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悠斗と日和

前話のあとの話で弟視点です


「悠斗くん、こんにちは!」

「……こんにちは」


 オレは土曜日の駅前で、拾った財布の持ち主である綾崎さんと待ち合わせていた。

 綾崎さんはにこにことご機嫌そうに笑っている。なにがそんなに楽しいのか、甚だ疑問だ。


「今日は私の奢りだからね!遠慮しないでね」

「…ですから、別にいいと…」

「遠慮しないでってば。ほら、行こう」


 綾崎さんに腕をぐいぐいと引かれ、彼女に引っ張られるままオレは歩き出す。

 すれ違った人たちがオレたちを二度見する。それはそうだ。少し学校に用があったオレは制服姿で、ご機嫌そうな表情を浮かべた女子大生に腕を引かれる高校生(オレ)の図は、人目を惹く。

 しかし綾崎さんの手を振り払うこともできず、結局目的地につくまで綾崎さんに引っ張られるままだった。


「ほらここ!ここ、私のお勧めのお店なの。オムライスがとても美味しいんだ」

「…へえ」


 綾崎さんが案内してくれたのは、少しレトロな店構えをした洋食屋さんだった。

 中にはそれなりにお客さんがいて、お年寄りから小さな子供までいて年齢層は幅広く、このお店がとても愛されているのだとわかった。

 お店を観察しているオレを置いて、綾崎さんは店の中に入っていく。そのあとにオレも続き、店内に入ると、とても食欲のそそる良い香りがオレを出迎えた。


「こんにちはー!」

「いらっしゃいませ。お客様は何名様……あら、日和ちゃん?」

「おばさん、こんにちは。二人分、席空いている?」

「ちょうど二人分空いているわ。こっちよ」


 綾崎さんと店の人はどうやら顔見知りのようだ。綾崎さんは慣れた様子で店の人のあとに続き、オレもその後を歩く。

 案内されたのは店の奥の二人分の席だった。二人用に作られた席なようで、若干狭い。


「狭いところでごめんなさいね。…ところで日和ちゃん。こっちのカッコいい子とはどういう関係なの?まさか、日和ちゃん…」

「違うって!彼はね、私の友達の弟くんなの。私うっかりお財布落としちゃって、それを拾って届けてくれたんだ。だから今日はそのお礼にご飯奢るの」

「…まあ、そうだったの。良かった、おばさん安心しちゃったわ」


 店の人はにこっと晴れやかな笑みを浮かべて、「それじゃあ、メニュー決まったらそこの呼び鈴を鳴らして呼んでね」と言ってお冷とおしぼりを置いて去っていく。

 それを見送っていると、綾崎さんが「今の人はね、私の幼馴染みのお母さんなのよ」と話をし出した。


「へえ、そうなんですか」

「ここはその幼馴染みのご両親が営んでいる洋食屋さんなの。ここのご飯で育ったと言っても過言ではないくらい、ここのご飯にはお世話になっているんだ」

「いや、過言だろ」


 そう突っ込んだのはオレではない。

 短く刈り上げた髪に耳に光るピアス。だけど決してチャラそうではない。むしろ好青年の印象を与える青年が、店のエプロンを腰に巻いて、呆れた目をして綾崎さんを見つめていた。


陽一(よういち)。あれ、今日はお店にいる日?」

「バイトに休みが出てな。ヘルプで入ることになったんだ」

「へえ~。あ、悠斗くん、紹介するね。これがさっき言っていた私の幼馴染みの陽一。私と同い年なんだよ」

「そうなんですか。初めまして、神楽木悠斗です」

「…どうも。茂森(しげもり)陽一(よういち)だ」

「もうちょっと愛想よくしなよ、接客は大事だよ、陽一」

「へえへえ」


 茂森さんは気のない返事をして、そんな茂森さんに「もう」と綾崎さんがぷりぷりと怒る。

 仲が良いんだな、この二人。と思いながらオレは二人の間に割り込むなんて空気の読めないことはせず、空気のように存在を消して二人の会話を聞くことにした。


「で、日和。なんで神楽木くんをここに連れてきたんだ?」


 ほんの少しだけ不機嫌そうな顔をして聞いた茂森さんを見て、オレはピンときた。

 茂森さんは綾崎さんのことが好きなのだな、と。


 だけど勘違いしないでほしい。オレと綾崎さんは知り合ったばかりで、茂森さんが勘繰っているような関係では決してない。

 そう言おうと口を開きかけた時、綾崎さんがにやにやとした笑みを浮かべて陽一さんを見つめた。


「なあに、陽一ったら妬いているの?」

「…別に妬いてねえよ」

「ほんとう?」

「本当だっつーの。ああもう、早く注文しろよ」


 茂森さんは焦った様子で注文を受け、逃げるように去っていく。

 結局メニューはオレは綾崎さんイチオシのオムライスを、綾崎さんは日替わりのランチを頼んだ。


「…ふふ。陽一ったら照れちゃって」


 とてもご機嫌そうに呟いた綾崎さんを見て、オレは何となく察した。


「…オレをこの店に連れてきたのは、わざとですか?」


 そう問いかけたオレを綾崎さんはきょとん、とした顔をして見つめたあと、へにゃっとした笑みを浮かべて首を振った。


「わざとって訳じゃないよ。今日、陽一が店にいるの知らなかったし。…まあ、陽一がいればいいなあ、とは思っていたけど」

「……やっぱり」

「あらら。気づいちゃった?陽一と私の関係」

「それは、見ていれば嫌でもわかりますよ」

「だよねー。ふふ。でも改めて言うね。陽一は私の彼氏なの。だから、お姉さんにも…凛花ちゃんにも安心してねって悠斗くんから伝えて貰える?」

「了解です」

「よろしくね。でも不思議だよねえ。蓮見くん、凛花ちゃんしか見ていないのなんてすぐわかるのに、なんで凛花ちゃんはあんなに私に警戒していたのかなあ?」

「…それは、姉ですから。姉は昔から鈍感で…」

「へえ」


 綾崎さんは興味深そうに相槌を打つ。

 姉の過去を聞きたいという綾崎さんの要望に応えて、オレは姉の話を語った。

 その間に料理が運ばれ、茂森さんの誤解も解き、とても美味しいオムライスを食べ、なんだかんだで楽しかったランチが終了して家に戻ると、そわそわした様子の姉さんが出迎えた。


「お帰りなさい、悠斗」

「ただいま、姉さん。どうしたの?」

「え?別にどうもしないけど?」

「…ふーん」


 靴を脱いで自分の部屋に向かい歩くと、そのあとを姉さんがついてくる。

 振り返って姉さんをじっと見つめると、姉さんはびくりと肩を揺らした。


「なに?」

「な、なんでもないわ」

「じゃあなんでオレの後をついてくるんだよ?」

「違うわ。私も自分の部屋にちょうど戻ろうと思っていたの。偶々偶然なのよ」

「…ふぅん?」


 疑わしい目で姉さんを見つめると、姉さんは思いっきり視線を逸らした。

 ……偶然って言うのは嘘だな。

 そんなあからさまな態度で、嘘だとバレないと思っているのなら、姉さんは相当おめでたい頭をしていると思う。だてに姉さんと17年間一緒にいるわけじゃない。オレは姉さんの嘘を見抜けないような間抜けではない。


「姉さん、正直に言いなよ。オレには姉さんの嘘なんてお見通しなんだから」


 何年姉さんの弟をやっていると思ってるんだよ、と言うと姉さんは一瞬だけ固まり、てへっとした笑みを浮かべた。


「…やっぱり、わかっちゃうよね」

「当たり前だろ。で?何の用?」

「えーっと…その……日和ちゃんとどうだったのかなぁって。なにか、言ってなかった?」


 とても聞き辛そうな様子の姉さんに、なんでそんなことが聞き辛そうなのだろうか、と首を傾げる。ちょっとそわそわした様子の姉さんに「なにかって?」と聞き返すと、姉さんは視線を彷徨わせて「だから…その…」ともにょもにょとしたあと、思い切った風に言った。


「その…だから…そ、奏祐さんのこと、何か言ってなかった?」


 少し顔を赤くして言った姉さんに、オレはなるほど、と納得した。

 そしてニヤリと笑って見せた。


「蓮見さんのことは何も言ってなかったけど」

「本当?」

「でも姉さんことは言っていた」

「えっ」


 嬉しそうな顔をしたり、挙動不審になったり、姉さんの表情は忙しなく変わる。

 そんな姉さんの様子が面白くて笑いそうになるが、オレはそれを必死に堪えた。


「な、なんて…?なんて言っていたの?」

「綾崎さんが言っていたこと、そのまま伝えるけど、覚悟は良い?」


 真剣な顔をして姉さんに聞くと、姉さんはごくりと唾を飲み込んで、神妙な顔をして頷いた。

 オレは複雑そうな顔に見えるように表情を作り、姉さんと向かい合う。


「『安心してね』って言っていた」

「………はい?」


 ぽかんとした表情を浮かべる姉さんの顔が面白くて、オレは思わずぶっと噴き出した。

 声を上げて笑うオレをしばらくぽかんとした表情で見つめていた姉さんは、段々と冷静になってきたらしく、徐々に表情が険しくなる。

 キッとオレを睨む姉さん。だけどまったく怖くない。その顔がなぜかツボにはまり、オレは余計に笑ってしまう。


「…悠斗くん?」

「あはは…ごめ…ごめん、姉さん。姉さんの顔が面白くて…」

「もう!揶揄うなんて酷いわ」

「ごめんって。ちゃんと話すから」


 顔を膨らませ、プイッとそっぽを向いた姉さんのご機嫌を損ねないように、オレは今日あった出来事を話す。もちろん、綾崎さんに彼氏がいるということも忘れずに。

 綾崎さんに彼氏がいると聞いた姉さんはすごく驚いた顔をしていた。そして「…幼馴染みの恋人……なんて王道な…」とぶつぶつと呟いていた。

 王道って…なんの話だろう?


「そっか…日和ちゃん、彼氏いたのね」

「そう。だから『安心して』なんだってさ」

「そっか…ふふ。ちょっと安心しちゃった」


 はにかんで微笑む姉さんに、オレは悪戯をしたくなり、少し意地悪なことを言ってみることにした。


「蓮見さん取られる心配がなくて安心した?」


 その問いかけに姉さんはぎょっとした顔をして、少し視線を彷徨わせたあと、少し顔を赤くして「……うん」と素直に頷いた。

 そんな姉さんの様子にオレは少し驚いた。そんなことないと言うと思っていたのに。

 きっとそれだけ蓮見さんのことが好きなんだろうと思うと、少し複雑な気持ちにもなったけど、でも幸せそうな姉さんを見ているとそんな気持ちはどうでも良くなる。

 オレは自然に微笑んで「良かったね」と姉さんに言うと、姉さんはとても幸せそうに笑った。


 姉さんが幸せなら、オレも幸せだ。姉さんが幸せならそれでいい。

 願わくは、姉さんがずっと幸せに笑っていられますように。


 そのためにも、蓮見さんにチクチクと釘を刺していこうとオレは改めて、誓った。





これにて後日談はおしまいです。

まだリクエストを全部解消できていませんが、色々と長くなりそうな上にいつ更新できるかわからないのでこれにて、一応完結ということでお願いします。


ここまで時系列に沿って更新してきましたが、これからは時系列バラバラで気が向いた時の話を書く、という感じでのものすごくスローペースでの更新となります。


次話からは拍手お礼として載せていた小話と、活動報告で載せていた小話です。

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