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 私は大人しくケーキを食べた。

 なんでだろう。胸が苦しい。胸焼けだろうか?

 テラス席のカップルたちに当てられたのだろうか。

 うんきっとそうだ。そうに違いない。


 私は無理矢理自分を納得させた。

 ミルクティーを飲んで心を落ち着かせる。

 そしてゆっくりと顔をあげて蓮見を見る。

 うん、大丈夫。さっきみたいにならない。

 やっぱりカップルに当てられたんだ。


 蓮見は優雅にケーキを食べていた。

 蓮見ってケーキ食べるんだなあ、とぼんやりと見ていたら、蓮見にむっとしたように睨まれた。

 なんで!?


「俺がケーキ食べてるのって、そんなに変?」

「変、ではないですけれど……あんまりイメージはありませんね」

「そう……好きなんだけどな、ケーキ……」


 ちょっとしょんぼりとして蓮見は言った。

 そうか、ケーキ好きなのか……。別にそんな情報いらないけど。

 『美咲様の幸せを願う会』はケーキ好きが集うようだ。まあ、2人しかいないんだけどね。



「あぁ、美咲たち、帰るみたいだね」


 蓮見に言われて私ははっと美咲様たちの方を見る。

 すると確かに2人は帰り支度をしていた。

 もうすぐ、美咲様に会える。

 私は急に緊張しだした。


「私、大丈夫かしら……美咲様の前で変なことしないかしら……」

「君は大抵おかしいから、大丈夫じゃない?」


 蓮見の励ましてる風を装った罵りを私は華麗にスルーした。

 とりあえず落ち着こう。私はミルクティーで喉を潤す。

 うん、ちょっと落ち着いた気がする。


 しばらくして、王子は立ち去っていった。

 そして、私はついに美咲様とご対面を果たす。



「遅くなってごめんなさい、奏祐。それと、初めまして、神楽木凛花さん。水無瀬美咲です」


 ああ、憧れの美咲様が目の前で微笑んでいる。

 凛とした佇まい、気品溢れる姿。

 私はうっとりと心の中で美咲様を見つめ、表情ではにっこりと令嬢っぽく微笑んだ。


「初めまして、神楽木凛花と申します。水無瀬さんにお会いできて、嬉しいわ。水無瀬さんは私の憧れですの」

「まぁ、ありがとう。私も神楽木さんの噂は聞いていてよ。テストで奏祐に迫るくらいの点数だったのですってね。すごいわ」

「いえ、そんな……あれはまぐれですの」


 ああ、私は憧れの美咲様とお話をしている。

 これ、夢じゃないよね?私の妄想が生み出した幻覚じゃないよね!?

 私はこっそりと自分の手の甲をつねった。


 ……痛い。これは現実なのね!

 やった……!私の念願が叶った!!

 ありがとう神様!私、生きてて良かった!

 私は心の中で神への感謝を述べる。


「昴は満足してた?」

「ええ。ケーキを10個も食べていったわ。見ているこっちが胸焼けしそうだった」

「……あのバカ……」


 蓮見は呆れたようにため息をついた。

 王子って甘党だっけ?あれ、辛い物が好きだった気がするんだけど……。


「明日には胃がって騒ぐんだろうな……なんですぐ胃がもたれるってわかっててケーキなんて食べようとするんだか……」

「昴は甘い物が好きなんだもの。好きな物を食べられないって辛いことよ」

「確かにそうなんだろうけど……まあ、明日は休みだからいいか……」


 諦めたように蓮見は言った。

 2人の会話の意味がわからない。

 王子って甘い物好きなのに食べれないの?

 私がぽかんとした顔をしているのに気付いた美咲様が説明してくれた。


「昴はね、甘い物が大好きなの。だけど、なぜかケーキを食べると胃もたれしてしまうから普段は食べないようにしているのだけど……たまに我慢できなくなっちゃうみたい」

「ケーキを食べるたびに、胃が痛いって大騒ぎするんだよ……迷惑してるんだけど」


 本当に迷惑そうに蓮見が言う。そんな蓮見の様子に美咲様も苦笑している。

 仲が良いんだなあ、この3人。

 私にも幼馴染みが2人いるけど、周りから見ればこんな風に見えてるのかな。



 私と美咲様の顔合わせは終始和やかだった。

 しばらく楽しく美咲様と談笑し、ふと気付いたように美咲様は腕時計を見た。


「まぁ。もうこんな時間なのね。ごめんなさい、私、このあと用事があるの」

「そうですか……残念です。水無瀬さんともっとおしゃべりしていたかったですわ」

「私もよ。今度、またゆっくりお話しましょう?」

「ええ、是非」

「約束ね。それでは、失礼するわ。奏祐、神楽木さんをしっかり送ってさしあげてね」

「ああ」


 ごきげんよう、と言って優雅に美咲様は帰られた。

 私はぽけーっと美咲様の姿を見つめて、美咲様の姿が見えなくなるまで見続けた。

 夢のような時間だった。また今度お話する約束までしてしまった。ああ、夢みたい。でも、これは紛れもない現実なのだ。

 私が幸せに浸っていると、蓮見が呆れたように言った。


「君、馬鹿みたいな顔してるよ」


 馬鹿みたいな顔で悪うございましたね。

 まったく、せっかく人が幸せな気分に浸ってたのに、水を指すようなことを言わないでほしい。

 私が怒っているのにまったく気にした様子もなく、蓮見は帰ろうか、と伝票を持って席を立った。

 そしてそのままレジに向かって歩き出したので、私も慌てて彼の後を追った。


 会計の時に私もお金を払おうとしたが、蓮見に止められた。

 奢ってもらうなんて、借りを作ったみたいで嫌なのに。

 私は渋々、お礼を言った。


「ありがとうございます」

「これは、美咲の相談相手になってくれるお礼だから。美咲も君と話していて楽しそうだったし、前払金だと思って」

「美咲様とお話できるだけで私は嬉しいので、前払金なんて要りませんわ」

「俺の気持ちの問題だから。君は黙って受け取ってくれればいい」

「左様ですか」


 蓮見が奢ると言って聞かないので私は渋々だが、奢られてあげることにした。

 店の外に出ると、オレンジ色に空が染まっていた。

 私は思わず空を見上げて、きれい、と呟いた。

 青からオレンジへ、オレンジから赤へ、赤から紺色へのきれいなグラデーション。

 太陽が地平線の彼方へ沈みかけている、ほんの一時しか見れない色合い。私は夕焼けを見るのが好きだ。色んな色が混ざり合って綺麗だから。


 会計を済ませた蓮見も外に出てきた。

 私が空を見上げていたのを見てか、蓮見も上を向いた。

 蓮見は眩しそうに目を細めて、綺麗だな、と呟いた。

 私たちは少しの間、夕焼けを眺めていた。



 そしてふと、私は思い出す。


「蓮見様、ハンカチありがとうごさいました」


 前に蓮見に借りたハンカチを私は鞄から取り出し、蓮見に差し出す。きれいに洗濯をして、私自らアイロンをかけた。

 蓮見は一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに思い出したらしく、ああ、と言って受け取った。


「別に返してくれなくても良かったのに」

「いいえ、お借りしたものはきちんと返さなければ。それに、きちんとお礼も言いたかったですし」


 私は蓮見と向かい合った。

 そして今度は渋々じゃなく、心から感謝の気持ちを込めて言う。


「ありがとうございました」


 蓮見は不思議そうな顔をした。


「変な女……」


 蓮見の顔がちょっと赤く見えたのは、夕日のせいに違いない。




 スイーツ屋さんの帰り道のタクシーで、私と蓮見は静かに乗っていた。

 蓮見はどこか遠くを見つめて、なにか考えているようだった。


「……お2人の姿を見るのは、やっぱり辛いですか?」

「……まあ、ね。覚悟は出来てたつもりだったけど、いつも2人を見るとだめなんだ」


 いつになく落ち込んでいる様子の蓮見に、私は身を乗り出して、頭を撫でた。



「なに?」

「落ち込んでいるようなので、慰めて差し上げているのですわ」

「………俺、子どもじゃないし、頭撫でられても嬉しくない」


 ちょっとふて腐れたように言う蓮見の姿に、弟の姿がかぶって見えて、笑った。


「なに笑ってんの」

「いいえ、別になにも」


 そう言いつつも私の顔から笑みは消えない。

 そんな私に、蓮見は余計にふて腐れたようだ。

 その様子が年下の男の子みたく見えて、私は貴重なものが見れたと、余計に笑みが深まった。






「ただいま」

「姉さん、お帰り。どこに行ってたの?」

「んーちょっとケーキを食べに、ね」

「ふーん……姉さん、嬉しそうだね?なんか良いことあった?」

「ふふ……まあね」


 私は上機嫌に笑った。

 そんな私を弟は怪しそうに見た。


「なにがあったの?」

「ないしょ。面白いものが見れたのよ」

「面白いもの?」


 弟は首を傾げる。

 私はどんなに弟に頼まれても教える気はなかった。

 蓮見のプライドのために。




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