生徒会長の油断
人気組み合わせ投票、第三位の二人の話です。
ほのぼのを目指しました!時期的には高3の一学期あたり。
凛花視点からの、飛鳥視点です。
いつものように生徒会室に行くと、そこにはすでに飛鳥がいた。
しかし、飛鳥以外の姿は見えず、私が二番目ね、と心の中で呟く。飛鳥が一番早いのはいつものことなので、気にならない。そのままそっと生徒会室に入ると、私はおや、と眉を上げた。
いつもなら椅子に座り、すでに生徒会の仕事をしているか、お茶の準備をしている飛鳥だけど、その日は様子が違っていた。
「あら……?」
私は目を見開き、飛鳥にそっと近づく。
飛鳥は机に突っ伏して眠っていたのだ。
真面目な生徒会長が居眠りなんて珍しい事もあるものだと、私は頬を緩めた。
飛鳥はとても頼りになる存在だ。みんなの意見をまとめ、引っ張っていく。悩みがあるようなら率先して尋ね、一緒に解決方法を考える。まさに生徒会長の鑑のような人。
隙なんて見当たらない人だと思っていたけれど、こうして居眠りをしている姿を見れば、飛鳥もただの高校生なのだなあ、と思えてぐっと親近感がわいた。
起こすのも可哀想だし、そのままにしてあげよう。
皆が来ても起こさないようにとあらかじめ言っておいて、忙しい生徒会長を休ませてあげようと決め、私は自分の席に腰掛けた。
そして生徒会の仕事の準備をする。鞄の中からペンケースを取り出し、ペンケースを開けたところで、私はとあることを思いついて、思わずにやりと笑ってしまった。
*
ゆっくりと目を開き、顔を上げると首が痛み、思わず顔を顰めた。
そんな俺の様子に気付いたのか、「あら。飛鳥くん、お目覚めですか?」と声が掛かる。
声のした方を振り向けば、神楽木がにっこりと笑顔を浮かべていた。
「おはようございます、飛鳥くん。良い夢は見れまして?」
「…あぁ、夢は覚えていないが…。そうか、俺は居眠りをしてしまっていたんだな」
意図したことではないとはいえ、居眠りをしてしまうとは情けない。
生徒会長がこんなことをしていては示しがつかないと、眉間に皺を寄せた。
「気持ちよさそうに眠っていましたわ。きっと疲れているんでしょう」
「幾ら疲れているとはいえ、こんなところで寝てしまうとは、自分で自分が情けなく思う」
「ちょっとくらい隙があった方が人間として魅力的だと私は思いますけれど」
それに、私以外はまだ誰も来ていませんしね、と神楽木はふふっと軽やかに笑った。
その神楽木の台詞と笑い声に、俺の心も少し軽くなる。
「そうか、まだ神楽木だけしか来ていなかったのか。ということは、そんなに長い時間眠っていたわけではないということか?」
「そうですねぇ……飛鳥くんが眠っていたのは30分ほど、でしょうか?他のメンバーはそれぞれ用事があるようで、遅れると連絡がありましたわ。こんな偶然もあるものですね」
しみじみと呟いた神楽木に、俺も同意して頷く。
それにしても30分も眠っていたのか。そんなに俺は疲れていたのだろうか。
自覚はないが、知らないうちに疲れを貯めこんでいたのかもしれないと、反省をする。
リフレッシュは大切だ。そういえば、最近は受験勉強やら生徒会活動やらでめっきりと和菓子を作れていない。
気分転換に今度の週末にでも和菓子を作ろうかと頭の中で計画を立てる。
「…ところで、飛鳥くん」
「ん?なんだ?」
「飛鳥くんは、身だしなみを気にする方ですか?」
「…いったいなんだ、藪から棒に…」
「いいから、答えてくださいな」
突然の俺は戸惑った。
そんな俺をよそに神楽木はぐいぐいと近づき、「さあさあ、白状してください」と詰め寄る。
白状ってなんだ。白状しなければならないような悪い事はなにもしていないんだが。
「さあ、どうなんです?」
「か、神楽木……近くないか」
「そうですか?」
神楽木の顔はすぐそこにあった。それこそ、すぐに触れられそうなくらいの距離だ。
きょとん、とした顔をして首を傾げる神楽木に、俺はため息をつきたくなった。
こんなところを蓮見に見られたら、絶対誤解されるに決まっている。そしてその弊害を受けるのは他ならぬ俺なのだ。勘弁してくれ。
「……蓮見に誤解されたらどうしてくれるんだ」
「? なにを誤解されるんですか?」
「…………もう、いい。とにかく離れてくれ」
がっくりと脱力して俺が告げると、神楽木は解せぬといった表情をしつつも、大人しく俺から離れた。
そのことにほっとしつつ、神楽木のこの鈍感ぶりはどうにかならないかと、改めて頭を抱えたくなった。
神楽木は俺から離れると、さあ言う通りにしたぞ、だからおまえも質問に答えろ、というような雰囲気を出して、俺をじっと見つめた。
見つめる、というより、最早睨んでいる、という方が正しいかもしれない。それほどの目力をこめて俺を見ていた。
怖くはないが、居心地は悪い。なので、俺は神楽木の望み通りに質問に答えることにした。
「身だしなみは、人並み程度には気にする」
「人並み程度、とは?例えば、鏡を見る回数はどれくらいですか?」
「鏡を見る回数?」
なぜそんなことを神楽木が気にするんだろう、と疑問に思いつつも、素直に答える。
「そうだな…トイレに行って手を洗う時に見る程度、だな」
「なるほど…ありがとうございます、参考になりました」
ふむふむと満足そうに神楽木は頷いた。
参考って、なんの参考だ?
そんなやり取りをしていると、ガラリと戸が開く音が聞こえた。
音のした方を振り向くと、蓮見が少し疲れた顔をして入ってきたところだった。
なにかあったのだろうかと俺が疑問に思った時、蓮見が俺たちをみて怪訝そうな顔をした。
いったい、なんなのだろうか。
「蓮見様、遅かったですね?」
「あぁ、ちょっと、姫樺に捕まって……」
「まあ」
蓮見の台詞に神楽木の表情が少し険しくなった。
しかしすぐにその表情を取り繕って微笑み、「お疲れ様でした」と蓮見を労った。
そんな神楽木に蓮見は気持ち悪そうな顔をして、「…なんか変な物でも食べた?」と言って神楽木に無言で足を踏まれた。
いつの彼らのやり取りに、今日も平和だ…と遠い目をしそうになった。
「……ところで、さっきから気になっていたんだけど」
蓮見が神楽木とのやり取りを終え、俺の顔をじっと見て呟いた。
そんな蓮見の様子に、俺は嫌な予感を覚えた。
「その顔、どうしたの?」
「……顔?なにかあとでもついているのか?」
居眠りをしていた時に、あとがついたのかもしれないと思い、蓮見に尋ねると蓮見は「違う」と即答した。
「マジックだと思うけど……鏡見た方がいいんじゃない?」
「マ、ジック……?」
蓮見がチラリと神楽木を見て、鏡を出せと視線を送る。
それに神楽木は嫌そうな顔をしたが、渋々と鞄から手鏡を取り出し、俺の顔を写し出した。
鏡に写った自分の顔に、俺は愕然とした。
「な、なんだこれは……!?」
呆然と呟いた俺に、堪えきれなくなったのか、神楽木と蓮見がプッと吹き出す。
それは次第に笑い声に代わり、二人は腹を押さえて笑い出した。
呆気に取られて二人の様子を見ていた俺も、段々と落ち着いてきて、ギロリと二人を、特に神楽木を睨んだ。
「あはははっ!我ながら、よく今まで我慢できたと…!」
「……神楽木」
低い声で神楽木の名を呼んでも、笑いのツボにはまった神楽木は更に笑うだけだ。
俺はもう一度、自分の顔の惨状を鏡越しに見つめる。
目の周りは大きな丸が書かれ、頬には猫のひげのような三本線があり、口の周りにも目の周りと同じように丸が太く書かれていた。
まるでどこかのテレビ番組の罰ゲームのような落書きだ。今どきの小学生だってこんな悪戯はしないだろう。
それをやる、女子高校生。それも、良家のお嬢様が、だ。呆れてものがいえないとはまさにこのことなんだろう。
はあ、とため息をつくと、ようやく笑いが収まった神楽木がウェットティッシュを取り出して俺に差し出す。
そして「悪戯してごめんなさい」と素直に謝った。
あまりにも素直すぎて、拍子抜けしてしまう。
「水性のマジックで書いたから、すぐに取れるはずですわ」
「……水性のマジックでなかったら、本当に怒っていたぞ…」
まったく…、とウェットティッシュを受け取りつつ、顔を拭く。
一通り拭きおわり、マジックは跡形もなく消えた。
そのことにホッとしつつ、腕を組んで神楽木を睨む。
「どうしてこんな悪戯をしたんだ?」
「飛鳥くんは最近根を詰め過ぎなような気がしていたので、これでちょっとした気分転換と言いますか…大笑いすれば、リラックスできるかな、と思いましたの」
「……」
その気遣いは有り難いが、もっと他にやり方があったんじゃないかと思うのは俺だけだろうか。
「……もっと他にやりようがあったんじゃないの…」と蓮見がボソリと呟いていたので、俺だけじゃないと知り、内心ほっとする。
そんな蓮見の台詞に神楽木は知らん顔を決め込んだ。
「……まぁ、やり方はともかく、その気遣いだけはありがたく受けとろう」
「『やり方はともかく』……?」
少し憮然とした表情を浮かべ、神楽木は小さく俺の台詞を繰り返した。
そんな神楽木に小さく笑みを溢し、俺より頭ひとつ分背の低い神楽木の頭を軽くポンポンと叩く。
「ありがとう、神楽木」
神楽木は片手で軽く頭を抑えながら、礼を言った俺をキョトンとした顔で見つめ、すぐに得意そうな顔をした。
「生徒会の仲間として、当然ですわ」
そんな神楽木の台詞に、俺は良い仲間を持ったと感動したのも束の間、次の神楽木の台詞「お礼は手作りのお菓子で結構です」で台無しになった。
……まあ、神楽木らしいが。
蛇足かな、と思ったので、後書きに持ってきました。
読まなくてもまったく問題ありませんので、飛ばしてくださっても大丈夫です。
引き続き、飛鳥視点です。
*
「蓮見様、今日のお菓子は?」
「……君は俺をなんだと思っているわけ?」
「それはもちろん、美味しいお菓子を作ってくれるパ───」
「もういい。わかったから、言わなくていい」
「そうですか?それで、お菓子は?」
「……あるわけないでしょ」
「えぇ~!ないんですか…?私、お腹が空いて力が出ないんですけれど…」
「……あのさ…」
某子ども向けアニメの主人公のような台詞を言う神楽木に、蓮見は呆れ顔だ。
やれやれ、と小さく首を振った蓮見は鞄から何かを取り出し、「はい」と俺に手渡した。
俺が驚いて目を見張ると、珍しく蓮見が柔らかく微笑んだ。
「最近疲れているようだから。疲れている時には甘いものを食べると元気になれるだろ?」
「……いいのか?」
「飛鳥にはいつもお世話になっているから…まぁ、これくらいはね……」
蓮見は気恥ずかしいのか俺から視線を逸らして言った。
蓮見がくれたのは、生チョコのようだった。ひんやりとしていることから、今まで何処かの冷蔵庫にでも入っていたのだろう。
それに少し思うところはあるが、問い詰めたところで「さあ?なんのこと?」と恍けられるのは目に見えているので言わない。
「飛鳥くんばかりずるいですわ!蓮見様、私にはありませんの?」
「あるわけないでしょ。君はいつも元気なんだから」
「まあっ。失礼な!私だって元気のない時がありますわ」
「そうなんだ。初めて知った」
にやりと意地悪な顔をして言う蓮見に、神楽木がぎゃあぎゃあと喚く。
そんないつもの二人のやり取りを見ていると、段々とおかしくなって笑えてきた。
くっくっと喉を鳴らして笑う俺に、二人がきょとんとした顔をした。その二人の顔が余計におかしくて、とうとう俺は声を上げて笑い出してしまった。
爆笑をしている俺に二人は気まずそうな表情を浮かべた。
しばらく笑っていて、ようやく笑いが収まった俺に、神楽木が柔らかい笑みを浮かべて問いかけてきた。
「少しは気晴らしになりまして?」
「…ああ。笑うと気分がすっきりとするな。ありがとう、君たちのお蔭だ」
心からお礼の気持ちを込めて言うと、二人は嬉しそうにはにかんだ。
結局、蓮見が持ってきてくれたチョコレートは、三人で仲良く食べた。
その食べている間にも神楽木と蓮見は懲りずに言い争いを繰り広げ、そんな光景を呆れながら見つつも、俺はこのやり取りを聞いているのが結構好きかもしれない、と思った。
ビターなはずのチョコレートが、ミルクよりも甘く感じたのは、恐らく二人のお蔭なのだろう。




