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再び動き出す物語2

 蓮見と別れて自室へ戻った私はベッドへ倒れ込んだ。

 ぼんやりと自分の部屋の天井を見つめ、記憶を辿る。


 セカコイのスピンオフ。タイトルは覚えていないけれど、蓮見がヒーローの話。

 ヒロインの名前はなんだっただろう…それすら思い出せないけれど、絵だけは覚えている。蓮見の隣を歩いていたあの子だった。

 スピンオフの悪役令嬢は橘さんで…でも橘さんはもう蓮見のことを恋愛対象として見ていないはずで…。


 考えれば考えるほどわけがわからない。

 結局蓮見にもあの子のことを聞けなかったし、私1人であわあわしている。


 もしも…もしも、蓮見が私に愛想をつかせて、あの子に想いを寄せたら。

 そうしたら、私はいったいどうするのだろう。どうすればいいのだろう。


 そんなことになったら、きっと私を捨てないでって、みっともなく蓮見に縋り付く。そしてきっと、あの子に辛く当たってしまう。そして、冷たい目で蓮見に見られて…。

 ―――ううん。まだ、蓮見の気持ちは私にある。だから、愛想をつかされないように頑張ればいい。そんな未来が訪れないように、私が努力をすればいい。

 そんな後ろ向きなことばかり考えても仕方ない。前向きにいかなくちゃ。

 まだ、大丈夫。まだ、大丈夫なはずだから。


 私は自分に気合を入れ直し、蓮見にメールを送る。

『今日はごめんなさい。私はもう大丈夫です。おやすみなさい、また明日』

 送信、とタップし、ふう、と息を吐く。それからすぐに蓮見から返信が返って来た。

『気にしなくていいよ。おやすみ、また明日』

 簡潔な蓮見らしいメールに頬が緩む。


 よし。決めた。

 私はいつもよりも2時間早く目覚ましをセットした。





 キャンパス内をヒールを鳴らして歩く。

 ただ歩いているだけなのに誰もがぎょっとした顔をして私を見るけど気にしない。

 手には早起きして作ったお弁当の入ったバック。気合いを入れて愛情たっぷり注いで作りました!私渾身の力作。


 さあ、準備は万全。

 張り切って行きましょう!


「……凛花…?」


 不安そうに名を呼ばれて振り向くと、美咲様が目を丸くして私を見ていた。

 なんだろう。この恰好、変?


「やっぱり凛花ね。いつもと雰囲気が違うから、少し不安になっちゃったわ」

「美咲…そんなに違うかしら?」


 首を傾げて改めて自分の服装を確認する。

 デコルテの大きく開いたインナーに白いジャケット、花柄のタイトミニのスカート。寂しい胸元はあちこちから肉を集めて寄せたのでちゃんと谷間が出来ている。髪もきちんとコテで巻いて、化粧も気合を入れてした。

 いつもの私はふんわりとした体のラインがあまり目立たない服を好んで着ているのだけれど、今日はきっちりと体のラインが強調される服装にしてみたのだ。

 イメージチェンジのつもりで着ていたので、雰囲気が違うと言われて嬉しい。


「ええ、すごく違うわ。いつも可愛らしいイメージが強いけれど、今日はとっても綺麗だわ」

「ありがとうございます…」


 美咲様に褒められると照れる。すごく嬉しい。デレデレしそうになるけれど、ぐっと堪える。今日の私の服装のテーマは『大人の女』なのだ。大人の女はデレデレなんてしない。うん、少なくとも私はそう思っている。


「今から奏祐とランチ?」

「ええ。美咲は…」

「私はこれから少し用があって」

「そうなの…残念だわ。美咲も一緒にどうかしら、と思ったのに」

「ふふ。二人の邪魔をするほど野暮じゃないわ。二人でゆっくりして?」


 今度、美味しいスイーツを食べに行きましょうね、と美咲様と約束をして別れる。

 そして蓮見との待ち合わせの場所へ急ぐ。

 蓮見は目立つから、すぐにどこにいるかわかった。私は足早に蓮見に近づき、蓮見の名を呼ぶ。蓮見はスマホに目を向けていた目を私の方に向け、目を見開いた。


「……凛花?」

「はい。なんでしょう」

「いや……なんか、懐かしいなと思って」


 そう言って蓮見は視線を彷徨わせ、不意にその表情を険しくした。

 なんだろう。徐々に不機嫌そうになり、「行こう」と私の手を引っ張って歩き出す。

 いったいどうしたんだろうと疑問に思いつつ、カフェに入ろうとする蓮見を私は引き止めた。


「待ってください」

「…なに?」

「私、お弁当を作ってきたんです」

「お弁当?」

「はい。だから、外で食べませんか?今日は暖かいですし…」


 蓮見は考え込むようにして俯き、そして私の顔を見て「わかった。そうしよう」と頷いた。

 よし!と私は内心ガッツポーズをし、日当たりの良い場所を探して歩き出した。




 ヒロインちゃん対策として私の考えた作戦はこうだ。


その1.いつもと違う格好をして、ギャップを見せる。

 これにより、蓮見が私に見飽きるという事態を避けよう、という作戦だ。

 その第一弾として、今日のこの格好。今日はセクシー路線で攻めてみた。どうだろうか。そのうちロリータファッションとかに手を出すのもいいかもしれない。最終的には去年の文化祭で着たチャイナドレスのリベンジとかもありかもね。


その2.女の子らしさアピール。

 その一環として、お弁当を作った。私は家庭的ですよ、アピールをする。

 まあ、たまに蓮見の家で料理を作ったりしているから、私がそれなりに料理を作れることは蓮見も知っているのだけど、これは蓮見だけではなく、周囲に対するアピールでもあるのだ。

 蓮見には私という彼女がいますよ、だから近づかないでくださいね、という牽制を込めて、本日のお外ランチである。


 どうだ、私のこの作戦。

 穴だらけなような気がしなくもないけれど、私が出来ることと言ったらこれくらいしか思い浮かばない。あとはヒロインちゃんに釘さしに…なんて、したくないし。

 あれ。なんか私、悪役令嬢のポジションっぽいような気が…。

 う、うん。気のせい、だよね。私、ヒロインちゃんにちょっかい出す気はないし。



「さあ、奏祐さん。どうぞ、召し上がれ!」

「……い、頂きます…」


 あれ?心なしか蓮見の顔が引きつっているような…?

 渾身の出来ばえなのに。パンダのおにぎりに、タコさんウインナー。いつぞやに弟に作ったのと似たようなものになってしまったけれど、見た目は絶対可愛いはず!

 蓮見はタコさんウインナーをお箸で持ち、じっと見つめたあとぱくりと頬張る。

 そしてお弁当を食べ進めていく。


 あ。いけない。作戦忘れていた!

 私は自分の分のお箸を持ち、自分のお弁当のおかずをひとつ掴む。


「奏祐さん、はい、あーん」


 にっこりと笑って蓮見のすぐ近くにおかずを持って行く。さあ、お食べよ。美味しいよ。


「い、いや…それはちょっと…」

「どうしてですか?はい、あーん」


 早く食べろと言わんばかりに私はうりゃうりゃとおかずを差し出す。

 身を引いていた蓮見にぐいぐい近づき、しつこいくらいに「あーん」と言う。

 やがて観念したのか、蓮見は投げやりな顔になって口を開いた。その口の中におかずをそっと置く。


「どうですか?美味しい?」

「……美味しいけど…外では勘弁してほしいな…」


 ごっくんと飲み込んだあと、蓮見は少し顔を赤くして顔を顰めた。

 恥ずかしいか、そうだろう。実は、私もすごく恥ずかしい。

 でもこれも作戦なのだ。私と蓮見はラブラブですよ!っていうアピールをして、迂闊に近づくと火傷をするぜ、と警告を促そうという。


 作戦とはいえ、恥ずかしい。普段なら絶対やらないよ、こんなこと。

 でも、私は恥を捨ててもいいと思えるくらい、蓮見のことが好き。

 だから、これで蓮見が私から離れないのなら、どんなに恥ずかしいことでも私はやる。

 そう私は決めたのだ。


――――蓮見の隣は、絶対に渡さない。





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