再び動き出す物語3
私の作戦の効果は絶大で、歩く人歩く人が私たちを振り返り、温かい目線を送ってくれる。
ほんのりと注目されているような気がしなくもないけど、まあ気にしない。
これで結構な数の人たちに私たちはラブラブカップルなのだという印象を植え付けられたはずだ。
講義が終わり、蓮見と並んで歩く時も私はるんるん気分でスキップしそうなくらいご機嫌だ。
「…ご機嫌だね」
「ええ、まあ」
にこにこと笑顔で答える私に反比例するように蓮見は不機嫌そうだった。なんでだろう?
今日はそのまま蓮見の家にお邪魔することになっているので、蓮見の家へ向かって歩く。
蓮見の新しい家は大学から通いやすい距離にある真新しい高級マンションだ。セキュリティもばっちりなので女性でも安心して独り暮らしが出来るらしい。
蓮見と共に部屋に入るや否や、蓮見はじっと私を見つめてきた。いったいなんなんだ。
「…凛花、どうして今日はその服装を?」
「たまにはいつもと違う格好をしてみようと思いまして…変ですか?」
「変じゃないけど…」
蓮見は少し視線を彷徨わせて黙り込む。
どうやら蓮見は私のこの服装がお気に召さないようだ。
頑張ったんだけどなぁ…こういう格好するのはもうやめよう。
私がしょんぼりとしていると、私の様子に気付いていないらしい蓮見が口を開く。
「もうちょっと露出を控えた方が良い。俺と二人きりなら全然問題ないけど、他の奴らに見られるのは不愉快だ。だから、大学へ行くときとか出掛ける時は…」
言いかけて蓮見は途中で黙り込み、じろりと私を睨んだ。
睨まれているんだけど、どうしよう、嬉しい。
ニヤニヤしそうになるのを、表情筋を駆使して抑える。ああ、でももう無理。
「……なんで笑ってるわけ?」
「ご、ごめんなさい。嬉しくて」
「はぁ?」
なに言ってんのコイツ、という目で見られても私のニヤニヤは止まらない。
だって、つまり嫉妬してくれたってことでしょ?他の人に見せたくないって。それがすごく嬉しい。
「二人きりなら、こういう格好してもいいんですか?」
「それは…まあ」
物凄く頷きにくそうにしながらも、蓮見は頷いた。
良かった。この服装が蓮見好みじゃないのかも、と不安になったけれど、そうじゃないみたい。それじゃあ、例の作戦その1は二人きりの時だけに変更しよう!
「良かった…奏祐さんはこういう格好が好きじゃないのかと思いました」
私がほっとして呟くと、蓮見は微妙な顔をした。
「…嫌いじゃないけど…でも、ちょっと困る、な…」
でも…とぶつぶつと何か呟いているけど私には聞こえない。
困るって、なにが?
きょとんとして蓮見を見つめると、蓮見は苦笑を漏らした。
「わからない?本当に君は鈍いな」
「に、にぶ…」
私は口をパクパクさせて絶句した。
おかしい…私は鈍いを卒業すると決めたのに…というか卒業したつもりだったのに…!
「けっこう我慢しているんだけど、わからないみたいだし、俺がどれだけ我慢しているか、わからせてあげようか?」
耳元で囁く蓮見の声に粟立つ。
さすがにこれで「なにを我慢してるの?」と聞くほど私は鈍くない。
顔を赤くして「わかったので大丈夫です!」と叫んだ私を蓮見は楽しそうに見て、「残念だな」と言った。
まだお日様が出ていますよ!時間考えて!あと心の準備が…!
と内心で叫びつつ私は加速した心拍数を静めるべく深呼吸を繰り返した。
私の様子を楽しそうな笑みを浮かべて見ていた蓮見は、私が落ち着いたのを見て、「それで?」と呟いた。
ん?『それで』…?
「君は、何を企んでいるの?」
「企む…?」
「珍しい服装をしてみたり、弁当を作ってきたり、ね。なにが目的なの?」
ぎっく。鋭い…いや、私がわかりやすすぎるだけなのか?
私はにっこりと笑顔を作って「なんのことでしょう?私にはさっぱりわかりませんわ」と言ってみる。まあ、通じないだろうけどね…。
「ふぅん?誤魔化す気なんだ?」
「ですから、私にはなんのことなのか…」
「…君がその気なら、俺にも考えがある」
……考え?
「まだ時間はたっぷりとあるし…直接体に聞いてみるのも、いいかもね?」
「……はい?」
蓮見はにっこりと笑顔を浮かべた。
うわあ…久しぶりに見たよ、蓮見の満面の笑み…蓮見がこういう顔する時って碌な目に遭わない…あれ?もしかして、ピンチ?
「覚悟しなよ?」
「ひっ……」
な、なにする気なの…?誰か、助けて!!
「ただいまー……」
「お帰り、姉さん。随分ぐったりしているけど…」
のろのろと玄関で靴を脱いでいると、弟がやってきた。
きょとん、とした顔で私を見つめる弟に私は抱き付く。
「ゆうくん!!」
「わっ…え、ちょ…なんなの…?」
戸惑った様子で私を抱き止めた弟に私はぐりぐりと顔を押し付ける。
ああ、癒される…なんで弟ってこんなに可愛いんだろう。
「…姉さん、どうかしたの?蓮見さんとなにかあった?」
「……奏祐さんが、すごくて…」
「蓮見さんが、すごい?」
弟はごっくんと唾を飲み込む。
私は弟から少し離れて、神妙な顔で頷く。
今思い返しても、あの時の蓮見はすごかった…あの動き、とても素人とは思えない…いや、あれは完全にプロの動きだった…。思わずうっとりとしてしまったのは内緒だ。
「姉さん、それってどういう…?」
弟は聞くのを躊躇う素振りを見せながらも、聞いてきた。
「…言葉に表せないくらい、すごかったわ。まさにテクニシャンね。さすが奏祐さんと褒めるべきなのかしら…」
「テクニシャン…」
弟の顔が少し赤くなっている。
あれ?どうしたの?熱でもあるの?気のせい。そう…。
「私、これからどうしたらいいのか、わからなくなっちゃったわ…」
「そ、そんなにすごいの…?」
「ええ。女としての自信を失いかけるくらいに」
「…そこまで?」
「そうなの。もう本当にすごくて……もう、お腹いっぱい」
「……お腹いっぱい…?」
「そうなの!奏祐さんったら、お菓子作りだけじゃなくて、料理も上手なのよ!私だって一生懸命に料理の練習しているのに…初めて作った料理であのクオリティ!腹立たしいったら……!」
「………は?料理?」
ポカンとした表情を浮かべる弟に私は首を傾げつつ、頷く。
「お弁当を作ってくれたお礼とか言って…しかも料理のあとにお菓子まで作ってくれたのよ!そのお菓子を奏祐さんったらくれ騙しを…!!今思い出すだけで悔しいわ。なにがって騙された自分に、よ!奏祐さんのあのドヤ顔!キィー!ああ悔しいぃって騒いでいたら疲れちゃって…」
呆然とした顔で弟は私を見つめていた。
「悠斗くーん?」と名前を読んで顔の前で手を振ると、弟は何か悟りを開いたかのような笑顔を浮かべて私に言った。
「……姉さんたちらしくて、すごくいいと思うよ」
「そう…?」
すごくいいと思うと言っておきながら、その諦めたような笑顔はなんですか、悠斗くん?
はすみんは料理の腕前もプロ並みなようです。




