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小話2 初詣

本編終了後の年明けの話です。

 お正月。初詣をするために、私は弟と一緒に多くの人で賑わう有名な神社へ足を運んだ。

 今日は親しい友人たちと一緒に初詣をすることになっているのだ。

 私はしっかりと薄い桃色の振袖に身を包んでいるが、弟はダッフルコートを羽織った普段着だ。一緒に着物を着たかったのに、「オレは遠慮しておく」と拒絶されてしまった。姉としては少し寂しい。

 待ち合わせ場所につくと、ヘタレこと東條がもうすでに来ていて、多くの女性に囲まれていた。相変わらずだなあ、と私と弟は苦笑いだ。

 東條はきちんと着物を着ていた。こういうのは拘るタイプらしい。彼は私と弟を見つけると、笑顔で手を振った。

 私たちに気付いた女性たちが、私を睨んで、そして隣の弟を見てハッとした顔をしてにっこりと微笑む。…わかりやすすぎる反応だ。


「東條様。あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとう、神楽木さん、悠斗君。今年もよろしく」


 にこにこといつも通りの王子スマイルを浮かべて、彼は私たちに挨拶をした。

 そして自分を囲む女性たちに申し訳なさそうな顔をして「ごめんね、友人たちが来たから」と断りをいれると、彼女たちは渋々といった風に東條の周りから離れていく。その際にしっかりと私を睨んだ。ああ怖い。

 だが勘違いしないでほしい。私は奴の彼女ではないのだ。奴のお相手は私よりも美人で、器量良しなパーフェクトなお方なのだ。


「美咲は、まだ来てないのですね」

「ああ。みたいだね。でもそろそろ来るんじゃないかな?」


 そう言って奴が周りを見渡した時、周りがざわっと騒めいた。

 なんだろうと辺りを見渡すと、仲良く並んでこちらへ向かって歩いてくる美男美女の姿があった。

 一人は赤い振袖を着込なし、髪を綺麗にまとめ、振袖と同じ色合いの髪飾りを挿した美女で、もう一人は精悍な顔立ちによく似合う、落ち着いた色合いの着物をすらりと着こなした美青年だった。

 いわずもがな。一人は美咲様で、もう一人は飛鳥だ。

 なんとも珍しい組み合わせだが、とてもよくお似合いな二人だ。チラッと東條の方を見ると、奴は笑顔を浮かべてはいたが、その口元は若干引きつっていた。


「昴、凛花、悠斗くん。あけましておめでとう。今年もよろしくね」

「あけましておめでとう、今年もよろしく」

「美咲、飛鳥くん。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

「あけましておめでとうございます」

「…あけましておめでとう。珍しい組み合わせだね?」


 少し不貞腐れたような口調で言う東條に、美咲様は気付いているのかいないのか、朗らかに笑って「偶然そこで会ったのよ」と答えた。

 飛鳥は奴のその表情に気付いているらしく、ただ苦笑を浮かべていた。


「みんなもう揃っていたのね。来るのが遅かったかしら…」

「いいえ。一人、まだ来ていない人がいるわ」


 ついついぶすっとした声音で答えてしまった私に、美咲様はきょとんとした顔をして私たちの顔を見渡して納得したのか、苦笑を漏らした。


「…奏祐が、まだ来ていないのね」

「ええ」

「珍しいな、蓮見が来ていないとは…」

「本当にね」


 驚いたように言う飛鳥に東條も同意した。

 私たちは待ち合わせ場所でお喋りをしながら蓮見を待っていると、またしてもざわっと周りが騒めいた。

 今度は一体なんだ、と思って辺りを見渡すと――――


「なんでついてるくるんだよ、帰れよ」

「いいじゃないの。私だって凛花ちゃんに会いたいわ。それに、昴くんと美咲ちゃんにも久しぶりに会いたいし、凛花ちゃん自慢の弟くんも見たいし…」

「会わなくていいから。さあ、今すぐ帰って、姉さん」

「嫌!奏祐ばっかり良い思いはさせないわ」


 そんな口喧嘩をしながら登場したのは、よく似た面差しの美男美女。

 ―――蓮見姉弟だ。

 姉の琴葉さんは私たちを見つけると、パアっと笑顔になって、手を振って駆け寄った。

 そんな琴葉さんを蓮見は忌々しそうに見つめてため息をついた。

 琴葉さんも蓮見も普段着だった。琴葉さんはタートルネックのセーターにトレンチコートの落ち着いた格好で、蓮見は黒のPコートを着ていて、それがとても大人っぽく見える。

 黒のコートを着こなす人って大人っぽく見えるのは私だけですか。


「あけましておめでとう、みんな!突然ごめんなさいね。こちらの方に用事があったものだから、年始の挨拶と弟がお世話になっているお礼が言いたくて来てしまったの」

「あけましておめでとうございます。いいえ、私は琴葉さんに会えて嬉しいです」

「まあ!なんて可愛いの、凛花ちゃん!」


 琴葉さんが私をぎゅうっと抱きしめた。そんな琴葉さんにみんな苦笑する。

 やがて満足したのか、琴葉さんが私を離すと、改めて「あけましておめでとう」とみんなに挨拶をして、それぞれが口々に挨拶を返すと、遅れて蓮見も加わった。


「あけましておめでとう。遅れてごめん」

「あけましておめでとうございます」


 そう挨拶を返すと、蓮見はにこにこと笑っている琴葉さんを見つめて、「姉さんが突然来たいって言い出して…宥めていたら遅れたんだ」と謝ると琴葉さんは「なぁに、私が悪いって言うの?」と言い返し、またもや姉弟喧嘩が勃発した。

 そんな二人を東條と美咲様と私は苦笑で見つめて、琴葉さんと初対面になる弟と飛鳥は呆気にとられたように見つめた。

 そんな二人の視線に気づいたのか、琴葉さんは蓮見から視線をそらし、弟と飛鳥を交互に見た。そして弟をじっと見つめる。弟は思わずといった風に一歩下がった。


「…あなたが、凛花ちゃんの弟くん?」

「は、はい…オレが凛花の弟です…」

「まあ!あなたが凛花ちゃん自慢の、えぇっと…悠斗くん、だったかしら?」

「そうです…」

「そうなの!本当に凛花ちゃんに似ているわねえ…ふふっ。奏祐の姉の琴葉です。よろしくね。そこのあなたも。奏祐のお友達の、飛鳥くんでしょう?」

「…俺の事をご存知でしたか」

「ええ、奏祐から聞いたの。とってもお世話になったんですってね。弟が迷惑をお掛けてしてごめんなさいね。これからも弟と仲良くしてやって?」

「は、はあ…」


 弟も飛鳥も琴葉さんの勢いにたじたじだ。

 「姉さん」と蓮見が琴葉さんを弟たちから引き離すと、二人はほっとしたように息を吐いた。


「あら、やだ。奏祐ったら、大好きなお姉様を取られて嫉妬しちゃったのかしら?」

「大好きなお姉様…?頭腐ってるんじゃないの」

「…なんですって?」

「それより、用事があるんだろ。早く行きなよ」

「まあ!姉を邪魔者扱いするの?」


 琴葉さんはプリプリと怒った。そんな様子がとても可愛らしいと思う。

 しかし琴葉さんは時間が差し迫っているようで、蓮見と軽く言い合いをしたあと、「もう行かなくちゃ」と言った。

 せっかくだから一緒にお参りをしたかったのに、と言うと琴葉さんは寂しそうに眉を落として「ごめんなさいね」と謝った。

 せめて、写真だけでも一緒に撮りましょうと提案すると、それくらいなら時間も大丈夫なそうなので、私と美咲様と琴葉さんの三人で記念撮影をした。そしてすぐ琴葉さんは立ち去って行ってしまった。

 そんな琴葉さんを見送ったあと、みんなでお参りを済ませ、おみくじを引いた。

 ドキドキながらくじを引いてその番号を告げて、恐る恐る開くと―――


「…中吉だわ」


 中吉か、まあまあかな、と思っていると隣で無表情でおみくじを見ていた蓮見がくしゃっとおみくじを握りつぶした。

 え、と私が目を見開いて、「そ、奏祐さん…?」と蓮見を見つめると蓮見は「…なんでもない」と私から視線を逸らした。

 …なにか悪い事でも書いてあったのだろうか。というか、蓮見はこういうの気にする人なのか、と新しい発見だ。

 蓮見はそそくさとみくじ掛におみくじを括り付けていた。それをよく観察すると、蓮見は利き手と反対の手で器用に結んでいた。その様子に、私は色々と察した。

 蓮見以外のみんなは普通に結んでいたので、蓮見だけとりわけ運が悪かったのだろう。心の中で「ドンマイ☆」と親指を立てていたら、それを察したのか蓮見に睨まれた。

 …私、口に出していませんでしたよね?



 一通りの参拝が終わり、どうしようかと話をしていると、飛鳥が「すまない」と申し訳なさそうな顔をした。

 みんなが一斉に飛鳥を見つめると、飛鳥は気まずそうに「このあと、都と約束が…」と言ったので、私は思わずにやにやしてしまった。そんな私を蓮見は呆れ顔で見つめていた。

 他のメンバーは突然出てきた知らない名前にポカンとしていたので、私が「飛鳥くんの婚約者なのですって。とても可愛らしい子なんですよ」と補足してあげた。

 みんな驚いた顔をして、それじゃあ仕方ない、解散しよう、という流れになった。

 …飛鳥がいなくなったら、ロリコン疑惑についてこっそり教えてあげようと思う。

 そんな私の思惑に気付いたのか、飛鳥が「神楽木…変なことは言うなよ?」と私を半眼で見つめた。

 …はい。余計なことはいいません。私が素直にそう言っても飛鳥はまだ疑わしそうで、だけど時間が迫っているらしく何回も私に念を押して去っていった。そんなに念を押さなくても言いませんって。


 東條と美咲様はこのあとデート、弟は友達との約束があるらしく去っていった。

 残ったのは私と蓮見の二人きり。

 どうしようか、と蓮見の顔を視れば蓮見も同じことを考えていたようで、同じタイミングで目が合った。

 そのことにふふっと思わず笑いを零すと、蓮見が訝しげに私を見つめた。


「…なに?」

「いいえ。私たち、タイミングが同じだなあ、と」

「タイミング…?ああ、さっきの…」


 納得したのか小さく頷く蓮見に私は微笑む。そして、大事なことを言っていなかったこを思い出す。


「そうだわ。奏祐さん」

「…今度はなに?」

「今年もよろしくお願い致します」


 来年も、再来年も。そう付け加えると、蓮見は一瞬目を見開いて、柔らかい表情を浮かべて言った。


「今年も、この先もずっとよろしく」





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