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頑張っている人へ

お久しぶりです、お待たせしました…!

人気組み合わせ投票、第二位の二人です。

弟視点の、ほのぼの話になっているはず。



 昼過ぎに家に帰ると、珍しく姉さんがいた。


 今日はテストの最終日で、学校は半日で終わりだった。

 テストが終わって開放感に満たされ、受験生であることを今日だけは忘れてのんびりしよう。家に帰ったら何をしようか。

 そんなことをとりとめもなく考えながら、部屋に戻る前に飲み物を貰おうと何気なくリビングを覗いたら姉さんが机に臥せっていた。

 体調が悪いのだろうかと心配になったオレは、姉さんに近づき声をかけた。


「姉さん?」


 いつもならオレを見るなり満面の笑みを浮かべて、「お帰りなさい」と出迎えてくれる姉が声をかけても反応しない。

 やはり体調が悪いのだろうか。今度は姉さんの肩を揺らして呼び掛けてみた。


「姉さん!」

「………う、ん……待って…お腹いっぱいだからぁ………あぁん、そんなに食べれません……許して奏祐さぁん……」

「…………………」


 ……どうやらオレの心配はまったくの杞憂だったらしい。

 姉さんの顔を覗き見れば、とても幸せそうな顔をして眠っていた。

 よだれが垂れているのは見なかったことにしよう。

 心配して損したと心から思い、ため息をこぼす。


 何気なくテーブルの上を見ると、料理の本とノートが広げられていた。

 料理の本には『誰でも簡単!プロの味!!』と大きく書かれており、ところどころ付箋が貼られている。

 付箋が貼ってあるページを見れば、姉さんの字で補足やメモが書かれていたり、マーカーで線引きがされていたりしていて、実に姉さんらしいと思った。

 姉さんは基本的に真面目だ。長期休みの宿題も最終日になって慌てることはなく、きちんと計画的に進める、そんな人だ。


 きっとさっきまで料理の勉強をしていたのだろう。

 最近の姉さんは蓮見さんに絶対美味しいと笑顔にさせる料理を作ると息巻いていたから。

 その言葉通り、姉さんは真面目に料理の勉強を始めた。あちこちから本を買い集めたり、図書館に通ったりして料理について猛勉強中だ。

 そのせいで夜遅くまで起きていることも多々あるようで、寝坊したと慌てて家を飛び出す回数が増えた。

 きっと昨日も夜遅くまで勉強していたのだろう。そのせいで寝不足に陥り、こうして居眠りをしてしまった…というのが最も可能性が高い、とオレは思う。

 やれやれ、困った人だ、と呆れながらも、やはり姉さんらしいと思う。


 最近の姉さんは高校時代の時と違って、キラキラとしている。

 去年までは悩んでいる顔が多かった姉さんだけど、最近は生き生きとしている。

 毎日がとても充実しているのだろう。そしてその一因を蓮見さんが担っていることも知っている。

 幸せそうな姉さんを見ると、多少複雑な気持ちはあるものの、良かった、と心から思う。


 さて、どうしたものかと、オレは姉さんを見つめ悩む。

 本当なら起こして自分の部屋で寝るように言った方がいいんだろう。その方が体には良い。

 だけど姉さんはとても幸せそうに眠っている。大方、蓮見さんが作ったお菓子をお腹いっぱい食べている夢でも見ているんだろう。

 幸せそうに眠っている姉さんを起こすのは可哀想だ。

 どうしようかと悩んでいる時、ぐーと大きなお腹の音が聞こえた。

 自分の腹の虫が鳴ったのかと思ったが、明らかに自分の腹からのものではない。ではいったい誰が、と考えたところで、オレは目の前の人物を見て、ああ…と納得する。

 さっきまで幸せそうだった顔に皺が寄っている。

 ああ、お腹空いたんだな、とオレは理解した。きっと今に空腹で目が覚めるんだろうな、と苦笑する。


 そういえばオレもお昼がまだだった、ということを思い出す。

 お昼というには少し遅めだが、おやつというには早すぎる、そんな時間。

 軽い軽食でも用意して貰おうかと考えたとき、姉さんの本が目に入る。

 何気なくパラパラとページをめくったあと、オレは小さく姉さんに「この本借りるよ」と囁き、リビングを出た。

 とりあえず、鞄を置いて制服を脱いで着替えよう。

 そのあとに、久しぶりに姉孝行をしてあげようと決めた。

 姉さんの驚く顔を想像すると頬が緩む。

 どうせ今日はのんびりしようと思っていたところだ。その時間の一部を姉のために使う。

 最近頑張っている姉さんへの、ささやかなプレゼントだ。





 オレは家のお手伝いさんたちに頼んで台所を借りた。

 冷蔵庫の中にあるものを確認し、料理の本と見比べながら作るメニューを決める。

 姉さんのお手伝いで今まで何度か料理をしたことがある。だからきっと大丈夫だろう。

 姉さんが料理をしている姿を思い出しながら、手際よく…とはいかないものの、それなりに準備を整えて料理を作っていく。

 まあ、料理と言ってもたいしたものじゃない。軽食という程度のものだ。

 素人のオレでも作れるようなメニューを選んだ。和えるだけ、切るだけ、煮込むだけ。あまり手間のかからないものばかりになったのは仕方のない事だ。だって素人だから。


 あとは器によそうだけ。できるだけ見栄映えがよくなるように四苦八苦して器に盛りつけていると、「お腹空いたぁ…」という小さな呟き声が聞こえ、声のした方を振り向く。

 そこにはあくびを噛みしめながら、少し寝ぼけた顔をしている姉さんが立っていた。


「ん~…いい匂い。スープかな?なんのスー………え?」


 姉さんはにこにことした笑みを浮かべて問いかけようとして、オレの姿を見て固まった。

 目をまんまるに見開き、口をぱくぱくせてオレと見つめている。

 ちょっと間抜けた姉さんのその表情にオレの気分は良くなる。


「おはよう、姉さん。よく眠れた?」

「おはよう。うん、久しぶりにぐっすり眠れた………じゃなくて!」


 そもそも、もう“おはよう”じゃないし!

 と姉さんは突っ込みを入れながらオレに近づき、オレが盛り付けていたものを見てまた目を見開く。


「これ、悠斗が作ったの?」

「まあね」

「これ全部?」

「うん」

「……どうして…?」

「まあ、いいだろ、たまには。あとはスープをよそうだけだから。ちょっと遅いけどお昼にしよう。姉さん、お腹空いてるだろ?」

「え?それは…お腹空いてるけど…」

「じゃあ先にリビング行ってて。オレが持っていくから」


 でも、と戸惑う姉さんを台所から追い出し、オレは少し歪になってしまった見映えの器を二人分お盆に乗せて運ぶ。

 姉さんはテーブルの上を片付けて、神妙な顔をして座っていた。

 その様子がおかしくて吹き出しそうになるが、オレはぐっと堪えた。

 お盆に乗っていたものを置き、姉さんの目の前に腰を下ろす。


「さあ、召し上がれ」


 にっこり笑ってオレがそういうと、姉さんは戸惑った顔をした。

 けれどぎこちなく「いただきます」と手を合わせて、オレの作ったものに手を伸ばす。

 オレが作ったのはサンドイッチとサラダとスープだ。

 サンドイッチは冷蔵庫の中にあるものを切ってパンに挟んだだけだし、サラダは野菜を適当に切って、本に書いてあった通りにドレッシングを作ってかけた。スープもまあ、似たようなものだ。

 まあ、素人の男が初めて作るものなんてこんなものだろう。とオレは勝手に納得している。


「…美味しいわ。すごく美味しい」


 姉さんは一口一口噛みしめるように食べた後、そう言って笑みを見せた。


「素材がいいからかな。オレ、大した手間かけてないし…」

「ううん、違うわ。悠斗が一生懸命作ったから美味しいの。私のために作ってくれたんでしょう?ありがとう」

「…別に。大したことじゃないし、オレも腹減ってたし…」


 照れくささを隠すように姉さんから視線を逸らすと、姉さんはふふっと笑った。


「でも、どうして?どうしてお昼ご飯を作ってくれたの?」

「……姉さんが最近頑張っているから、そのご褒美、的な…」


 恥ずかしくてもごもごとオレが言うと、柔らかいものがぎゅっと抱き着いてきた。


「…ああ、もう!なんて可愛いの!さすが私の弟だわ!もう、ゆうくん大好き!」

「ちょ、姉さん…くるし……!」


 ぎゅうっと抱きしめる姉さんからはとてもいい匂いがする。可愛いと言われても嬉しくない。…などと、考えている場合ではない。

 姉さん、本当に首締まっているから!オレ死ぬ!!更に力入れないでくれ!!!


 姉の抱き着き攻撃からやっと解放されたオレはゼーハーと荒く息を繰り返す。

 ……本当に死ぬかと思った。


「本当にありがとうね、悠斗。すっごく嬉しかったわ」

「…姉さんに喜んで貰えてなによりです…」


 とてもご機嫌がよさそうに言う姉とは対照的にオレは疲れ果てた。

 なぜ姉孝行をして逆にオレは首を絞められているのか。

 いや、姉にそんな気はなかったということは重々承知している。だけど、やっぱりなんか理不尽だ。


「……そうだわ!ねえ、悠斗、こっち来て?」

「は…?」


 何かを考えていた姉は良いことを思いついたと言わんばかりに顔を輝かせて、オレを誘う。

 なんとなく嫌な予感を覚えながらもオレは大人しく姉に従う。

 姉はそのままソファーに座り、その横にオレを座るように指示を出す。

 それに従い、姉さんの横に座ると、姉さんはにこっと笑った。

 なんだ…?と思うと同時にオレの視界が回転した。なぜか目の前にはうちの天井が見えている。

 いったいなぜ、などと考えるまでもない。


「姉さん、いったい何して…」

「私、知っているのよ。悠斗、夜遅くまで勉強しているんでしょう?最近、あまり顔色が良くないと思っていたの。だから、ね。私の膝を貸してあげるから、寝て?」

「はあ…!?」


 なぜそうなった。

 確かに夜遅くまで勉強をしているけど、それを顔に出しているつもりはない。これくらいならみんなやっていることだろう。

 それに、わざわざ姉の膝を貸して貰う必要がない。自分のベットで寝ればいいだけだ。

 膝枕をしてもらうなんて、ただ恥ずかしいだけだ。


「いいよ、姉さん…重たいだろ。オレは部屋で寝るから…」

「それじゃあ私のお返しにならないじゃない。なあに、姉の膝枕じゃ物足りないって言うの?」

「そういうわけじゃ…」

「じゃあ大人しく私の膝で寝なさい。姉の命令です」


 ぴしゃりと姉さんが言い放つ。

 こうなったら姉さんは意地でも膝枕をしようとするだろう。それを回避するのは、不可能だ。少なくともオレにとっては。

 オレは姉さんの“お願い”や“命令”には昔から弱いのだ。

 そんな自分をよくわかっているので、オレは早々に膝枕を回避することを諦めて、目を閉じた。

 少ししたらありがとうと言って起きよう。それまでは眠ったフリをしてやり過ごそう。


「おやすみなさい、悠斗」


 眠ったフリをするつもりだったが、優しくオレの髪を梳く姉の手が心地よくて、オレはいつの間にか本当に眠りに落ちていた。

 そして目覚めた時、かなりの時間が経っていたことに慌てて、姉さんに謝った。

 この事は一生の不覚だと、記憶から消し去りたい一件である。




「ねえ、見て」

「あらぁ…お二人は幾つになっても仲良しねぇ」

「本当に。微笑ましいわ」


 彼女たちが微笑ましそうに見つめる先には、姉の膝の上で心地よさそうに眠っている弟と、同じように気持ちよさそうに寝ている姉の姿があった。

 しばらくの間、凛花と悠斗はお手伝いさんの微笑ましい笑みを受け、二人そろって首を傾げた。

 神楽木姉弟は幾つになっても仲良しと、近所で有名になったとかならないとか。

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