を思い出してしまう。

 高校の時、私は蓮見たちから逃げるのに必死だった。それも無駄に終わったんだけど…まあ、あの時の私は本当に必死だった。こんな風に注目を浴びるが嫌で、蓮見との接触も人目につかないように気をつけていた。…まあ、無駄に終わったんだけどね。

 それが今ではこんな風に注目されるのにも慣れてしまって…あの時の私に会うことが出来て今の現状を伝えても絶対信じなかったんだろうな。


 そんな感傷に浸りながら、懐かしい校舎内を歩き、私たちは目的の人物がいると思われる場所へ向かった。

 そこは私たちにとっても思い入れのある場所。

 蓮見がよく昼寝をして、蓮見と一緒にお菓子を食べた中庭の片隅だった。

 あの時と変わらない光景に、高校時代に戻ったような錯覚に陥る。

 ここで蓮見と他愛もない話をして、言い合いをして。そんな風に蓮見と過ごす時間が私は大好きだった。


「懐かしい…」

「ここでよく君と一緒にいたな」

「ええ…私はよく奏祐さんにこう言っていましたね。『蓮見様、今日のお菓子はなんですか?』」


 あの当時の事を思い出して、私がそう言うと、蓮見もそれに乗って、当時と同じように返してくれる。


「『君は俺をなんだと思っているわけ?』」

「『それはもちろん、私のパティシ…』」

「『わかった、わかったからその先は言わなくていい』」


 蓮見はそう言い終わると、苦笑した。


「…君は今と言っている事があまり変わらないな」

「まあ!そんな事ありませんわ」

「…そう?」

「そうですわ。今、その質問をされたら私は違う答えをしますもの」

「へえ…。じゃあ聞くけど、〝君は俺をなんだと思っているの?〟」

「それはもちろん…」


 私はにっこり笑ってその今の答えを言おうとした時、後ろからドサッと何かが落ちる音が聞こえた。私と蓮見が後ろを振り向くと、一人の女子生徒が手荷物を落とし目をまん丸くして私たちを見つめていた。



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